令和8年8月9日 『大洪水でバズれ!炎上マーケターとムーミン谷』

 

大洪水でバズれ!炎上マーケターとムーミン谷』(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージです

序章:バズ神の憂鬱と、8月9日の朝

「共感なんてものは、弱者の娯楽だ。現代の通貨は『怒り』であり、世界を動かすのは『悪意』なんだよ」

それが、ネットの世界で「バズ神」と一部から(主に悪意を持って)崇拝される男、shimoの口癖だった。

西暦2026年、令和8年。スマートフォンの画面から溢れ出す情報が、人々の脳を24時間休むことなくハックし続けるこの時代において、shimoはSNSの暗部を誰よりも理解し、そして利用し尽くしてきた男だった。

年齢は32歳。窓には分厚い遮光カーテンが引かれ、昼夜の概念が喪失した彼の仕事部屋には、常に青白いモニターの光だけが怪しく瞬いている。足元には飲み捨てられたエナジードリンクの空き缶が散乱し、それはまるで彼の荒んだ精神状態を具現化したジオラマのようだった。

彼が運営する複数のまとめアカウントやゴシップアカウントは、月に数億インプレッションを叩き出す。だが、その手法は極めて悪辣だ。政治家の失言、芸能人のスキャンダル、YouTuberの失態、あるいは一般人の些細な言い間違い。それらを意図的に切り抜き、最も人々の神経を逆撫でするような見出しをつけて放り投げる。炎上が起きれば起きるほど、彼の口座にはアフィリエイト報酬がチャリンチャリンと雪崩れ込んでくる仕組みだ。

「おはようございます、shimoさん。相変わらず血色の悪い顔してますね。ヴァンパイアでももうちょっと健康的ですよ」

部屋の隅で、電子タバコの煙をふぅと吐き出しながら声をかけてきたのは、25歳のSENAだ。彼はshimoのアシスタントであり、ネットのトレンドを冷静に分析しては火種を見つけてくる優秀な「放火魔の助手」である。shimoの過剰なほどのシニカルさに対し、SENAはどこか飄々としており、世の中をゲームの盤面のように俯瞰している節があった。

「うるさいな。血色が悪くて結構だ。俺の血管に流れているのは血液じゃない、トラフィックとインプレッションだ」

shimoはキーボードを叩きながら、充血した目でSENAを睨んだ。

「で、今日は何日だ? 何か燃やせそうな美味いネタは落ちてるか?」

SENAは手元のタブレットをスワイプしながら、淡々と答える。

「今日は2026年8月9日です。日曜日ですね。世間は夏休みの真っ最中で、ネット上も暇を持て余した連中の有象無象の呟きで溢れかえっています。……お、ちょっと面白いトレンドワードが上がってきてますよ」

「言ってみろ」

「日本のトレンド1位が『#ムーミンの日』。そして、それと連動するように上がってきているのが……『大洪水』です」

shimoのキーボードを打つ手が、ピタリと止まった。

「……大洪水?」

彼の濁った瞳の奥に、ギラリと狡猾な光が宿る。

「おいおいおい、マジかよSENA。8月9日のムーミンの日っていう、いかにもファンシーで平和ボケした記念日に、どこかで大洪水が起きたってことか!? テーマパークか? それともコラボカフェが台風で水没でもしたのか!?」

shimoの脳内で、瞬時に最悪のシナリオ――つまり、最高のバズを生み出すための青写真が組み上がっていく。

『平和な記念日に大洪水で阿鼻叫喚!』

『ムーミンの日を祝っている場合じゃない! 危機管理能力ゼロの運営を糾弾!』

『自然災害を前に、能天気なキャラクタービジネスの限界を見た』

いくらでも扇情的なタイトルが思い浮かぶ。不謹慎であればあるほど良い。人々は「怒るための正当な理由」に飢えているのだ。正義の鉄槌を下すという快感を与えてやれば、彼らは群虫のように集まってくる。

「よし、SENA! すぐにその『大洪水』の被害状況と、現地の画像や動画をかき集めろ! 被害者を気遣うようなポーズを取りつつ、ムーミンの日ではしゃいでいる連中を暗に批判するような、絶妙に性格の悪いポストを作るぞ! 今日は祭だ! 大洪水で、俺たちの口座もバズの洪水を起こすんだよ!」

歓喜に打ち震えるshimo。しかし、SENAは電子タバコを机に置き、深く、本当に深く、呆れ果てたようなため息をついた。

「……あのねぇ、shimoさん。あんた、本当にネットの悪意ばかり啜って生きてきたから、脳のフィルターがイカれちゃってるんですよ。いいですか、落ち着いて僕の話を聞いてください」

「なんだよ、早く画像を出せ! 鮮度が命なんだぞ!」

「違いますよ。リアルで大洪水なんて起きてません。死者もケガ人もゼロです」

SENAはタブレットの画面をshimoのメインモニターにキャストした。

「この『大洪水』ってのは、ゲームのストーリーの話です。昨日、松竹ゲームズが発表した新作アドベンチャーゲームの設定でバズってるんですよ」

「……は?」

shimoは間抜けな声を出した。振り上げた拳の行き場を失い、彼はモニターに映し出された可愛らしいキャラクターたちの姿を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。

第一章:トレンドワード「大洪水」の甘い罠と、謎の北欧トロル

「ゲーム? 松竹って、あの映画とか歌舞伎の松竹か? 松竹がゲームを出してるのか?」

困惑するshimoに対し、SENAはまるで物知りの家庭教師のような口調で解説を始めた。

「ええ。松竹株式会社の中に『松竹ゲームズ』っていうゲーム事業室があるんです。そこがグローバルパブリッシャーとして、フランスの『Crossbridge』っていうゲームスタジオと組んで、PCやコンソール向けのゲームを展開してるんですよ。で、昨日8月9日が原作者トーベ・ヤンソンの誕生日である『ムーミンの日』ということで、この新作が大々的に発表されたんです」

「ふざけるな!」

shimoはデスクをドンと叩いた。

「俺の『不謹慎炎上大バズり計画』を返せ! なんだよムーミンって! あの、カバみたいな奴か! なんでカバのゲームで『大洪水』なんて物騒なワードがトレンド入りするんだよ!」

「まず訂正しておきますが、ムーミンはカバじゃありません。北欧の民間伝承に登場する妖精『トロル』の一種です。フィンランドの作家、トーベ・ヤンソンが生み出した、世界中で愛される文学作品のキャラクターですよ。shimoさん、まさかムーミンのこと、ただの『可愛いだけのゆるキャラ』だと思ってませんか?」

「違うのか? 女子供が『癒やされる〜』とか言って、グッズに群がってるだけのビジネスだろうが」

「浅い。浅すぎますよshimoさん。ネットのゴシップには詳しいのに、教養が絶望的に足りてない。いいですか、ムーミンの原作小説っていうのは、実はかなりダークで、哲学的なんですよ」

SENAはオタク特有の早口になりながら、語り始めた。

「トーベ・ヤンソンがムーミンを描き始めたのは、第二次世界大戦中なんです。戦争の恐怖や、厳しい自然環境への畏怖、孤独、そういった重いテーマが根底にある。彗星が落ちてきて世界が終わるかもしれない恐怖を描いたり、冬の圧倒的な孤独に耐えたり。彼らはただ平和に暮らしているわけじゃない。過酷な世界の中で、それでも他者を拒絶せず、多様な生き方を受け入れて、自然と共にしぶとく生きていく。それが『ムーミン谷』という世界なんです。だから、物語の中で『大洪水』が起きて家が流されるなんてことは、彼らの人生(?)においては日常茶飯事というか、一つの冒険の始まりに過ぎないんですよ」

SENAの熱弁を聞きながら、shimoは舌打ちをした。

「ケッ。なんだその高尚な文学論は。俺が求めてるのはそんなお上品なおとぎ話じゃないんだよ。人間のドロドロした嫉妬とか、開発の遅延による炎上とか、そういう『メシウマ』な情報はないのか?」

「諦めが悪すぎますよ……。じゃあ、実際のプレスリリースと公式の情報を見てみます?」

SENAが操作すると、画面にPR TIMESの記事と、公式ウェブサイトが表示された。

第二章:松竹ゲームズの刺客、『ムーミン:ムーミン谷の夏まつり』

画面には、大きな見出しが躍っていた。

『【8月9日はムーミンの日!】小説が原作のポイント&クリックアドベンチャー『ムーミン:ムーミン谷の夏まつり』2026年秋に発売決定!』

「タイトルは『ムーミン:ムーミン谷の夏まつり』。原作小説の同名タイトルをベースにしたゲームですね」とSENA。

「対応プラットフォームは、Nintendo Switch、Nintendo Switch 2、そしてPC(Steam)です。ダウンロード版だけでなく、SwitchとSwitch 2のパッケージ版の同時発売も決定しています。価格は未定。発売日は2026年の秋。今年の秋ですね」

shimoは腕を組み、モニターを睨みつけるようにして粗探しを始めた。

炎上マーケターの嗅覚が、必死に「叩けるポイント」を探している。

「おいおい、Switch 2にも対応させてるのか。随分と強気だな。でもジャンルは何だ? 『ポイント&クリックアドベンチャー』? 今時ポイント&クリックだと? 2026年にもなって、画面をポチポチするだけのゲームなんて誰がやるんだよ! オープンワールドでサバイバルして、他人の拠点を略奪するくらいの刺激がなきゃ、現代のゲーマーは満足しないぜ。これは叩けるぞ! 『時代遅れのシステムで爆死確定!』ってな!」

「いやいや、ポイント&クリックの良さってのがあるんですよ」

SENAは呆れ顔で反論する。

「記事の『4つの特徴』を読んでくださいよ」

SENAが画面をスクロールすると、ゲームの概要が箇条書きで示されていた。

  1. 原作に忠実なストーリーと新エピソード:名シーンと遊び心あふれる物語を体験できる。

  2. 美しい手描きのアートワーク:トーベ・ヤンソンの挿絵にインスパイアされた色彩豊かなグラフィック。

  3. 誰もが楽しめるパズルと探索:ヒント機能も完備し、年齢問わずリラックスしてプレイできる設計。

  4. キャラクターの切り替え:各キャラクターの特性を使い分けながら物語を進める。

あらすじにはこう書かれている。

『旅から戻らないスナフキンをムーミントロールが待ちわびていたある日のこと、ムーミン谷は突然の大洪水に見舞われます。ムーミン一家が水の上を漂うなか、たどり着いたのは奇妙な建物。そこは、衣装や台本、そして舞台ならではの「魔法」が詰まった不思議な劇場でした――』

「なるほどね」とshimoは鼻で笑った。

「つまり、頭をからっぽにして遊べる『ヌルゲー』ってことだろ? ヒント機能完備? ゆとり仕様もいいところだ。対人戦のヒリヒリしたレート争いも、札束で殴り合うガチャもない。こんな刺激のないゲーム、今の『タイパ(タイムパフォーマンス)』至上主義のネット社会でバズるわけがないんだよ。よし、俺がこのゲームに引導を渡してやる。新トレーラーが公開されてるらしいな? それを見て、グラフィックの粗とか、動きのしょぼさを徹底的にスクショして晒し上げてやる!」

shimoは獲物を見つけたハイエナのように、意気揚々とYouTubeにアップされた新トレーラーの再生ボタンをクリックした。

第三章:絶望的に美しい手描きアートと、癒やしの暴力

スピーカーから、静かで、どこか郷愁を誘うような美しい音楽が流れ始めた。

そしてモニターに映し出されたのは、shimoが想像していたような安っぽい3Dポリゴンでも、派手なエフェクトで誤魔化したアニメーションでもなかった。

それは、まさに「動く絵本」だった。

トーベ・ヤンソンのあの独特なタッチ――繊細な線画と、北欧特有の少し陰りのある、けれど温かみのある色彩が、そのままゲーム画面として息づいていた。ムーミンやしきの細部、水に沈みゆく谷の風景、そして水上に浮かぶ不気味でありながらも魅力的な「劇場」の造形。すべてが、狂気的なまでの情熱を込めた「手描き」のアートワークで構築されていた。

ムーミントロールが歩く。リトルミイが小気味よく動き回る。

水没していく家を前にしても、ムーミンパパやムーミンママは決して取り乱すことなく、お互いを思いやりながら新しい状況を受け入れようとしている。

前回のWholesome Directで公開された日本語版トレーラーでは、大塚明夫氏の深みのある渋いナレーションが、この世界観にさらなる重厚感と温もりを与えていたという。今回の新トレーラーでも、その圧倒的な「優しさの気配」は画面全体から滲み出していた。

shimoは、無意識のうちにモニターに顔を近づけていた。

彼が普段見ているのは、原色で彩られた下品なサムネイルや、赤文字の極太フォントで書かれた「悲報」や「炎上」の文字ばかりだ。彼の目は、いわば「刺激の劇薬」に慣れきっていた。

しかし今、彼の網膜を満たしているのは、それらとは完全に対極にある、純度100%の「癒やし」と「芸術」だった。

「……おい」

shimoは絞り出すような声を出した。

「どうしました? スクショ、撮らなくていいんですか? バグ、見つかりましたか?」

SENAが意地悪く微笑みながら尋ねる。

「……なんだよこれ。綺麗すぎないか……? っていうか、大洪水で家が水没してるのに、なんでこいつらこんなに落ち着いてるんだよ。普通、SNSで国や自治体の対応を批判して大炎上させる場面だろ。なんで家族で手を取り合って、ぷかぷか浮いてる劇場にワクワクしてんだよ。頭おかしいんじゃないのか……?」

「それが『ムーミン谷』なんですよ」

SENAは静かに答えた。

「彼らはコントロールできない自然の猛威を、誰かのせいにして怒ったりしないんです。状況を受け入れて、その中でどう楽しく生きるかを考える。現代のネット社会が完全に忘れてしまった『思いやり』と『受容』の精神ですよ。競争も、自己顕示欲も、マウントの取り合いもないんです。各キャラクターの特性を使い分けるっていうゲームシステムも、『それぞれが違っていて当たり前。得意なことで助け合えばいい』っていう原作のメッセージをそのままゲーム体験に落とし込んでいるんでしょうね」

shimoは反論しようと口を開いたが、言葉が出なかった。

トレーラーが終わった後、彼の心の中には、炎上の火種を見つけた時のあの「ドーパミンがドバドバ出る感覚」は一切なく、代わりに、長年冷え切っていた胸の奥が、じんわりと温められるような、得体の知れない感覚が広がっていた。

「くそっ、騙されないぞ。こんなの、ただのプロモーション詐欺だ! ネットの奴らはもっと残酷だ。こんな綺麗事、絶対に叩かれてるはずだ!」

第四章:ネットの海は、優しさに包まれていた

shimoは血眼になってX(旧Twitter)を開き、検索窓に「ムーミン谷の夏まつり」と打ち込んだ。

「絶対にあるはずだ。『グラが古い』とか『子供騙し』とか『ポリコレがどうの』とか、そういう斜に構えたクソみたいなコメントがな!」

彼は最新の投稿から順に、目を皿のようにして読み漁った。

『新トレーラー見た。仕事で毎日クレーム対応してて心が死んでたけど、ムーミンたちの優しい世界を見たら涙が出てきた。秋が待ち遠しい。絶対買う』

『Switch 2版のパッケージも同時発売って松竹ゲームズわかってるな! 娘と一緒に遊ぶ最高のプレゼントになりそう。絵本の中を歩けるなんて夢みたいだ』

『FPSで暴言吐かれまくって疲弊してたワイ、ムーミンの圧倒的平和オーラに浄化される。こういうのでいいんだよ、こういうので』

『ポイント&クリックっていうのが良い。反射神経もいらないし、自分のペースでトーベ・ヤンソンの世界に浸れる。ヒント機能もあるなら、ゲーム苦手な母にも勧められそう』

『ムーミンの日のお祝いに最高のニュース! スナフキンを待つムーミンの健気さに泣けるし、大洪水でもティータイムを忘れないママが最高すぎる』

スクロールしても、スクロールしても、出てくるのは歓喜と、期待と、癒やしを求める声ばかりだった。

普段、shimoが焚き付けているような「怒り」や「憎悪」の炎は、そこには一切存在しなかった。

老若男女、疲れ果てた社会人から、殺伐としたゲームに疲れたハードコアゲーマー、そして子供を持つ親たちまで。様々な境遇の人間たちが、この『ムーミン:ムーミン谷の夏まつり』という作品を通して、一つの「優しさの波」に共鳴していた。

「嘘だろ……」

shimoはマウスから手を離した。

「一件くらい、一件くらいアンチコメントがあってもいいだろ……。俺がいつも見てるネットは、もっと醜くて、足の引っ張り合いをしてて、他人の不幸を笑う場所だったじゃないか……」

「shimoさん」

SENAが、いつになく真剣なトーンで語りかけた。

「みんな、疲れてるんですよ」

SENAの言葉が、静かな部屋に響いた。

「バズだ、炎上だ、トレンドだ、論破だ。毎日毎日、スマホを開けば誰かが怒っていて、誰かが謝罪していて、誰かが誰かを叩いている。現代のネット社会は、それこそ『悪意の大洪水』ですよ。みんな、その情報と感情の濁流の中で、必死に息継ぎをして生きている。shimoさん、あんたもその濁流に汚水を流し込んでいる一人だ」

shimoは言い返せなかった。SENAの言葉は、鋭いナイフのように彼の心の中の最も脆い部分を抉ってきた。

「みんな、心のどこかで『劇場』を探しているんです。この大洪水から逃れて、安心できる場所、自分を肯定してくれる場所、ただのんびりと物語を楽しめる場所をね。このゲームに多くの人が惹きつけられているのは、ただIPが有名だからじゃない。手描きアートの美しさや、ムーミンという存在が持つ『絶対的な思いやりと受容の世界』が、現代人が最も渇望しているものだからですよ。過剰なバズ信仰に毒された現代への、強烈なアンチテーゼとして機能しているんです」

shimoは再び、静止したトレーラーの画面に目を向けた。

ムーミン一家が、小さなボート(のような家具)に乗って、水面を漂っている。

彼らの顔には、悲壮感はない。あるのは、未知なるものへの好奇心と、隣にいる家族への絶対的な信頼だ。

自分はどうだ?

フォロワーは何百万人もいる。しかし、自分の隣には誰がいる? 自分の言葉に、本当の意味で寄り添ってくれる人間はいるのか?

炎上を仕掛け、誰かを不幸に突き落とし、その悲鳴を金に換えてエネルギーを買う。そんな生活の果てに、自分はどこへ漂着するというのだ。

「……なぁ、SENA」

shimoは、自分でも驚くほど弱々しい声で呟いた。

「俺は、何と戦ってたんだろうな」

終章:ウィッシュリストと、少しだけ優しい世界

時刻は夕方になろうとしていた。

8月9日、ムーミンの日。

真夏の西日が、遮光カーテンの隙間から一筋だけ差し込み、床に転がる空き缶をオレンジ色に照らしていた。

「で、どうします?」

SENAが、空っぽになった電子タバコのカートリッジをゴミ箱に捨てながら聞いた。

「何かポストします? 『ムーミン新作、信者が気持ち悪いから絶対買わないわ』とか。あんたのアカウントなら、それなりに反発を買ってインプレッション稼げますよ」

shimoはメインモニターで開いていたXの投稿画面を見つめた。

カーソルが点滅している。文字を打ち込めば、いつものように世界に悪意を放つことができる。自分の存在を、炎上という形で証明できる。

しかし、shimoはゆっくりと「キャンセル」ボタンをクリックし、Xのタブを閉じた。

「……やめた。今日は休業だ」

「へぇ」SENAは少し驚いたように眉を上げた。

「バズ神様が、トレンドの波に乗らないなんて珍しいですね」

「うるせえ。たまには神様だって休むんだよ。それに……」

shimoは、もう一つのモニターで開いていたSteamのクライアント画面にカーソルを移動させた。

『ムーミン:ムーミン谷の夏まつり』のストアページ。

リリース日:2026年秋。

shimoは、マウスの左ボタンを静かにクリックした。

『ウィッシュリストに追加しました』という小さな通知が、画面の右下にポップアップする。

「おや」

SENAが吹き出した。

「炎上マーケターが、思いやりの塊みたいなポイント&クリックアドベンチャーをウィッシュリストに入れてる。明日のネットニュースのトップはこれで決まりですね」

「バカ言え。……ただ、ちょっと確認してみたいだけだ」

shimoは照れ隠しのように、乱暴に頭を掻いた。

「どんなゲームなのか、この目で確かめないと叩けないだろ? ヒント機能完備でどれだけヌルいのか、手描きアートが最後まで息切れしないのか、今年の秋に発売されたら、俺が直々にプレイして粗探しをしてやるんだよ」

「価格は未定ですけど、まさか自腹で買うんですか?」

「当たり前だ。……Switch 2のパッケージ版でもいいな。せっかくだから、物理的に手元に残る形でも悪くない」

SENAは、本当に嬉しそうに笑った。

「ええ。きっと、今年の秋は忙しくなりますね」

shimoは椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。

彼の胸の中に渦巻いていた、黒くてドロドロとしたタールのような感情は、いつの間にか綺麗に洗い流されていた。

ネットの海は、今日も相変わらずどこかで炎上し、誰かが誰かを叩き、ノイズの大洪水を引き起こしているだろう。人間の醜さはそう簡単には消えないし、社会の分断はこれからも続いていくかもしれない。

しかし、そんな殺伐とした世界の中にも、確かに「救い」は存在する。

フランスのインディースタジオが情熱を込めて描き出し、松竹ゲームズが世界へ届ける、小さな北欧の妖精たちの物語。それが、遠く離れた日本の、最も汚れた情報空間で生きる一人の男の心を、ほんの少しだけ浄化し、前を向かせたのだ。

それは、人間社会がまだまだ捨てたものではないという、小さな希望の証だった。

「今年の秋、か……」

shimoは呟いた。

「SENA、とりあえずこの部屋の空き缶、全部捨てろ。あとカーテンも開けろ。少し、換気するぞ」

「了解です、ボス。大洪水の前に、まずは部屋の掃除ですね」

差し込んだ真夏の陽光は眩しかったが、shimoは目を背けなかった。

モニターの中では、ムーミン一家が新しい冒険の幕開けを告げる劇場を見上げている。

炎上マーケターの心に起きた小さな奇跡は、誰に知られることもなく、8月9日の優しい夕暮れの中に溶けていった。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://game.shochiku.co.jp/lp/moomin-mm/
https://store.steampowered.com/app/4463520/_/?l=japanese
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000568.000053064.html

令和8年8月8日 『ピザハット810円セールを支えるスタッフの舞台裏』

 

ピザハット810円セールを支えるスタッフの舞台裏』(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージです

第一章 嵐の前の静けさと仕込みの熱狂

2026年8月8日、午前10時の厨房

2026年(令和8年)8月8日、土曜日。朝から容赦なく照りつける太陽が、アスファルトをじりじりと焦がしていた。世間は夏休み真っ只中。どこか浮き足立った空気が街を包み込んでいるが、とあるピザハットの店舗内は、外の猛暑以上に熱を帯びた異様な緊張感に包まれていた。

時計の針は午前10時を指したところだ。オーブンの予熱はとうに完了し、厨房の温度はすでに肌を刺すような熱気と化している。店長のshimoは、額に浮かぶ汗を手の甲で拭いながら、目の前に積まれたおびただしい数のバットを見つめていた。その一つひとつには、ピザハットの命とも言える「ハンドトス生地」が、絶妙な温度と時間管理のもとでふっくらと出番を待っている。

「……よし、発酵の状態は完璧だ」

shimoは小さく呟き、満足げに頷いた。しかし、そのバットのタワーは普段の週末の数倍はある。それもそのはずだ。今日、8月8日から10日までの3日間、ピザハットが誇る伝説のキャンペーン、月に一度の「ハットの日」が幕を開けるからである。

「ハットの日」とは、毎月8日・9日・10日に開催される、ピザハットを愛する者たちにとってのお祭りだ。「お持ち帰り(テイクアウト)限定」という条件付きではあるものの、人気のMサイズピザ各種が、一挙に810円から1,100円、さらには新商品までが信じられない特別価格で提供される。ネットの公式アプリや「ピザハットオンライン」を開けば、その割引額に誰もが目を疑うはずだ。

「店長、ハンドトスの追加仕込み、第二陣も完了しました。スペシャルクリスピーとふっくら鉄鍋パンピザのストックも万全です!」

元気な声を張り上げて厨房の奥から現れたのは、shimoの右腕として店舗を支えるスタッフのSENAだった。彼の瞳には、これから始まる壮絶な戦いへの高揚感が宿っている。

「ご苦労、SENA。今日の予約状況はどうだ?」

「すでにオープン11時の枠から、オンライン予約がパンパンです。とくに『810円シリーズ』のマルゲリータと、じゃがマヨコーンの勢いが止まりません」

SENAの言葉通り、今日の「810円シリーズ」は破壊的だ。通常価格1,860円(税込、以下同)の「ピザハット・マルゲリータ」「とろっとカルボナーラピザ」「芳醇ベーコンマッシュルーム」「じゃがマヨコーン」の4種が、お持ち帰り限定でなんと1,050円OFFの810円になる。昨今の物価高騰に喘ぐ日本社会において、これほどダイナミックに家計を助け、かつ人々の心を躍らせるキャンペーンがあるだろうか。

新商品オペレーションの再確認と、ネットの熱狂

「よし、今のうちに全員でオペレーションの最終確認をしておくぞ」

shimoの号令で、開店準備に追われていたスタッフたちがメイクテーブル(ピザをトッピングする作業台)の前に集まった。

「今日の目玉は810円シリーズだけじゃない。夏の新商品『えびとチーズの石焼風ビビンバ4』だ。これも通常3,190円のところ、お持ち帰り限定で1,500円という破格の1,690円OFFになっている。すでにSNSでも話題沸騰中だ」

shimoが手元のタブレットを操作すると、X(旧Twitter)のタイムラインが表示された。

『今日からピザハットのハットの日!ビビンバピザ、半額以下とか神すぎだろ』

『えびとチーズの石焼風ビビンバ4、絶対食べる。夜ご飯確定』

『ハットの日マジで助かる。物価高の救世主。ポテトも安いし』

ネット上の評判は上々、いや、それ以上だった。

「いいか、この『えびとチーズの石焼風ビビンバ4』は、焼成後のオペレーションが命だ。SENA、説明しろ」

「はい!」SENAが一歩前に出た。

「この商品は、お客様にお渡しする際、別添で『きざみ海苔』と『旨辛コチュジャンソース』を1個ずつ必ずお付けします。これを忘れると、石焼風ビビンバの香ばしさと旨辛な風味が完成しません。絶対に渡し忘れのないよう、レシートにマーカーでチェックを入れます!」

「その通りだ。昨日の夜、俺の夢にまでコチュジャンが出てきて、海苔が舞い散る悪夢を見たからな」

shimoの真顔での告白に、緊張していたスタッフたちの間にドッと笑いが起きた。少しのコメディタッチが、張り詰めた空気を適度にほぐしていく。

「それから、サイドメニューのポテトだ。ハットの日対象ピザをお買い上げのお客様は、『[Mサイズ] ハットフライポテト』が通常500円のところ、半額の250円になる。この声かけも徹底してくれ。ピザとポテト、この最強の組み合わせで最高の週末を届けるんだ」

shimoはスタッフ一人ひとりの顔を見渡した。彼らはただのアルバイトや社員ではない。この街の人々の食卓を、笑顔を、ピザという魔法で彩る「職人」であり「エンターテイナー」なのだ。

「時計を見ろ。あと5分で11時だ。この3日間は、我々にとっての文化祭であり、戦場でもある。お客様はわざわざこの暑い中、店舗まで足を運んでくださる。その期待に、最高のピザで応えよう!」

「「「はい!!」」」

厨房に響き渡る力強い返事。 2026年8月8日午前11時。 ピザハットの店舗に、開戦を告げるかのように、オンライン注文の通知音がけたたましく鳴り響いた。

第二章 開店、そして鳴り止まないネット注文

午前11時、開戦の合図と壮絶なメイクライン

ピロリン、ピロリン、ピロリン!

開店と同時、いや、開店を待ちわびていたかのように、オーダーシステムが悲鳴を上げ始めた。レシートプリンターからは注文書が滝のように吐き出されていく。

「オーダー入ります!オンラインお持ち帰り、11時15分ピックアップ!『ピザハット・マルゲリータ』Mサイズ、ハンドトス!『じゃがマヨコーン』Mサイズ、ふっくら鉄鍋パンピザ!」

「こちら『フレンズ4』Mサイズ、ハンドトスで1枚!それとポテトM追加!」

SENAがモニターから流れてくる注文を的確に読み上げ、shimoが素早く生地を手に取る。ピザハットの生命線であるハンドトス生地は、手で丁寧に伸ばすことで、外はサクッと、中はもっちりとした極上の食感を生み出す。shimoの手業は芸術的だった。あっという間に美しい円形に整えられた生地がパン(焼き網)に乗せられ、メイクラインへと滑らされる。

「ソース、チーズ、トッピング!」

スタッフたちが流れるような連携で具材を乗せていく。「じゃがマヨコーン」には、ホクホクのポテトとたっぷりの特製マヨソース、そして色鮮やかなコーンが散りばめられる。子供から大人まで絶大な人気を誇るこのピザが810円で食べられるのだから、注文が殺到するのも当然だった。

さらに、「1,100円シリーズ」も容赦なくオーダーが入る。「デラックス」と「とろける4種チーズのフォルマッジ」のハーフ&ハーフ、そして「フレンズ4」。通常なら2,000円を優に超える贅沢なピザが1,100円。最大1,650円OFFという価格破壊だ。

「よし、どんどんオーブンに入れていくぞ!温度管理、焼き色チェック怠るな!」

shimoの額から汗が滴る。約260度で焼き上げられるオーブンの前は、まさに灼熱の地獄だ。しかし、ベルトコンベア式のオーブンからゆっくりと顔を出すピザたちは、どれも黄金色に輝き、チーズがグツグツと踊る最高の状態だった。

様々な客層、お持ち帰りカウンターの日常

厨房が戦場と化している一方で、お持ち帰りカウンターには早くもお客様が列を作り始めていた。 自動ドアが開き、涼しい風とともにやってきたのは、幼い子供を二人連れたお母さんだった。

「いらっしゃいませ!オンラインでご予約の田中様ですね。お待ちしておりました!」 接客担当のスタッフが笑顔で迎える。

「はい。あの、ピザハット・ベスト4と、ポテトをお願いしていた……」

「かしこまりました!『ピザハット・ベスト4』、通常3,190円のところ本日はハットの日価格で1,300円、さらにセットのポテトMが250円でございます!」

お母さんの顔がパッと明るくなった。

「本当にお得ですよね……。最近、スーパーに行っても何でも高くて。子供たちがずっとピザを食べたいって言ってたんですけど、なかなか手が出せなくて。でも『ハットの日』なら、こうしてご馳走してあげられるんです。ありがとう」

その言葉は、カウンターの奥でピザをカットしていたshimoの耳にも届いていた。 (……これだ。これがあるから、この仕事はやめられないんだ)

ピザは、ただのファストフードではない。箱を開けた瞬間に立ち昇る湯気、とろけるチーズ、カラフルなトッピング。それは日常を非日常へと変える「魔法のスイッチ」だ。物価高で人々の生活が圧迫されている今だからこそ、この「ハットの日」が持つ意味は重い。

続いてやってきたのは、作業着姿の若い男性だった。夜勤明けなのか、少し疲れた顔をしている。

「予約してた鈴木です……。えびとチーズの石焼風ビビンバ4、一つ」

「鈴木様、ありがとうございます!新商品のビビンバピザですね。こちら、別添えで『きざみ海苔』と『旨辛コチュジャンソース』をお付けしております。食べる直前にかけてお召し上がりください!」

「あ、ソースついてるんすね。疲れた体に辛いもん入れたかったんで、楽しみっすわ。家帰ってビールと一緒に流し込みます」 男性は少しだけ口角を上げ、熱々のピザ箱を受け取って帰っていった。

社会には様々な人がいる。家族の笑顔のために節約しながらも奮発する親、過酷な労働のあとのささやかなご褒美を求める若者。その誰もが、ピザハットのロゴが描かれた箱を手にすると、少しだけ足取りが軽くなるのだ。

第三章 厨房の戦友たち

ピークタイムの死闘とプロの誇り

時計の針が午後0時半を回った。昼食時のピークタイム、通称「ランチラッシュ」である。 ネット注文の通知音は、もはや一つの連続した音楽のように鳴り続けていた。

「店長!1,100円シリーズの『直火焼 テリマヨチキン/ほっくりポテマヨソーセージのハーフ&ハーフ』が3枚連続で入りました!」

「了解!テリヤキソースの量は正確にな!味が濃くなりすぎないよう、レシピ通りにマニュアルを遵守しろ!」

shimoの手は機械のように正確だったが、その一つひとつの動作には魂が込められていた。どんなに注文が殺到しようと、どんなに安く提供しようと、クオリティを一切落とさない。それがピザハットのプライドだ。

SENAもまた、目覚ましい成長を見せていた。

「焼き上がりチェック!よし、マルゲリータのバジルソースの散り具合、完璧です!カッターに回します!」

彼はオーブンから出てきたピザを素早くピール(ピザを取り出す大きなヘラ)で掬い上げ、カッティングステーションへと運ぶ。サクッ、サクッ、と小気味良い音を立てて、丸いピザが均等な8等分に切り分けられていく。

「おいSENA、その『えびとチーズの石焼風ビビンバ4』、箱を閉じる前に確認したか?」

「はい!エビの焼き色良し、チーズの溶け具合良し。そして……『きざみ海苔』と『旨辛コチュジャンソース』、バッチリ同梱しました!」

「上出来だ。お前のコチュジャン愛、お客様にも伝わるはずだ」

軽口を叩き合いながらも、二人の目は真剣そのものだった。 熱気、焦燥、そして達成感。厨房は一つの生き物のように機能していた。

ネットの評判と現実のやりがい

ピークが少し落ち着いた午後3時。遅めの休憩に入ったSENAが、スタッフルームでスマートフォンを見つめながらshimoに話しかけた。

「店長、ネットの反響、すごいことになってますよ」

「ほう、どんな感じだ?」

「『ピザハット・ベスト4が1,300円って、計算間違いじゃないの?』とか、『ハットの日のために今週の仕事乗り切った』とか。あと、これ見てください。『店員さん、忙しいのに笑顔で対応してくれて神。ピザも最高に美味かった』って……うちの店舗の口コミかもしれません」

shimoはスポーツドリンクを喉に流し込みながら、静かに微笑んだ。

「俺たちは、ただ小麦粉にソースを塗って焼いてるだけじゃない。誰かの『今日』という日を、少しだけ特別なものにする手伝いをしてるんだ。お持ち帰り限定だからこそ、お客様の顔が直接見れる。ネットの向こう側にいる人たちが、実際に店舗に足を運んでくれて、笑顔で帰っていく。それがこの『ハットの日』の醍醐味さ」

「はい。俺、最初は『3日間限定の地獄のセール』だと思ってビビってましたけど……今は、この忙しさが心地いいです」

「まだまだ夜のピークが残ってるぞ。気を抜くなよ」

「わかってますって!」

第四章 陽が落ちて、熱気はピークへ

週末の夜の狂騒とデリバリーの躍動

西の空がオレンジ色に染まり、やがて深い群青色へと変わっていく。午後6時。夕食時のディナーラッシュが始まった。昼間を上回る波が、店舗を飲み込もうとしていた。

「オンライン予約、18時から19時の枠、すべて埋まりました!」

「よし、ここからが本当の戦いだ。メイクライン、補充急げ!」

夜になると、客層も少しずつ変化してくる。仕事帰りのビジネスマンや、友人同士のパーティー、そして週末の家族団らん。

そして、この「ハットの日」には、お持ち帰りだけでなく、ひそかに「配達(デリバリー)」を対象としたキャンペーンも並行して行われていた。

「配達限定、1,810円シリーズ入ります!『海老マヨ明太ベーコン/芳醇ベーコンマッシュルームのハーフ&ハーフ』1枚!」

お持ち帰りほどではないにせよ、配達でも最大950円OFFになるこの1,810円シリーズは、家から出ずに楽しみたい層から絶大な支持を得ていた。デリバリースタッフたちが、出来立ての熱々ピザを専用の保温バッグに詰め込み、次々と夜の街へバイクを走らせていく。

店頭の持ち帰りカウンターには、長蛇の列ができていた。 しかし、誰もイライラしていない。漂ってくる香ばしいチーズとガーリックの香りが、人々の心を穏やかにし、期待感を膨らませているのだ。

人間模様とピザの力

カウンターに、杖をついた高齢の男性が現れた。

「あの……ネットとか、よくわからないんだが……今日は安く買えると近所の人が言っていてね」

SENAが素早く対応に入る。

「いらっしゃいませ!はい、本日から3日間は『ハットの日』で、お持ち帰りのMサイズピザが大変お安くなっております。本来はネットからのご注文をお勧めしているのですが、せっかくお越しいただきましたので、店頭でのご注文も喜んで承りますよ!」

「そうか、ありがとう。実は明日、孫が遠くから遊びに来るんだが、私がピザなんて買ったことがなくてね……何が良いかわからなくて」

SENAはメニュー表を広げ、丁寧に説明を始めた。

「お孫さんですね!でしたら、こちらの『ピザハット・ベスト4』はいかがでしょうか。マルゲリータやテリマヨチキンなど、お子様が大好きな味が4種類も入っています。通常3,190円ですが、本日はなんと1,300円です!」

「おお、それはありがたい。では、それを一つお願いしよう。……孫の喜ぶ顔が目に浮かぶよ」

SENAは「心を込めてお作りします」と深く頭を下げ、shimoにオーダーを通した。

(人間社会は、どんどん複雑になっていく) shimoは生地を伸ばしながら、ふと考えた。 物価は上がり、デジタル化が進み、ネットで注文できない高齢者は取り残されがちだ。格差も広がり、それぞれが違う環境、違う立場で、ギリギリの日常を生きている。

けれど、こうして一つの店舗に集まり、「ピザを囲む」という行為を通して、人はつながることができる。俺たちが焼いているこの一枚の円形の生地は、分断された社会をつなぎ合わせる、小さな、けれど確かな絆なのかもしれない。

「SENA!」

「はい!」

「あのベスト4、最高の焼き上がりにしてやれ。お孫さんにとって、一生忘れられないおじいちゃんとの思い出の味になるようにな」

「……了解です!気合い入れて作ります!」

第五章 終わらない熱情、次なる未来へ

午後10時の静寂と圧倒的な達成感

夜の喧騒が嘘のように引き、店舗のシャッターが下ろされた。時刻は午後10時を回っている。 オーブンの火が落とされ、静寂を取り戻した厨房には、清掃用のアルコールの匂いと、微かに残るチーズの香りが漂っていた。

「本日の営業、終了!お疲れ様でした!」 shimoの声に、疲労困憊のスタッフたちからパラパラと拍手が起こる。

売上データを確認していたSENAが、目を丸くして声を上げた。

「店長……今日の売上、通常の土日の約3倍です。810円シリーズとベスト4の出数が異常値叩き出してます」

「だろうな。あれだけ途切れることなく焼き続けたんだ。だが、クレームはゼロ。遅延も最小限に抑えられた。お前たち全員のオペレーションの賜物だ。誇っていいぞ」

スタッフたちの顔には、疲労よりも深い達成感が刻まれていた。 彼らは知っている。今日一日で、どれだけの「美味しい」という笑顔を作り出したかを。

希望のエンディング

後片付けを終え、店舗の裏口から外に出ると、夏の夜風が火照った体を優しく撫でた。 星は見えないが、街灯の光がアスファルトを照らしている。

「店長、お疲れ様でした」 SENAが自動販売機で買った冷たい缶コーヒーを、shimoに差し出した。

「おう、サンキュー。お前も今日はよくやったな。特にあの高齢のお客様への対応、完璧だったぞ」 shimoはプルタブを開け、一口飲んだ。冷たい液体が、乾いた喉に染み渡っていく。

「ありがとうございます。俺……今日一日で、なんかちょっと見方が変わりました」 SENAは夜空を見上げながら呟いた。

「見方?」

「ええ。ピザって、ただのカロリーの塊だとか、ジャンクフードだって言う人もいるじゃないですか。でも、今日カウンター越しにお客様の顔を見てたら、そんな簡単なもんじゃないなって。お母さんも、夜勤明けのお兄さんも、おじいちゃんも。みんな、ピザを受け取った瞬間に、すごく幸せそうな顔をするんです」

SENAの言葉に、shimoは深く頷いた。

「そうだな。今の世の中、暗いニュースばっかりで、将来に希望を持てない人が多い。明日がどうなるかなんて誰にもわからない。でも、少なくとも『今日の夜は、家族でピザを食べよう』って思える日は、人は希望を持てるんだ」

shimoは手の中の缶コーヒーを見つめた。

「810円。たったそれだけの金額かもしれないが、我々の企業努力と、お前たちの汗が詰まったこの価格が、誰かの心に余裕を作り出している。俺たちはピザを売ってるんじゃない。明日を生きるための『活力』と『笑顔』を売ってるんだ」

「はい。……俺、この仕事、誇りに思います」 SENAの顔には、もう迷いや新人の甘えはなかった。一人のプロフェッショナルとしての自覚が、その横顔を頼もしく見せていた。

「さてと……感傷に浸るのはまだ早いぞ、SENA」 shimoがニヤリと笑う。

「え?」

「『ハットの日』は毎月8日、9日、10日の3日間だ。つまり……明日も明後日も、この地獄の、いや最高の祭りは続くんだぜ」

「うわっ、そうだった!明日は日曜日だから、今日以上にヤバいじゃないですか!」

「その通りだ。だから早く帰って寝ろ。明日は朝イチからまた、コチュジャンソースの確認から始めるからな」

二人の笑い声が、夏の夜の街に響いた。

世の中は色々ある。厳しい現実も、悲しい出来事も尽きないだろう。 しかし、街角のピザハットには、明日もまた熱気を帯びたオーブンが火を吹き、最高のピザが焼き上がる。 箱を開けた瞬間の、あの湯気と香りが続く限り、人間社会は捨てたもんじゃない。 美味しいものを食べて、笑い合える。そのささやかな幸せが、未来への希望を繋いでいくのだから。

shimoは店舗の看板——赤と特徴的な屋根のロゴ——を見上げ、小さく一礼した。 「明日も頼むぞ。最高のピザを、この街に届けるために」
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考のさせて頂きました。

【毎月ピザハットの「ハットの日」は超おトクな3日間!】8月は新作のビビンバピザも登場!Mサイズピザが810円〜の超特大セール!


https://www.pizzahut.jp/topic/hutday/takeout
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000375.000031164.html

令和8年8月7日 『ミスド×ミセス初コラボ!商品ゲットに大奮闘の舞台裏』

 

ミスド×ミセス初コラボ!商品ゲットに大奮闘の舞台裏』(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージです

1. 運命の朝、令和8年8月7日

令和8年(2026年)8月7日、金曜日。朝から容赦なく照りつける太陽が、アスファルトの上に揺らめく陽炎を作り出していた。セミの鳴き声がまるで耳元でメガホンを使って叫ばれているかのように響き渡る中、shimoは愛用の電動アシスト自転車のペダルに、並々ならぬ決意を込めて足を乗せた。

普段であれば、しがないサラリーマンであるshimoはこの時間、満員電車の中で吊り革に掴まりながら、スマートフォンでその日のニュースを漫然と眺めているはずだった。

しかし、今日だけは違う。彼は数週間前から綿密に有給休暇を申請し、この平日の朝にすべてを賭けていた。その理由はただ一つ。妻のMAYUと、高校生になる娘のSENAの笑顔を取り戻すためである。さらに正確に言えば、家庭内に立ち込めている、あの「言葉なき冷戦状態」を終結させるためであった。

shimoの額にはすでに大粒の汗が浮かんでいたが、そんなものを気にする余裕はない。彼の頭の中には、ただひとつのミッションが点滅し続けていた。『ミスタードーナツへ急行し、Mrs. GREEN APPLEとのコラボ商品「Mrs. Donut(ミセスドーナツ)」を完全制覇すること』。

「今日を逃せば、俺の家庭での人権は永遠に失われるかもしれない……!」

ペダルを漕ぐ足に力が入る。風を切りながら進む彼の脳裏には、事の始まりとなった数週間前の出来事が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってきていた。

2. 『Mrs. GREEN APPLE』と『Ringo Jam』が紡ぐ家族の歴史

そもそも、なぜshimoがここまでしてドーナツ一つ(いや、四つだが)に命を懸けなければならないのか。それを理解するためには、shimo家における『Mrs. GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)』という存在の大きさを語らねばなるまい。

『Mrs. GREEN APPLE』――通称「ミセス」。2013年に結成され、圧倒的なボーカル力と多面的な楽曲の魅力で、若者を中心に爆発的な支持を集めてきた大人気ロックバンドである。彼らの音楽は、単なる流行歌の枠をとうの昔に超えている。

大森元貴の紡ぎ出す、人間の心の深淵を覗き込むような哲学的な歌詞と、それを包み込むようなキャッチーで壮大なメロディ。若井滉斗の感情を揺さぶるギターと、藤澤涼架の華やかで繊細なキーボード。彼らが織りなす音楽は、思春期の悩みや孤独に寄り添い、時には優しく抱きしめ、時には力強く背中を押してくれる。

shimoの妻であるMAYUは、彼らがまだ小さなライブハウスで活動していた頃からその才能に惚れ込み、オフィシャルファンクラブ『Ringo Jam』の設立当初から会員として名を連ねている筋金入りのファンであった。そして、そんなMAYUの情熱は娘のSENAにも完全に遺伝し、SENAにとってもミセスの楽曲は青春そのものとなっていた。

2026年。今年は、その『Ringo Jam』が設立されてから10周年という、ファンにとってはワールドカップやオリンピックにも匹敵する極めて重要なメモリアルイヤーであった。この10周年を記念して、日本中誰もが知るあの国民的ドーナツチェーン『ミスタードーナツ』と、ミセスが初のコラボレーションを実現させたのである。それが「Mrs. Donut(ミセスドーナツ)」だ。

(AIによるイメージのため、商品は実物とは異なります)

ミセスとミスド。この響きだけでもファンを狂喜乱舞させるに十分だったが、その商品コンセプトがまた見事だった。『Ringo Jam』のロゴマークであるりんごの形をイメージしたドーナツや、メンバー3人が昔から愛してやまないミスドの定番商品をパフェのように仕上げた夢の一品など、ファンの心を鷲掴みにする仕掛けが満載だったのである。

「パパ、わかってるよね? 7月13日からのネットオーダー、絶対に私たちの分を確保してね」

7月に入ったある夜、夕食の席でMAYUとSENAから下された至上命題。それがすべての始まりだった。

3. 7月のネットオーダー悲劇と前代未聞の地域別先行予約

この「ミセスドーナツ」の販売方法は、あまりの反響の大きさを予測し、ダスキン(ミスタードーナツ運営会社)が極めて異例の措置をとったことで、ネット上でも大きな話題となっていた。ネットのニュースやSNSでは、「これは過去の記録的コラボであった“もっちゅりん超え”か!?」「前代未聞の販売方法!」といった見出しが躍っていたほどだ。

何が異例だったのか。それは、予約時の「ミスドネットオーダー」へのアクセス集中によるサーバーダウンを避けるため、全国を一斉に予約開始とするのではなく、「地域ごとに先行予約受付日を分ける」という手法が取られたことである。

7月13日から順次、地域別にネットオーダーでの先行予約が開始され、その予約分のお渡し期間が8月5日から8月11日(店頭の混雑を避けるため、8月5日と6日は店頭販売は行わず予約引き渡しのみ)に設定されていた。

そして、満を持しての全国一斉店頭販売開始日が、今日、8月7日だったのである。

shimoの住む地域の先行予約日は、7月の某日、平日の昼間に設定されていた。

「任せておけ。お前たちのために、パパが必ず見事なタップさばきで限定テイクアウトボックスを勝ち取ってみせるさ」

そう豪語して出社したshimoであったが、現実は無情であった。その日の昼休み、彼がスマートフォンを開いてミスドネットオーダーのサイトにアクセスしようとしたまさにその瞬間、上司から緊急のトラブル対応を命じられてしまったのである。

「shimo君! 昨日のクライアントの件、大至急データを確認してくれ!」

「えっ、あ、はい! (ちょっと待って、あと3分で予約開始時間……!)」

社会人としての責任と、家庭の平和。天秤にかけるまでもなく、彼はサラリーマンとしての責務を全うした。トラブル処理が終わって時計を見たときには、すでに予約開始から2時間が経過していた。慌ててサイトを開いたものの、画面に表示されたのは無慈悲な「ご予約上限に達したため、受付を終了いたしました」の文字。

その夜の食卓の空気の冷たさは、南極の氷点下をも凌駕していた。MAYUは無言でサラダを取り分け、SENAはイヤホンをしてミセスの曲を聴きながら、shimoと一切目を合わせようとしなかった。

「……ごめん。店頭販売の初日、俺が絶対に買いに行くから」

そう平謝りして有給休暇をもぎ取ったのが、今日というわけである。だからこそ、絶対に負けられない戦いがそこにはあった。

4. 朝のミスタードーナツに集いし多様な人間模様

午前8時45分。shimoは目的のミスタードーナツ店舗に到着した。開店時間は午前9時。平日とはいえ、すでに店の前には想定以上の列が形成されていた。shimoは自転車を駐輪スペースに止め、急いで列の最後尾に並んだ。

列に並んで周囲を見渡すと、shimoはハッとした。そこには、実に多様な人々の姿があったのだ。

shimoの前には、お揃いのミセスのライブTシャツを着た若い女性の二人組が、スマホを見ながら興奮気味に語り合っている。

「カスタード&Ringo Jamは絶対だよね!」

「うん、でも推しドパフェも捨てがたい〜!」と、彼女たちの目はキラキラと輝いていた。

後ろを振り返ると、そこには白髪の混じった初老の男性が一人で立っていた。彼はおもむろに文庫本を読みながら静かに順番を待っている。おそらく、孫娘に頼まれて朝早くから買いに来たのだろう。

ふと、その男性と目が合い、shimoは軽く会釈をした。男性も少し照れくさそうに微笑み返してくれた。その笑顔には、「お互い、家族のために苦労しますな」という無言の連帯感が込められているように感じた。

さらに列の先頭の方には、shimoと同じようにスーツ姿のサラリーマンも数人混じっていた。営業の途中で抜け出してきたのか、それとも出社前に寄ったのか。誰もが皆、誰かの喜ぶ顔を見るために、あるいは自分自身の心を満たすために、この蒸し暑い夏の朝にこうして一つの場所に集まっている。

shimoは深い感慨に耽った。人間社会というのは、実に様々な立場の人が、それぞれの環境で懸命に生きている。普段であれば、道ですれ違っても決して言葉を交わすことのない人々。

しかし今、このミスタードーナツの前という小さな空間において、『Mrs. GREEN APPLE』という類稀なるアーティストの引力と、『ミスタードーナツ』という老若男女に愛される国民的ブランドの包容力が、見ず知らずの彼らを一つに繋いでいるのだ。

「エンターテインメントや食の力って、すごいな……」

shimoは心の中でつぶやいた。妻や娘が夢中になる理由が、ほんの少しだけ分かったような気がした。単なる物質的な消費ではない。そこには、誰かを想う気持ちや、日々の生活に彩りを与えてくれる希望が存在しているのだ。

5. 店内BGMに包まれて。魅惑のコラボ商品全容解剖

午前9時。カランコロン、とドアのベルが鳴り、ついに店舗がオープンした。列が少しずつ前へと進んでいく。

店内に一歩足を踏み入れた瞬間、shimoの鼓膜に心地よい音楽が飛び込んできた。

「……ミスタードーナツ♪」

あの誰もが知るサウンドロゴのメロディ。しかし、歌っている声が違う。圧倒的な透明感と伸びやかさを持つその歌声は、間違いなくMrs. GREEN APPLEのボーカル、大森元貴のものだった。

今回のキャンペーンでは、ミセスの楽曲や特別に収録されたBGMが店内で流れるという演出が施されているのだ(一部のショップを除く)。MAYUが言っていた、「大森くんが歌うミスドのジングルが聴けるらしいよ!」という情報は本当だった。店内は甘いドーナツの香りと、ミセスの爽やかな音楽が見事に融合し、まるで特別なテーマパークに迷い込んだかのような多幸感に包まれていた。

ショーケースの前に辿り着いたshimoの目に、色鮮やかな本日の主役たちが飛び込んできた。彼は事前にMAYUから渡された「絶対購入リスト」と、目の前の芸術品たちを照らし合わせた。商品については、価格から素材に至るまで、完璧に把握しておく必要があった。

まず目に飛び込んできたのは、ひときわ鮮やかな緑色が目を引く『ミセスドーナツ カスタード&Ringo Jam』だ。テイクアウト価格で税込324円(イートインは330円)。ファンクラブ「Ringo Jam」のロゴマークをイメージしたという、愛らしいりんご型のふんわりとした生地。その中には、シャリっとした食感がアクセントになるりんごダイス入りのりんごジャムと、なめらかなカスタードクリームがたっぷりと絞り込まれている。表面はホワイトチョコでコーティングされ、その上からカリカリのゴールデントッピングと、ミセスのイメージカラーをモチーフにしたグリーンシュガーが美しく降り注がれている。まさに今回のコラボの顔とも言える逸品だ。

その隣に鎮座するのが、『ミセスドーナツ チョコ&カスタード』。こちらもテイクアウト税込324円(イートイン330円)。同じくりんご型のふんわり生地に、なめらかなカスタードクリームを絞り、全体をリッチなチョコレートでコーティング。仕上げにゴールデントッピングがふりかけられており、王道の美味しさを約束するオーラを放っていた。

そして、最もシンプルでありながら生地の美味しさをダイレクトに味わえる『ミセスドーナツ オリジナル』。テイクアウト税込280円(イートイン286円)。りんご型のふんわり生地にグレーズ(糖蜜)をコーティングし、カリカリのゴールデントッピングで仕上げた一品。かわいい見た目と、ミスド特有のカリふわっ食感を純粋に楽しめる、ごまかしの効かない自信作である。

最後に、ショーケースの少し高い位置でひときわ存在感を放っていたのが、『ゴールデン×チュロ ミセスの推しドパフェ』だ。テイクアウト税込324円(イートイン330円)。これは、ミセスのメンバー3人が昔から愛してやまない“推しド”である「ゴールデンチョコレート」と「ハニーチュロ」を夢の組み合わせにした商品だ。ひとくちサイズのゴールデンチョコレートボールにホイップクリームを絞り、その上にミニサイズのハニーチュロを乗せ、さらにホワイトチョコとグリーンシュガーで青りんごに見立てたチョコレートボールをトッピング。まさにパフェのように華やかに仕上げられた、ファンにとっては感涙ものの贅沢な一品である。

(AIによるイメージのため、商品は実物とは異なります)

「全部、ください。各2個ずつ」

shimoは店員に向かって、震える声でありながらも力強くオーダーを告げた。ショーケースの奥で忙しく働くスタッフたちの額にも汗が光っている。この未曾有のコラボレーションに対応するため、彼らもまた早朝から想像を絶する仕込みとオペレーションをこなしているに違いない。接客してくれた若い女性スタッフの胸元のネームプレートを見ると、偶然にも「SENA」と書かれていた。娘と同じ名前の彼女が、満面の笑みで「ありがとうございます!」とドーナツを箱に詰めてくれる姿に、shimoは胸が熱くなるのを感じた。働く人々の献身が、この社会の小さな幸福を支えているのだ。

6. 勝利の限定テイクアウトボックスと帰路の死闘

会計を済ませ、ついにshimoは「それ」を受け取った。

今回のコラボレーションにおいて、ドーナツそのものと同等、いやファンにとってはそれ以上の価値を持つかもしれないアイテム。それが『限定テイクアウトボックス』である。

(AIによるイメージのため、このテイクアウトボックスは実物とは異なります)

数量限定で用意されたこの特製ボックスには、メンバー3人の可愛らしいイラストが大きく描かれている。さらに、単なる箱ではない。スマートフォンを箱にかざすことで、メンバーの声が聴ける特別なAR(拡張現実)コンテンツが楽しめるという、現代のテクノロジーとエンターテインメントが融合した画期的な仕様になっているのだ。

「無事に……買えた」

手の中に伝わる、出来立てのドーナツのほのかな温もりと、紙箱の感触。shimoはまるで国宝でも運ぶかのように、テイクアウトボックスを自転車の前カゴに慎重に収めた。振動で中のドーナツが崩れてしまっては元も子もない。彼は持参したタオルで箱の周囲をクッションのように固め、帰路についた。

帰りの自転車は、行きよりもずっと神経を使った。段差を避けるため、shimoはまるで地雷原を歩くかのような繊細なハンドルさばきを見せた。横断歩道のちょっとした段差ではわざわざ自転車を降りて手押しし、信号待ちでは日陰を選んでドーナツの温度上昇を防ぐ。すれ違う人々は、必死な形相で前カゴを凝視しながら自転車を漕ぐ中年の男を不思議そうに見ていたが、shimoには関係なかった。彼にとって今、この自転車はMAYUとSENAの待つ希望への箱舟なのだから。

家までの道のりが、普段の3倍にも4倍にも感じられた。吹き出す汗が目に入って痛いが、手を離すわけにはいかない。

「待ってろよ、MAYU、SENA。俺はやり遂げたぞ……!」

心の中で雄叫びを上げながら、shimoはついに自宅のマンションへと辿り着いた。

7. 魔法のARコンテンツと至福のテイスティングタイム

「ただいま……!」

玄関のドアを開け、荒い息を吐きながらリビングに入ると、夏休みで家にいたSENAと、洗濯を畳んでいたMAYUが同時に振り向いた。

shimoの手には、ミスタードーナツのロゴとミセスのイラストが描かれた、あの限定テイクアウトボックス。

「ああっ!! パパ!!」

SENAが弾かれたように立ち上がり、悲鳴に近い歓声を上げた。MAYUも目を丸くして、口元を手で覆っている。

「嘘……本当に買ってきてくれたの?」

MAYUの声が震えていた。7月のネットオーダー失敗以来、どこかぎこちなかった夫婦の空気が、魔法のように溶けていくのがわかった。

「初日の朝イチで並んできたよ。全種類、2個ずつだ。ミセスドーナツも、推しドパフェも全部あるぞ」

shimoが誇らしげに箱をテーブルに置くと、二人は拝むようにして箱を取り囲んだ。

「きゃー! 箱のイラストめっちゃ可愛い! ちょっとお母さん、早くスマホ貸して! ARやる!」

SENAの興奮は最高潮に達していた。MAYUのスマートフォンを使って専用サイトを開き、箱のイラストにカメラをかざす。すると、画面の中にエフェクトが現れ、リビングに大森、若井、藤澤の3人の弾むような声が響き渡った。

『Ringo Jam 10周年! 皆さん、いつも応援ありがとうございます!』

『僕たちの推しドーナツ、ぜひ楽しんでね!』

「やばい、耳が幸せすぎる……」とソファーに崩れ落ちるSENA。MAYUも「生きててよかった……」と涙ぐんでいる。shimoはそんな二人の姿を見て、思わず吹き出してしまった。たかがドーナツの箱一つで、ここまで人を幸せにできるなんて。

興奮冷めやらぬまま、箱を開ける。甘く香ばしい匂いと共に、緑色のシュガーが輝く『カスタード&Ringo Jam』たちが姿を現した。

「じゃあ、いただきまーす!」

三人で一斉にかぶりつく。

shimoは『ミセスドーナツ カスタード&Ringo Jam』を口に運んだ。

「……美味い!」

思わず声が出た。外側の生地はミスドならではの心地よい「カリッ」とした食感でありながら、内側は驚くほど「ふわっ」としている。そこに、ホワイトチョコのミルキーな甘さが重なり、噛みしめると中からシャリシャリとしたりんごダイスの心地よい歯ごたえが顔を出す。カスタードクリームのまろやかさと、りんごの酸味のバランスが絶妙だ。単なるキャラクターコラボ商品ではなく、スイーツとしての完成度が極めて高い。

「お母さん、このチョコ&カスタードも最高! チョコのビター感とカスタードがめっちゃ合う!」

「こっちの推しドパフェもすごいわよ。ゴールデンチョコレートとチュロスのザクザク感が一度に味わえるなんて、まさにミセスのおもちゃ箱みたい……!」

MAYUとSENAは、まるでプロのフード評論家のように熱弁を振るいながら、あっという間にドーナツを平らげていった。shimoも、彼女たちの笑顔を見ながら食べるドーナツが、これまでの人生で食べたどんな高級料理よりも美味しく感じられた。

8. 小さな円(ドーナツ)が繋ぐ、社会の希望と未来

リビングに平和が戻った。BGMには当然のようにMrs. GREEN APPLEのアルバムが流れている。shimoは、アイスコーヒーを飲みながら、妻と娘がARコンテンツを何度もリプレイしては笑い合っている姿を、ソファーの背もたれに深く寄りかかって眺めていた。

今日一日、たった数時間の出来事だったが、shimoは多くのことを考えさせられた。

7月のネットオーダーで感じた、現代社会のスピード感と情報の波。それに乗り遅れた者の挫折。

しかし、それを乗り越えて足を運んだミスタードーナツの店舗には、年齢も性別も職業も全く異なる人々が、ただ純粋な「好き」という一つの感情のもとに集い、静かに列を作っていた。誰もが皆、日々の生活の中に小さな喜びを見出そうと必死に生きている。

あの列にいた白髪の男性は、無事に孫娘にドーナツを渡せただろうか。

笑顔で接客してくれた「SENA」という名前の店員さんは、今日も忙しい一日を乗り切れただろうか。

そして、素晴らしい音楽を届け、ファンクラブの10周年をファンと一緒に楽しもうと企画してくれたMrs. GREEN APPLEのメンバーたち。その企画を現実のものとし、全国の店舗に配送し、現場で作って届けてくれるミスタードーナツの裏方のスタッフたち。

一つのコラボレーション商品の裏には、数え切れないほどの多様な立場の人々の情熱と労働が存在している。誰かの「仕事」が、誰かの「笑顔」を作り、その笑顔がまた別の誰かの「生きる活力」になっていく。社会というのは、そうやって複雑に、しかし確かに温かい鎖で繋がっているのだ。

「ねえ、パパ。今日は本当にありがとう」

ふと、SENAがこちらを見て言った。少し照れくさそうにしている。

「あなた、仕事忙しいのに有給まで取ってくれて……ごめんなさいね。でも、本当に嬉しかったわ」

MAYUも優しい笑顔を向けてくれた。

「いや、俺の方こそ。たまにはこういうのも悪くないな。……それに、ミセスの曲、ちゃんと聴いてみたら結構いいなと思ってさ」

shimoがそう言うと、MAYUとSENAは顔を見合わせてパァッと表情を輝かせた。

「えっ! 本当!? じゃあ、次はこのアルバムから聴いてみて!」

「パパにはね、絶対『ケセラセラ』が刺さると思う!」

二人がCDやスマホを持ってshimoの両脇に陣取ってきた。家庭内の冷戦は完全に終結し、そこには新しい共通の話題という平和な花が咲き誇っていた。

テーブルの上には、空になったテイクアウトボックスが置かれている。

ドーナツの形は、円(エン)だ。

始まりも終わりもないその形は、「縁(エン)」となって人と人を繋ぐ。

世の中にはまだまだ厳しいニュースや、立場の違いによる分断があふれているかもしれない。しかし、誰もが美味しいものを美味しいと笑い合い、素晴らしい音楽に心を震わせることができる限り、人間社会はきっと成長し、温かい未来へと向かっていけるはずだ。

shimoは、スピーカーから流れる大森元貴の力強くも優しい歌声に耳を傾けながら、心からそう確信していた。

窓の外では、夏の太陽が一段と高く昇り、彼らの暮らす街を明るく照らし出していた。

最高に甘くて、最高に心満たされる、令和8年の夏の日の出来事であった。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.duskin.co.jp/news/2026/pdf/260807_01.pdf
https://mrsgreenapple.com/news/detail/22844
https://mrsgreenapple.com/news/detail/22769
https://www.misterdonut.jp/m_menu/new/260805_mrs_green_apple/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001126.000005720.html

令和8年8月6日 『恐怖の霊屋(たまや)をSwitchで遊ぶ実はビビリな男達』

 

恐怖の霊屋(たまや)をSwitchで遊ぶ実はビビリな男達』(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージです

1. 2026年8月6日、不確実な世界で日常を生きる若者たち

1-1. 自称「ホラー耐性SSS」の男、SENA

令和8年、すなわち2026年の8月6日。茹だるような猛暑が日本列島を覆い尽くし、アスファルトから立ち昇る陽炎が景色を歪ませていた午後。都内の古びたアパートの一室では、エアコンが古びたコンプレッサーの音を唸らせながら、冷たい空気を必死に吐き出していた。窓の外から響くセミの鳴き声は、まるで世界が終わる前兆のように狂騒的で、耳障りなノイズとなって部屋の壁を叩いている。

この部屋の住人であるSENAは、大学の夏休みを持て余している平凡な若者だった。しかし彼には、一つだけ並々ならぬ自負があった。それは自らを「ホラー耐性SSS」と称することである。物心ついた頃から、彼は古今東西のホラー映画、心霊ドキュメンタリー、そして数多のホラーゲームを貪るように摂取してきた。

血飛沫が舞うスプラッター、じわじわと精神を削るサイコロジカルホラー、そして突然の大きな音で驚かせるジャンプスケア。あらゆる恐怖演出の手口を熟知し、次に来る展開を秒単位で予測できると豪語していた。

「恐怖なんてものは、人間の脳が作り出した電気信号のバグに過ぎない」

それが彼の口癖だった。しかし、彼のその過剰なまでのホラーへの執着は、どこか現代社会の不確実性に対する防衛機制のようでもあった。2020年代という激動の時代を多感な時期に過ごしたSENAたちの世代は、目に見えないウイルスの脅威、終わりの見えない経済の停滞、そしてSNSを通じて毎秒のように流れ込んでくる世界の悲惨なニュースに晒され続けてきた。

現実世界があまりにも予測不能で、理不尽な恐怖に満ちているからこそ、SENAは「ルールがあり、電源を切れば終わる」というコントロール可能な仮想の恐怖に救いを求めていたのかもしれない。自分の手のひらの上で制御できる恐怖。それを見下し、「怖くない」と笑い飛ばすことで、彼は無意識のうちに現実の不安から目を背け、心の平穏を保っていたのだ。

1-2. 悪魔の囁きをもたらす友人、shimo

そんなSENAの怠惰で静かな夜は、スマートフォンを震わせた一件のメッセージによって破られた。画面に表示された送り主は「shimo」。高校時代からの腐れ縁であり、SENAとは対照的に社交的で、現実主義者でありながらどこかお調子者の友人である。

『おい、今日ヤバいゲーム出たぞ。Switch持ってるよな?』

SENAはベッドに寝転がったまま、けだるそうに文字を打ち返した。

『持ってるけど。ヤバいって何が? どうせまた、中身ペラペラのキャラゲーだろ』

『違う違う。今日、8月6日配信開始の新作ホラーゲーム。名前は「霊屋(たまや)」。ネットの掲示板やSNSで、配信者たちがこぞってヤバいって騒いでる。実況映えが最高すぎて、視聴者が阿鼻叫喚らしい』

「実況映え最高、ねえ……」

SENAは鼻で笑った。現代におけるエンターテインメントの価値基準が「実況映え」に大きくシフトしていることは彼も理解していた。リアクションを取りやすい、つまり配信者が大げさに叫んだり驚いたりできるゲームがもてはやされる時代。だが、それはあくまで「見せるための恐怖」であり、真の恐怖を愛するSENAにとっては、大衆向けのチープなアトラクションに過ぎないと思えた。

『俺を誰だと思ってんの? ホラー耐性SSSの男だぞ。実況者が叫んでるからって、俺がビビるわけないだろ。どうせお化け屋敷みたいなもんだろ』

『いや、それが違うんだよ。とにかくコスパが異常らしい。今からお前の家に行くから、ダウンロードしとけよ。俺が横で見ててやるからさ。お前のSSSのメッキが剥がれる瞬間を見届けてやるよ』

一方的に宣言され、通話が切れる。SENAはため息をつきながら体を起こした。デジタル化が進み、人と人との直接的な繋がりが希薄になりつつある現代において、こうして無理やりにでも物理的な空間に飛び込んでくるshimoのような存在は、実はありがたいものだった。社会の分断が叫ばれる中で、共に何かを共有しようとする泥臭いコミュニケーション。SENAは文句を言いながらも、Switchのコントローラーを手に取った。

1-3. ワンコイン強の恐怖、『霊屋(たまや)』との出会い

SENAはテレビの電源を入れ、Nintendo Switchを起動した。滑らかなUIが画面に広がり、彼は迷うことなく『My Nintendo Store』のアイコンを選択した。検索窓に「霊屋」と打ち込むと、すぐに目的のソフトが表示された。

画面には、薄暗い和風の屋敷の画像とともに、「見つけろ。鎮めろ。そして、逃げろ!!」という不穏なキャッチコピーが躍っている。発売元はレジスタ。ジャンルはアドベンチャー、脱出、ホラー。

そしてSENAの目を最も引いたのは、その価格設定だった。

通常価格990円……が、配信記念セールで660円(税込)!?」

SENAは目を疑った。660円といえば、カフェで少し洒落たフラペチーノを一杯頼むか、コンビニで弁当と飲み物を買えば消えてしまう金額だ。いわば「ワンコインちょっと」の値段である。昨今のゲーム市場では、フルプライスの大作ソフトが数千円から一万円近くするのが当たり前となっている。そんな中で、660円という価格は破格中の破格だった。

若者にとって、この価格が持つ意味は大きい。経済的な余裕がない学生であっても、躊躇なく手を出せる金額。それでいて「心臓が止まるほどの体験」ができるのであれば、これほどコストパフォーマンスに優れた娯楽はない。

しかし、同時にSENAはひとつの疑念を抱いた。「こんな安価なゲームで、本当に怖い体験など作れるのだろうか?」と。

詳細情報を確認していくと、CEROレーティングは「B(12才以上対象)」と記されていた。

「なんだ、CERO Bかよ」

SENAは拍子抜けしたように独り言を漏らした。彼の経験上、CERO Z(18才以上のみ対象)やCERO D(17才以上対象)のような、極限のゴア表現やトラウマを植え付けるような凄惨な描写は、CERO Bでは規制されていて描けないはずだ。つまり、血みどろのグロテスクなシーンや、直接的な暴力による恐怖は期待できない。

「精神的な怖さや、雰囲気で押してくるタイプだろうけど……俺には効かないね。CERO Bのホラーなんて、子供向けのお遊戯みたいなもんだ」

彼は完全に高を括っていた。「購入にすすむ」ボタンを押し、パスワードを入力する。ダウンロードのプログレスバーが静かに進んでいく。たった660円で買われたそのデータが、数十分後に自らの精神を極限まで追い詰め、人間の尊厳を剥き出しにすることなど、この時のSENAは知る由もなかった。

2. 惨劇の幕開け、慢心と予兆

2-1. 余裕の態度と、現代社会の盲点

ダウンロードが完了して間もなく、玄関のチャイムが乱暴に鳴らされた。「おーい、開けろ!」というshimoの大きな声が響く。SENAが扉を開けると、そこにはコンビニのビニール袋を両手に提げたshimoが立っていた。袋の中には、大容量のポテトチップスと、2リットルのコーラ、そしてなぜかお守りの形をしたキーホルダーが入っていた。

「買ってきたぞ、非常食と厄除けグッズ」

「なんだそのお守り。バカにしてんのか」

「いやいや、ネットで『霊屋』の感想見たら、マジでお祓い行きたくなるレベルって書いてあったからな。念のためだよ」

shimoはズカズカと部屋に上がり込み、テレビの前に陣取った。エアコンの冷風を全身に浴びながら、コーラを紙コップに注ぐ。

「お前、ほんとに一人でやんなくてよかったな。夜中に一人でやってたら、今頃ショック死してたかもしれないぞ」

「だから、俺を誰だと思ってんの? CERO Bだぞ、B。血も出なけりゃ首も飛ばない。説明読んだけど、お札貼って玄関のろうそく灯すだけでしょ? 余裕すぎるわ。30分でクリアして、そのポテチ食い終わる前に終わらせてやるよ」

SENAは自信満々に笑い飛ばした。この「わかったつもり」「表面的な情報だけで判断する」態度は、情報過多の現代社会において誰もが陥りがちな罠である。ニュースのヘッドラインだけを読んで物事の本質を理解した気になり、SNSの短い動画だけで世界を知ったと錯覚する。見えている部分が全てだと思い込み、その裏側に潜む複雑な背景や、他者の見えない痛み、水面下で進行している危機を見落としてしまう。SENAのこの時の慢心は、まさに現代社会が抱える「想像力の欠如」という盲点そのものであった。

2-2. 屋敷への没入、Switchが繋ぐ異界への扉

「はいはい、口だけは達者だな。じゃあ、さっさと始めろよ」

shimoに急かされ、SENAはプロコン(Nintendo Switch Proコントローラー)を手に取った。ホーム画面から『霊屋』のアイコンを選択し、Aボタンを押す。

一瞬の暗転の後、画面には不気味なフォントで『霊屋』のタイトルロゴが浮かび上がった。同時に、重低音を響かせる環境音が部屋を満たす。Switchというハードウェアは、単なるゲーム機を超えて、日常と非日常をシームレスに繋ぐポータル(扉)である。リビングルームという見慣れた安全圏にいながらにして、一瞬でプレイヤーの意識を別世界へと引きずり込む力を持っている。

ゲームの舞台は、霊現象が多発するという古い日本家屋。プレイヤーは「除霊師」としてその屋敷に赴くが、潜む霊たちによって屋敷の中に閉じ込められてしまうという設定だ。

ゲームがスタートすると、主観視点で屋敷の内部が映し出された。薄暗い廊下、古びた畳、木目の荒い柱。グラフィックは決して派手ではないが、その「湿度」を感じさせるようなじめじめとした空気感が、画面越しに伝わってくるようだった。歩くたびにミシッ、ミシッと軋む床の音。遠くで何かが滴るような水音。極めて精緻に計算された環境音が、SENAの耳から脳へと直接訴えかけてくる。

「……なんか、嫌な雰囲気だな」

SENAの口数が少し減った。彼の手に握られたコントローラーが、微かに汗ばみ始めている。自室のエアコンの風が、急に冷たすぎるように感じられた。

2-3. 「異変」を探す目、他者のサインを見落とす危うさ

SENAは画面に表示されるチュートリアルテキストを読み上げた。

「えーっと、『脱出するには全ての霊現象を鎮めるしかない』。ルールはこうだ。 一、霊現象を見逃さないこと。 二、霊現象を見つけたら御札を貼り、玄関のろうそくを灯すこと。 三、霊現象が発生していない場合は御札を貼らずにろうそくを灯すこと。 四、1度も間違えずに7つの霊現象を鎮めること。 ……なるほどね。要するに、屋敷の中を歩き回って、前回と違う『異変』があったらお札を貼る。何事もなければそのままろうそくに火を点ける。間違い探しみたいなもんか」

この「異変を探す」というゲームシステム。一見単純なルールに思えるが、実は非常に哲学的な問いを含んでいる。私たちは現実世界において、果たしてどれだけ「異変」に気づけているだろうか。

家族の些細な言葉のトーンの変化、友人の無理に作った笑顔の裏にあるSOS、あるいは社会全体が少しずつおかしな方向へ向かっているという微小な歪み。

そういった「日常に潜むサイン」を、私たちは忙しさを理由に見落とし、あるいは「異常はない」と自分に言い聞かせて通り過ぎてしまっているのではないか。

「異変なんて、こんな狭い屋敷ならすぐわかるだろ」

SENAは軽口を叩きながら、屋敷の中の探索を始めた。だが、彼の目は本当に「見るべきもの」を捉えることができるのだろうか。他者のサインを見落とす現代人の危うさが、このゲームを通じて浮き彫りにされようとしていた。

3. 恐怖と狂乱のミッドナイト

3-1. 些細な変化へのパニック、崩れ去るホラー耐性SSS

ゲームの序盤、1周目と2周目は何事もなくスムーズに進んだ。「ほらな、何もない。ただ歩いてろうそくに火を点けるだけのお散歩ゲームだよ」とSENAは笑い、shimoも「なんだ、拍子抜けだな」とポテトチップスを口に運んでいた。

しかし、3周目に突入した時だった。 屋敷の空気が、ほんのわずかに変わったような気がした。

SENAは廊下を進み、各部屋を慎重に見回す。

「……ん? おい、shimo。あそこの棚の上、さっきまで仏花みたいなの無かったか?」

「え? いや、最初から何も無かっただろ」

「いや、あったって! 絶対あった! だからこれは『異変』だ。お札を貼るべきだ」

「待て待て、お前の記憶違いだって。もし間違えてお札貼ったら、最初からやり直しになるんだろ? 異変ないから札なしで灯せって!」

二人の意見が真っ向から衝突した。たった一つの些細な事象を巡って、見解が分かれる。これは現実社会でも頻繁に起こり得る現象だ。同じニュースを見ても、同じ出来事を経験しても、人によって解釈は全く異なる。フェイクニュースやエコーチェンバー現象のように、人間は自分の信じたいものを信じ、自らの記憶すら都合よく改ざんしてしまう生き物である。

「いや、俺の直感が言ってる。ここは絶対におかしい! そこ、ろうそく消えてる!」

「お前の直感なんてアテになるかよ! さっき『余裕だ』って言ってたばかりじゃねえか!」

言い争いながらも、SENAは画面に映る玄関のろうそくの前に立った。お札を貼るべきか、貼らざるべきか。コントローラーのボタンに置かれた彼の指が、小刻みに震えていることに彼は気づいていた。自称「ホラー耐性SSS」という強固なはずの自信は、このたった数分の「確証のない不安」によって、すでにひび割れ始めていた。疑心暗鬼が精神を蝕む。それこそが、ホラーの真髄だった。

3-2. お札を貼った瞬間の絶望、霊たちの猛追

「ええい、ままよ! 俺は俺を信じる!」

SENAは叫びながら、コントローラーのボタンを強く押し込んだ。画面上の主人公が、御札を取り出し、玄関にペタリと貼り付ける。

その瞬間だった。 ピタッ、と。屋敷内のすべての音が消えた。 環境音も、自分の足音すらも。圧倒的な静寂。

「……え?」 SENAが息を呑んだ次の瞬間。

ドォォォォン!!!

画面全体が激しく揺さぶられ、耳をつんざくような凄まじい轟音が響き渡った。薄暗かった屋敷の空間が赤黒く歪み、廊下の奥から、形容しがたい異形の怨霊たちが、地を這い、壁を這い、猛烈なスピードでこちらに向かって突進してきたのだ。

「うわあああああああ!!!!」

「なんだこれ!? やばいヤバいヤバい!!」

SENAとshimoは同時に悲鳴を上げた。「しかし御札を貼った途端、霊達の抵抗が始まる……」という事前の説明文。それが、これほどまでに暴力的で絶望的な猛追を意味していたとは。

人間が人生において直面する困難や、長年蓋をしてきた過去のトラウマ。それに真っ向から向き合おうとし、解決のための「お札(アクション)」を起こした瞬間、問題は一時的に激しく反発し、牙を剥いて襲いかかってくることがある。現状を打破しようとする者に対する、強烈なバックラッシュ。画面の中で霊たちから必死に逃げ惑うSENAの姿は、社会の理不尽な抵抗に立ち向かい、打ちのめされる人間の姿そのものであった。

「逃げろ! 後ろ来てる! 走れ!!」

「指が! 指が動かない!! アアアアア!!」

恐怖のあまり、SENAの指はプロコンのスティックを弾き飛ばし、操作がおぼつかない。大画面に迫り来る怨霊の顔。CERO Bというレーティングの枠を最大限に活かし、流血を伴わずとも人間の本能的な恐怖の中枢を直接抉ってくる、レジスタという開発陣の恐るべき手腕がそこにあった。

3-3. 布団へのダイブと大号泣、剥き出しの人間性

「無理無理無理無理!! ギャアアアア!!」

画面が血のような赤に染まり、ゲームオーバーの無慈悲な音が鳴り響いた瞬間。SENAの精神はついに決壊した。

彼は手にしていたプロコンを放り投げた。コントローラーはラグの上に転がり、鈍い音を立てる。SENAはそのまま後ろに倒れ込むと、部屋の隅に敷きっぱなしになっていた万年床へ文字通りダイブした。そして、真夏の熱気がこもる毛布を頭からすっぽりと被り、子どものように丸くなった。

「うあああああ! 怖かったあああ!! 短時間で濃密すぎるわ! なんだよこれ! 660円の恐怖じゃねえだろ!! 悪魔のゲームだ!!」

毛布の中で、大の大人が声を上げて大号泣している。情けない悲鳴。自称「ホラー耐性SSS」の面影など微塵もない。

しかし、この剥き出しの姿こそが、人間の真実の姿ではないだろうか。高度に発達した文明社会の中で、私たちは常に「理性」という仮面を被り、冷静で大人な振る舞いを求められている。弱みを見せることは敗北であり、感情を爆発させることは恥だと教えられてきた。だが、極限の恐怖やストレスに直面したとき、その仮面は容易く剥がれ落ちる。幼児退行し、本能のままに泣き叫ぶその姿は、一見すると滑稽かもしれないが、同時にこれ以上ないほど人間臭く、どこか愛おしい。虚勢を張り続けてきたSENAが、たった660円のゲームによって自らの「弱さ」を完全に認めさせられた瞬間だった。

4. 恐怖の共有から生まれる希望

4-1. ネットの評判「実況映え最高」を身をもって証明する

毛布の中で震え、うめき声を上げているSENAを見て、隣にいたshimoはしばらく呆然としていたが、やがて腹を抱えて大爆笑し始めた。

「あっはっはっは!! お前、最高すぎるだろ! 何が『ホラー耐性SSS』だよ! 完全にFランクじゃねえか!!」

shimoは笑い転げながらスマホを取り出し、SNSを開いた。 「ほら、見てみろよ。ネットの評判、ガチだったわ。

『霊屋、CERO Bなのにマジで怖い』

『660円でこれはヤバい。コスパ最強』

『配信でやると絶対盛り上がる。実況映え最高』ってさ。お前の実況なしのガチリアクションだけで、世界中の人間が飯食えるレベルだぞ」

SNS上では、数多くのプレイヤーたちが『霊屋』の恐怖に阿鼻叫喚の声を上げていた。ある者は深夜に絶叫して隣人に壁ドンされ、ある者はコントローラーを投げて壊しそうになり、ある者は家族全員で肩を寄せ合ってプレイしていた。

SENAとshimoが今体験した恐怖は、決して孤立したものではなく、ネットワークを通じて無数の人々と共有されている「巨大な共感の渦」の一部だったのだ。デジタルな情報だけでは分断されがちな現代において、皮肉にも「ホラーゲーム」という強烈な感情の揺さぶりが、人々の心を見えない糸で結びつけていた。

4-2. 弱さを認め合う社会、笑い合える関係の尊さ

「うるせえ……笑うなよ……」 SENAは毛布から少しだけ顔を出し、涙目でshimoを睨みつけた。しかし、腹を抱えて笑い続けるshimoの顔を見ているうちに、SENA自身の口元も自然と綻んでいった。

「……ハハッ。なんだよあの霊のスピード。あんなの避けられるわけないだろ。理不尽すぎるわ」

「だろ? お札貼った瞬間にあんなキレ方されるとは思わなかったわ。お前が布団にダイブした時はマジで腹筋崩壊するかと思った」

二人で顔を見合わせ、再び大笑いする。 もし、SENAが一人でこのゲームをプレイし、一人で恐怖に怯えていたら、それはただの「トラウマ」として心に暗い影を落としていたかもしれない。しかし、隣にshimoがいて、その滑稽な悲鳴を受け止め、笑い飛ばしてくれたことで、恐怖は「極上のエンターテインメント」へと昇華されたのだ。

現代社会は、自己責任論が蔓延し、他者に弱みを見せることが許されない息苦しさに満ちている。一度失敗すれば叩かれ、完璧であることが求められる。しかし、SENAが見せた無防備な弱さと、それを茶化しながらも肯定し、共に笑い合えるshimoとの関係性。

それこそが、私たちが本来持つべき「寛容な社会」の縮図ではないだろうか。誰もが強がる必要はない。弱さを認め合い、恐怖を分かち合い、笑いに変えることができる場所。それさえあれば、人はどんな不確実な世界でも生きていける。

4-3. 小さなろうそくの灯火が照らす未来

「よし、もう一回だ。次は絶対に見極めてやる」

SENAは毛布を跳ね除け、再びラグの上に座り直した。その瞳には、先ほどの怯えた色はなく、不思議な熱意が宿っていた。彼はラグに転がっていたプロコンを拾い上げ、しっかりと両手で握りしめる。

今度はshimoもソファから身を乗り出し、SENAの隣に並んで座った。「おう、俺も一緒に見ててやるよ。今度こそ、あそこから抜け出そうぜ」

画面の中の屋敷は、相変わらず不気味な静寂を保っている。しかし、今の二人にとって、それはただ恐ろしいだけの場所ではなくなっていた。

『霊屋』における「ろうそくを灯す」という行為。それはただのゲームのクリア条件ではない。暗闇の中に自らの手で希望の光を灯すという、極めて人間的で尊い営みの象徴だ。日常に潜む微かな異変に気づく繊細な目。そして、どんなに強力な霊(困難)が待ち受けていようとも、お札を貼り、立ち向かおうとする勇気。

2026年8月6日。たった660円のダウンロードソフトが、二人の若者に教えてくれたこと。それは、世界は不確実で、理不尽で、時に恐ろしいものに満ちているが、誰かと共に在り、弱さを認め合うことができれば、必ず前に進めるという真理だった。

「ほら、右の部屋、障子の穴が増えてないか?」

「マジだ! よし、お札行くぞ! 準備はいいか!?」

「いつでも来い!!」

SENAがボタンを押し、お札が貼られる。再び巻き起こる画面の振動と、轟音。二人の歓声と悲鳴が混じり合いながら、夏の夜空に溶けていく。エアコンの唸る音と、外のセミの鳴き声に包まれた古びたアパートの一室。そこには、不確かな未来へと立ち向かっていく人間たちの、生命力に溢れた小さな灯火が、力強く輝いていた。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://store-jp.nintendo.com/item/software/D70010000110964

霊屋

有限会社レジスタは8月6日(木)「霊屋」Nintendo SwitchTMDL版を発売致しました。 発売記念のセール価格にて販売を行なっております。 通常価格:990円(税込)→セール価格:660円(税込)

令和8年8月5日 『VIVANTコアラのマーチコラボ情報を追う真夏の旅』

 

『VIVANTコアラのマーチコラボ情報を追う真夏の旅』(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージです

灼熱の太陽と奥出雲の砂利道

容赦なく照りつける太陽が、アスファルトの表面を陽炎で歪ませている。2026年8月5日。令和8年の夏は、記憶にあるどの夏よりも厳しく、そして情熱的に日本列島を包み込んでいた。

島根県仁多郡奥出雲町。緑深く、古き良き日本の原風景が色濃く残るこの土地を、一台の黒いSUVが砂埃を巻き上げながらゆっくりと走っていた。開け放たれた窓からは、けたたましい蝉時雨と、青々とした稲の匂いを乗せた熱風が流れ込んでくる。

ハンドルを握るのは、shimo。都内のIT企業でプロジェクトマネージャーとして働く彼は、日々の喧騒と締め切りに追われるプレッシャーから逃れるように、この夏休みを大学時代からの悪友であるSENAとのドライブ旅に充てていた。

助手席でカーナビの画面とスマートフォンを交互に見つめるSENAもまた、中堅の商社で激務をこなす毎日を送っており、この数日間の旅は、彼らにとって社会のしがらみから解放される唯一のオアシスだった。

彼らの旅の目的は、単なる避暑や温泉巡りではない。日本中を熱狂の渦に巻き込んだTBS日曜劇場『VIVANT』のロケ地を巡る聖地巡礼の旅である。

「いやあ、櫻井家住宅、本当に素晴らしかったな」

shimoがハンドルを切りながら、先ほどまで訪れていた場所の余韻を噛み締めるように言った。

「ああ。あの重厚な門構え、手入れの行き届いた日本庭園。国の重要文化財である可部屋集成館の櫻井家住宅が、そのまま乃木憂助の実家のロケ地として使われたってのが凄いよな。あの縁側に立って庭を眺めていると、ドラマの中で野崎が乃木家を訪ねてきたシーンが脳裏に鮮明に蘇ってきたよ」

SENAが、冷えたペットボトルの緑茶を喉に流し込みながら同意する。

「本当にそうだ。それに、昨日行った出雲大社も格別だった。乃木の両親である卓と明美が結婚式を挙げたあの場所。早朝の澄み切った空気の中で参拝した時、二人の幸せだった頃の姿と、その後の過酷な運命を思って、不覚にも少し泣きそうになっちまったよ」

shimoの言葉に、SENAも静かに頷く。

彼らはこれまでにも、東京の神田明神で乃木が別班のサインを確認するシーンを真似てみたり、愛知県庁本庁舎の荘厳な建物を前にバルカ共和国の日本大使館の緊迫感を想像したり、静岡県掛川市の潮騒橋で乃木と黒須が山本を追い詰めたあの冷酷な風を感じたりと、日本国内に点在する『VIVANT』のロケ地を、文字通り走り抜けてきた。

「さて、次は松江市に向かうぞ。乃木が幼少期を過ごした養護施設『丹後つばさ園』のロケ地になった、旧大谷小学校だ。今はカフェやレストランとして生まれ変わっているらしいから、そこで遅めのランチでも食おう」

shimoがアクセルを踏み込むと、エンジンが力強い産声を上げ、車は奥出雲の美しい棚田の風景の中を、真っ直ぐに伸びる県道へと進んでいった。

静寂を破る助手席からの歓喜の絶叫

車内には、静かなジャズのBGMが流れていた。二人はそれぞれの思考に沈み、窓の外を流れる夏の景色を楽しんでいた。その静寂を破ったのは、助手席のSENAの突然の大きな叫び声だった。

「おい、shimo! マジかよこれ!」

あまりの大声に、shimoは思わずブレーキペダルに足をかけそうになった。

「なんだよ、急に。事故か? それとも道間違えたか?」

「違う違う! スマホ見てみろって言いたいけど運転中だから俺が読むわ。ロッテから公式発表が来たんだよ!」

「ロッテ? お菓子のロッテか? それがどうした」

「お前、心して聞けよ。あのコアラのマーチと、俺たちが今まさにロケ地を巡っている『VIVANT』が、初コラボ企画を始動するらしいんだ!」

shimoは目を丸くした。

「は? VIVANTとコアラのマーチがコラボ? どういうことだ?」

「俺も一瞬、目を疑ったよ。でも、これロッテの公式サイトのニュースリリースだ。日付は今日、2026年8月5日。さっき出たばかりのホヤホヤの情報だぞ」

SENAは興奮で早口になりながら、スマートフォンの画面に映し出された文章を読み上げ始めた。

「『コアラのマーチ初、TBS系日曜劇場VIVANTとのコラボ企画始動! 第1弾は登場人物たちが可愛いコアラに大変身!? トレーディングステッカーシール・缶バッジ発売!』……だってさ!」

「おいおい、あの緊迫感あふれるVIVANTのキャラクターたちが、コアラになるって言うのか?」

「そういうことだ! ニュースリリースにはこう書いてある。『前作から3年の時を経て、TBS系日曜劇場VIVANTは待望の第2シーズンがスタートしました。この大人気ドラマの放送を記念して、コアラのマーチとコラボ企画を始動することにしました。ドラマでは、緊迫感溢れるあの登場人物たちが、まさかの可愛いコアラ姿に!』だってよ!」

shimoはたまらず、路肩の安全なスペースを見つけて車を停めた。

「ちょっと待て、俺にも見せろ」

身を乗り出してSENAのスマホを覗き込むと、そこには見慣れたコアラのマーチのロゴとともに、見慣れない、しかしどこかで見たことのある特徴を持ったコアラたちのイラストが並んでいた。

「うおっ! なんだこれ、めっちゃ可愛いじゃないか!」

「だろ? 今回発売されるのは第1弾として『トレーディングステッカーシール』と『トレーディング缶バッジ』の2種類らしい。で、ここからが重要だぞshimo。これ、どこでも買えるわけじゃないみたいだ」

「どういうことだ?」

「『8月17日(月)正午より、ロッテオンラインショップにて先行予約販売を開始します』と書いてある。先行予約なんだよ」

SENAは画面をスクロールさせ、さらに詳細な情報を読み解いていく。

「価格はどちらも600円。税込だけど、送料は別にかかる。種類は、10種類プラス、シークレットデザインが1種類の合計11種類。その中からランダムで2種類が1セットに封入されているんだと。しかも……聞いて驚け。『シークレットデザインは先行予約時のみの出現』らしいぞ!」

「なんだって!? じゃあ、8月17日からのロッテオンラインショップでの先行予約で買わないと、シークレットは手に入らないってことか!」

「そういうことだ。発送は9月下旬頃を予定していて、通常販売は10月中旬頃かららしいけど、通常販売じゃシークレットは出ないってことだな。これは熱い戦いになりそうだぜ」

二人は車の中で、まるで少年のように歓声を上げ、ハイタッチを交わした。真夏の暑さなど吹き飛ぶほどの、歓喜の一報だった。

シリアスな世界観と愛らしいコアラの究極のギャップ

車を再び走らせながら、二人の話題は完全にVIVANTとコアラのマーチのコラボで持ちきりになっていた。

「しかし、すごいコラボを考えたもんだな。ロッテの企画担当者は天才じゃないか?」

shimoが感心したように言うと、SENAも大きく頷いた。

「本当にそう思うよ。だって考えてみろよ。VIVANTの世界観って、テロ組織が暗躍して、自衛隊の影の諜報部隊である別班が命懸けで国家を守って、バルカ共和国の広大な砂漠で裏切りと騙し合いが繰り広げられる、超絶シリアスなサスペンスだぞ」

「ああ。乃木のあの『僕は別班です』って冷徹な表情で銃を構えるシーンとか、テントのリーダーが語る悲壮な過去とか、息を呑むような重い展開ばかりだった」

「それがお前、あの平和の象徴みたいな『コアラのマーチ』になるんだぜ? あの乃木憂助が、野崎守が、丸い耳をつけて、ユーカリの木にしがみついてるかもしれないんだぞ。このギャップは反則だろ!」

二人は想像を膨らませ、再び車内で大爆笑した。

「乃木コアラは、やっぱりスーツ姿でちょっと猫背なのかな。で、もう一つの人格のFコアラが背後にうっすら見えてたりして」

「野崎コアラは絶対にあの特徴的な眉毛が描かれてるはずだ! ドラムコアラは、スマホを持ってニコニコしてるんだろうな。薫先生コアラや、まさかのチンギスコアラ、ノコルコアラまでいたら最高すぎるぞ」

「シークレットデザインは誰だと思う? やっぱり乃木の父親、あのテントのリーダーか? それとも、まさかのジャミーンコアラか?」

「俺はベキコアラだと踏んでるね。あの威厳ある姿がコアラになったら、面白すぎて泣く自信がある」

SENAは自身のスマホでSNSの反応を検索し始めた。

「おい、ネットもすでにお祭り騒ぎになってるぞ」

SENAが読み上げるタイムラインの投稿には、多くのファンの興奮が綴られていた。

『VIVANTとコアラのマーチのコラボ!? 感情が追いつかないww』

『乃木コアラ可愛すぎかよ! 別班コアラとか最高すぎる』

『シークレット先行予約限定ってエグい! 8月17日は絶対に有休とってPCの前で全裸待機する!』

『送料かかってもいいから箱買いして全種類コンプリートするしか使命がない』

「みんな同じこと考えてるな」とshimoは笑った。

「ドラマのファンはもちろんだけど、これ、VIVANTを見たことがない人でも、この可愛いコアラのイラストを見たら絶対に欲しくなるよな。そこから『どんなドラマなんだろう?』って興味を持つ人も多いはずだ」

「間違いないね。コアラのマーチの親しみやすさが、VIVANTの重厚な世界への架け橋になる。ロッテの販促としても完璧な戦略だし、ドラマのプロモーションとしても最高の一手だ」

これまでの旅の足跡と『VIVANT』が問いかけるもの

興奮が少し落ち着いてくると、shimoはふと真面目な顔つきになり、前方のどこまでも続く一本道を見つめながら口を開いた。

「でもさ、このコラボがこれだけ話題になるのって、ただギャップが面白いからだけじゃない気がするんだ」

「どういうことだ?」

SENAが不思議そうに尋ねる。

「俺たち、これまでいくつかVIVANTのロケ地を巡ってきたよな。東京の神田明神では、乃木が別班としての孤独な使命を背負って祈る姿を想像した。静岡の潮騒橋では、国家の安全のために法を超えた制裁を下す、冷酷なまでの正義の裏側を見た。愛知県庁では、異国の地で孤軍奮闘する日本の外交と警察の執念を感じた」

shimoの言葉に、SENAは黙って耳を傾けていた。

「VIVANTってドラマは、単純な善悪二元論じゃなかった。テントと呼ばれるテロ組織でさえ、その根本には見捨てられた孤児たちを救い、自分たちの土地を守るという、彼らなりの切実な『正義』があった。別班には国家を守るという大義があり、公安には法の秩序を守るという信念があった。それぞれの正義が衝突し、愛する者を守るために裏切りを重ねなければならない。あれは、紛争や分断が絶えない現代の国際社会、そして人間社会の複雑な縮図そのものだったと思うんだ」

SENAは深く息を吐き出した。

「ああ、そうだな。俺も会社で働いていて、よく思うよ。営業部には営業部の正義があり、管理部には管理部の論理がある。取引先の都合と自社の利益の板挟みになって、何が正しいのか分からなくなることが多々ある。SNSを見てもそうだ。誰もが自分の信じる正義を声高に叫び、少しでも意見が違う者を徹底的に叩き潰そうとする。多様性と言いながら、実はものすごく不寛容で、分断された社会。それが今の世の中だ」

shimoは頷いた。

「俺も同じだ。プロジェクトをまとめる立場で、メンバーそれぞれの家庭環境や立場の違いに直面する。若手には若手の不満があり、ベテランにはベテランの意地がある。全員を救う完璧な答えなんてなくて、いつも誰かに皺寄せがいってしまう。そんな現実に疲れて、俺たちはこうして日常から逃げ出して、ロケ地巡りなんていう旅に出たわけだ」

車の窓から見える景色は、雄大な自然に囲まれた平和そのものだった。しかし、彼らの胸の内には、現代社会で生きる大人としてのリアルな悩みと葛藤が渦巻いていた。だからこそ、様々な立場と環境の中で必死に生き抜くVIVANTの登場人物たちに、彼らは強く惹きつけられたのだった。

お菓子がもたらす平和と希望のメッセージ

「でもさ」と、SENAが少し明るい声で沈黙を破った。

「そんな複雑で、時に残酷な世界を描いたVIVANTの世界に、ロッテは『コアラのマーチ』という爆弾を投下したわけだ」

「爆弾って」shimoが苦笑する。

「いや、これは平和の爆弾だよ。考えてもみろ。コアラのマーチって、俺たちが子供の頃からずっとあるお菓子だろ? 遠足のおやつには必ず入っていて、友達と『まゆげコアラが出た!』とか『盲腸コアラだ!』って言いながら、無邪気に笑い合っていた。あの六角形の箱を開ける時のワクワク感は、大人になっても忘れられない」

SENAの言葉に、shimoの顔にも自然と笑みがこぼれた。

「確かにそうだな。俺も妹と、箱の底にあるコアラの絵柄をどっちが先に見つけるかでよく喧嘩したよ」

「コアラのマーチは、40年以上にわたって日本の子供たち、いや大人たちにも、笑顔と家族の団らんを提供し続けてきた。どんなに社会が分断されていようと、どんなに理不尽な立場の違いがあろうと、チョコの詰まったサクサクのビスケットを口に入れた瞬間、人は平等に幸せを感じる。美味しいお菓子ってのは、国境も思想も立場も超える、究極のコミュニケーションツールなんだよ」

SENAは手元のスマホに映るコラボグッズの画面を、いとおしそうに見つめた。

「VIVANTの物語の根底にあったのも、実は『家族の愛』だった。親子の絆、仲間への信頼、誰かを守りたいという無償の愛。それが複雑に絡み合って悲劇を生んでしまったけれど、根本にある願いは皆同じだったはずだ。コアラのマーチが象徴する『平和と家族の笑顔』と、VIVANTが探し求めた『愛の形』。この二つが交わったこのコラボは、単なるキャラクタービジネスじゃない。争いばかりのこの世界に対する、ロッテとTBSからの『もっと肩の力を抜いて、一緒に笑おうぜ』っていう、優しくて強いメッセージなんじゃないかな」

shimoは深く感銘を受けていた。

「お前、商社マンのくせに、たまにはいいこと言うな」

「うるせえ。俺はいつでも本質を見抜く男だ」

二人は顔を見合わせて笑った。

先ほどまで感じていた現代社会への閉塞感や、仕事への疲労感が、不思議と薄れていくのを感じていた。どんなに過酷な現実があっても、こうして友人と語り合い、大好きなドラマの世界に浸り、そして新しいコラボグッズの発売に一喜一憂できる。そんな些細だけれど確かな喜びがある限り、人間社会はまだまだ捨てたもんじゃない。明日への活力が、静かに、しかし力強く湧き上がってくるのを感じていた。

新たな目的地、そして希望に満ちたエンディングへ

車は松江市内に入り、宍道湖の湖畔を走っていた。西の空に傾き始めた太陽が、湖面を黄金色に染め上げている。

「間もなく、目的地周辺です」

カーナビの無機質な音声が、車内に響いた。

「着くぞ、旧大谷小学校。今は『TERRACE OODANI』っていう複合施設になってるらしい。乃木が過ごした『丹後つばさ園』のロケ地だ。ここで、美味しいコーヒーでも飲みながら、この旅の締めくくりとしよう」

shimoがハンドルを切り、施設に併設された駐車場へと車を進めた。

車を停め、エンジンを切る。しかし、二人はすぐに車を降りようとはしなかった。

SENAが、ダッシュボードに足を投げ出しながら、天井を見上げて言った。

「なあ、shimo。8月17日の月曜日、お昼の12時。俺たち、どこで何してるかな?」

shimoは少し考えてから答えた。

「お盆休み明けの月曜だ。俺は間違いなく、次の大規模プロジェクトのキックオフミーティングの準備で、オフィスを走り回って疲弊しているだろうな。お前は?」

「俺は多分、月末のノルマに追われて、取引先に頭を下げて回っている最中だ」

二人は自嘲気味に笑った。夏休みが終われば、またあの厳しい現実社会が待っている。それぞれが異なる立場で、異なる正義に挟まれながら、泥臭く生きていかなければならない。

「でもさ」と、shimoは力強い声で言った。

「8月17日の11時55分になったら、俺は絶対に仕事を中断して、トイレの個室か、電波のいい非常階段に駆け込む。そして、スマホを握りしめて、ロッテオンラインショップのページにアクセスするよ。どんなに忙しくても、その5分間だけは、誰にも邪魔させない」

SENAも満面の笑みで頷いた。

「俺もだ。営業車のエアコンを全開にして、電波バリバリの場所に車を停める。そして、この可愛いコアラのマーチのステッカーシールと缶バッジを、絶対に予約してやる。シークレットデザインを手に入れて、お前に自慢してやるからな」

「望むところだ。もし俺が先にシークレットを引き当てたら、次のロケ地巡りの旅費は、お前の奢りだからな」

「言ったな? 後悔するなよ!」

二人の笑い声が、真夏の車内に響き渡った。

彼らの旅は、これからも続く。

VIVANTのロケ地を巡る旅は今日で一旦終わりを迎えるが、彼らの人生という名のロードムービーは、まだまだ終わらない。社会には理不尽なことも多く、悩みは尽きないかもしれない。

しかし、遠く離れたモンゴルの砂漠で戦い抜いたドラマの主人公たちに思いを馳せ、そして彼らが可愛いコアラになった姿に心から癒やされる。エンターテインメントの力と、誰もが笑顔になれるお菓子の存在が、彼らの背中を優しく押してくれていた。

「よし、行こうぜ。丹後つばさ園の空気を感じて、明日からの活力にするぞ」

「ああ。そして、8月17日の激戦を勝ち抜くための祈願もしておかないとな!」

二人は勢いよく車のドアを開けた。

外には、先ほどまでの刺すような酷暑を和らげる、宍道湖からの涼しい風が吹いていた。黄金色に輝く湖面は、まるで彼らの未来を祝福しているかのようにキラキラと眩しく光っていた。

『VIVANT』とコアラのマーチ。

一見、決して交わることのない二つの世界が融合したこの奇跡のコラボレーションは、ロケ地を旅する二人の若者に、最高の夏の思い出と、明日を生き抜くための小さな、しかし絶対的な希望をもたらしたのである。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.lotte.co.jp/info/news/detail/20260804134113.html
https://lotte-shop.jp/shop/e/eLvivantmainitem2608/?_gl=1*hfj7n7*_gcl_au*NjA3MjQ4NjQuMTc4NTk3NTU2OA..*_ga*OTcyMjMwOTM5LjE3ODU5NzU1Njk.*_ga_ZYHFSCR63F*czE3ODU5NzU1NjgkbzEkZzAkdDE3ODU5NzU1NjgkajYwJGwwJGgxNjgxMzYwMjI1
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002689.000002360.html

令和8年8月4日 『激辛カシミールで復讐!?エリート社員のセブンカレー事件簿』

 

激辛カシミールで復讐!?エリート社員のセブンカレー事件簿』(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージのため、実際の商品とは異なります

序章:2026年8月4日、うだるような暑さと息詰まるオフィス

令和8年、2026年8月4日。空調が完璧に効いているはずのオフィスビルの中にいても、窓の外に広がる都市の熱波が伝わってくるような、そんなまとわりつくような不快な暑さの一日だった。

照りつける太陽はアスファルトを容赦なく焦がし、道行く人々の体力を根こそぎ奪っていく。しかし、若手エリート社員であるSENAにとって、本当の地獄は窓の外の猛暑ではなく、目の前のデスクでふんぞり返っている直属の上司、shimo部長の存在そのものであった。

「おいSENA、先週お前がまとめたA社のマーケティング資料だがな、役員会議で『私の』発案として通しておいたぞ。いやあ、なかなかの評価だった。お前も私の下で働いている恩恵を十分に受けているな。感謝したまえ」

shimoは、淹れたてのコーヒーを啜りながら、悪びれる様子もなくそう言い放った。彼の得意技は「手柄の横取り」と「責任の押し付け」である。SENAが何日も徹夜して集めたデータ、綿密に組み上げたロジック、そして心血を注いだ企画書は、いとも簡単にshimoの「輝かしい実績」へと変換される。

さらに始末が悪いことに、shimoは自らのパワハラ気質を「愛の鞭」だと思い込んでいる節があった。部下を精神的に追い詰め、自分の優位性を確認することでしか自尊心を保てない、典型的な旧時代の遺物のような管理職だった。

SENAは、デスクの下でギリッと拳を握りしめた。入社以来、彼は会社に貢献したいという純粋な熱意を持って働いてきた。しかし、毎日のように続くshimoの理不尽な要求、終わりの見えないサービス残業、そして何より、自分の存在価値を否定され、搾取され続ける日々に、SENAの精神はすでに限界の淵に立たされていた。

「ありがとうございます、shimo部長。光栄です」

SENAは、顔に貼り付けたような営業スマイルを浮かべ、感情を殺して答えた。現代の企業社会という巨大な歯車の中で、若手社員に与えられた選択肢は多くない。反発すれば「協調性がない」とレッテルを貼られ、沈黙すれば都合よく使い潰される。この閉塞感に満ちた環境の中で、SENAの心の中には、真っ黒なマグマのようなストレスが静かに、しかし確実に溜まり続けていた。

第一章:絶望の「ワーキングランチ」指令と、セブン-イレブンというオアシス

時計の針が正午を回った。本来ならば、ビジネスマンにとって唯一の安らぎであるはずの昼休み。しかし、SENAにとってそれは新たな苦行の始まりを意味していた。

「SENA、今日の午後はB社との重要なオンラインコンペがある。昼休みも資料の最終確認を行うから、ワーキングランチとする。何か昼飯を買ってこい。ただし、私の眠気を覚まして、かつ午後への活力を漲らせるような、気の利いたものだぞ。モタモタするなよ!」

shimoからの理不尽なランチ調達指令である。ただでさえ疲労困憊のSENAに対し、炎天下の外出を強要し、さらには「気の利いたもの」という極めて曖昧で難易度の高い要求を突きつけてくる。もしshimoの気に入らないものを買っていけば、午後からの数時間はネチネチとした説教のターゲットになることは火を見るよりも明らかだった。

「かしこまりました。すぐに行ってまいります」

SENAはため息を飲み込み、オフィスビルを出た。自動ドアを抜けた瞬間、全身を殴りつけるような凶暴な熱気が彼を包み込む。ワイシャツは瞬時に汗で肌に張り付き、不快指数は天井知らずに跳ね上がった。重い足取りで都会のコンクリートジャングルを歩きながら、SENAの脳内にはあるどす黒い考えが渦巻いていた。

(いっそのこと、とんでもないものを食わせて、あのふんぞり返った顔を歪ませてやりたい……)

そんな危険な妄想に囚われかけていた彼の視界に、砂漠のオアシスのように輝くお馴染みの看板が飛び込んできた。セブン-イレブンだ。日本のビジネスマンのインフラであり、過酷な現代社会を生き抜くための補給基地。自動ドアが軽快なチャイムと共に開くと、涼しく心地よい冷気がSENAの火照った身体と、ささくれ立った心を優しく撫でた。

店内に入って真っ先に彼の目に飛び込んできたのは、天井から吊るされ、そして商品棚を鮮やかにジャックしている色鮮やかな巨大ポップだった。

『夏こそスパイス!カレーフェス』

それは、まさに今日、2026年8月4日からスタートしたセブン-イレブンの大規模なキャンペーンだった。赤と黄色、そしてスパイスを連想させる情熱的なデザインが、店内に溢れんばかりの活気をもたらしている。SENAは、まるで何かに導かれるように、お弁当コーナーへと足を運んだ。

第二章:カレーフェス全貌解剖!ネットの噂と緻密なプロモーション

カレーフェスの特設コーナーに並ぶ商品の数々を見て、SENAはセブン-イレブンの商品開発力と、その圧倒的なマーケティング戦略に思わず舌を巻いた。単なる「カレー味」の商品を並べるだけではない。そこには、現代社会を生きる多様な人々のニーズを的確に捉え、すべてのターゲット層にアプローチしようとする緻密な計算が隠されていたのだ。

まず目を引くのは、有名店監修の本格カレーシリーズである。 「エリックサウス監修 2種スパイスカレー(はちみつバターチキン&キーマ)」は、648円(税込699.84円)という価格で、南インドカレーの名店の味を忠実に再現している。ココナッツミルクとはちみつのコク深い味わいが特長のバターチキンカレーと、鶏肉の旨みとスパイスの辛みが効いたキーマカレーの2種類が一度に楽しめるという贅沢な一品だ。(※はちみつを使用しているため1歳未満の乳児には注意が必要という細やかな配慮も忘れていない)。これは、本格的なスパイスカレーを求めるグルメな層や、ちょっとした非日常を味わいたい女性層にクリーンヒットするだろう。

そして、SENAの視線は次々と他の魅力的な商品へと移っていく。 「銀座デリー監修 ドライカレーおむすび」は、わずか148円(税込159.84円)で名店の独自のスパイスの辛みと香りを堪能できる。これは、時間がないサラリーマンが移動中にサクッと食べるのにも最適だ。

さらに、がっつり食べたい若者やチーズ好きの心を鷲掴みにするであろう「チーズの虜 半熟玉子とカレー焼きパスタ」598円(税込645.84円)や、健康志向の高い層に向けた「8種野菜とキーマカレーのサラダごはん」538円(税込581.04円)など、まさに死角がない。夜の晩酌のお供を求める層には「鶏皮チップス カレー味」298円(税込321.84円)まで用意されている。

ふと横のポスターを見ると、8月11日からは第2弾として、北海道の名店が監修した「Suage監修 スープカレー」460円(税込496.80円)などが順次発売されるという予告まで記載されていた。

「これなら、カレーにそこまで興味がない人でも、おにぎりやパスタ、おつまみといった豊富なバリエーションで、気づけばフェスに参加してしまう仕組みになっている。セブン-イレブン恐るべし……」

SENAは、マーケティングを担当する人間として、このキャンペーンの構造的な美しさに感嘆していた。老若男女、あらゆる立場の人間が、それぞれのライフスタイルに合わせてスパイスを楽しめる。これは単なる販売促進ではなく、日本の夏を元気にするという社会的な意義すら感じさせる一大イベントだった。

さらに、SENAは店内の小さなポップを見逃さなかった。 「対象の定番カレー商品(レトルトなど)2個を同時購入で、税抜価格から100円引き!」 実施期間は7月27日から8月9日までの期間限定だ。

レトルトカレーをストックしておけば、激務で疲れ果てて帰宅した夜でも、手軽に本格的な味が楽しめる。SENAは即座に、自分の夕食用として「セブンプレミアムゴールド 金のビーフカレー」398円(税込429.84円)を2つ手に取った。柔らかく煮込まれた牛肉と、香味野菜のコクがたまらない逸品だ。これが100円引きになるのは、一人暮らしの若手社員にとって涙が出るほどありがたい恩恵だった。

「よし、自分の分はこれで完璧だ。問題は……shimo部長のランチだな」

SENAの目が、再びお弁当コーナーを鋭く見渡し始めた。その時、彼の視界にある一つの商品が飛び込んできた。それは、鮮烈な赤いパッケージに包まれ、まるで「触れるな危険」とでも言わんばかりの圧倒的なオーラを放っていた。

第三章:暗黒の決断〜「銀座デリー監修 カシミールカレー」という凶器〜

その商品の名は、「銀座デリー監修 カシミールカレー」。価格は598円(税込645.84円)。

SENAの脳裏に、今朝の通勤電車の中でチェックしたSNSのタイムラインがフラッシュバックした。今日、8月4日に発売されたばかりのこの商品について、ネット上はすでに阿鼻叫喚と絶賛の嵐に包まれていたのだ。

『セブンのカシミールカレー、容赦ない激辛で草』

『舌が焼けるように痛い!でも旨すぎてスプーンが止まらん!』

『コンビニのレベルを完全に超えてる。これはもはや兵器』

『セブン-イレブンさん、ついに本気出しすぎて頭おかしなった(褒め言葉)』

銀座デリーの看板メニューであるカシミールカレーは、鶏肉と野菜の旨みが極限まで詰まっている一方で、スパイスの強烈な辛みが特徴の、知る人ぞ知る「激辛チキンカレー」である。ネットの評判によれば、万人受けを狙うコンビニ弁当のセオリーを完全に無視し、名店の容赦ない辛さを一切の妥協なく再現しているらしい。

SENAの唇に、思わず邪悪な笑みが浮かんだ。

(これだ……。shimo部長の『眠気を覚まして、かつ午後への活力を漲らせるような、気の利いたもの』というオーダーに対して、これ以上完璧な回答はない)

shimoは普段、高級なフレンチや料亭の味を自慢げに語るくせに、実は極度の猫舌であり、辛いものにもそれほど耐性がないことをSENAは知っていた。しかも、プライドだけは富士山よりも高いため、部下がわざわざ買ってきた「話題の名店監修カレー」を、途中で「辛くて食べられない」と投げ出すことは絶対にしないだろう。

ワーキングランチという逃げ場のない密室。部下が見ている前で、激辛スパイスの猛攻に悶え苦しみ、汗と涙にまみれて惨めな姿を晒すshimo部長。それは、日頃のパワハラに対する、SENAなりのちょっぴりダークで笑える復讐計画の完成を意味していた。

「よし、これで行こう」

SENAは、まるで聖剣(あるいは魔剣)を引き抜く勇者のような決意を持って、「カシミールカレー」を手に取った。レジで会計を済ませながら、SENAの胸の奥底で、長年抑圧されてきた感情がどす黒い歓喜へと変わっていくのを感じていた。

第四章:ワーキングランチ開宴〜スパイスの猛攻がshimoを襲う〜

オフィスに戻ると、shimoはすでに会議室の特等席に陣取り、ノートパソコンを開いて威圧的なオーラを放っていた。

「遅いぞSENA! 貴重な時間を無駄にするな。で、何を買ってきたんだ?」

SENAは、用意周到に温めてもらったカレーのパッケージを、満面の笑みと共にテーブルの上に差し出した。

「shimo部長、お待たせいたしました! これ、本日8月4日からセブン-イレブンで始まった『夏こそスパイス!カレーフェス』の超目玉商品です。『銀座デリー監修 カシミールカレー』、本日発売の限定品ですよ。ネットでも『この本格的な味わいはコンビニの常識を覆す』と大バズりしている話題のフェス飯です。部長の研ぎ澄まされた味覚にこそ相応しいかと思いまして」

SENAの淀みないプレゼンテーションに、shimoは満足げに鼻を鳴らした。

「ふん、コンビニのカレーフェスだと? まあいい、一流のビジネスマンたるもの、常に世の中のトレンドは押さえておく必要があるからな。銀座デリーのカレーか、たまには庶民的な味で舌をリセットするのも悪くない」

shimoは傲慢な態度でパッケージを開封した。その瞬間、会議室の空調の冷気を切り裂くように、クミン、コリアンダー、そして強烈な赤唐辛子などの複雑で暴力的なスパイスの香りが一気に部屋中に充満した。それは、ただのカレーの匂いではなく、インドの熱風そのものをパッケージに閉じ込めたかのような、圧倒的な存在感だった。

「ほぅ、香りはなかなか本格的だな」

何も知らないshimoは、スプーンにたっぷりとルーとライス、そして大ぶりの鶏肉をすくい上げ、迷うことなく口へと運んだ。

SENAは息を呑んでその瞬間を見つめた。心の中のカウントダウンが始まる。3、2、1……。

shimoの咀嚼が、ピタリと止まった。

彼の眼球がわずかに見開き、顔の筋肉がピクッと痙攣した。最初は、玉ねぎや野菜が溶け込んだ奥深い旨みと、チキンのジューシーな脂が口の中に広がったはずだ。しかしその直後、一切の容赦を持たないカシミール特有の「鋭角な激辛スパイス」が、牙を剥いてshimoの味蕾に襲いかかったのである。

「…………ッ!!?」

声にならない悲鳴。shimoの顔が、みるみるうちに茹でダコのように真っ赤に染まっていく。額からは滝のような汗が噴き出し、高級なオーダーメイドのワイシャツに染みを作っていく。彼は慌てて手元のミネラルウォーターをあおったが、スパイスの熱炎は水では到底消火できるものではなかった。

「ぶ、部長? いかがされましたか? やはり、コンビニのカレーではお口に合いませんでしたか?」

SENAは、腹の底から込み上げてくる爆笑を必死に堪えながら、わざとらしく心配そうな声をかけた。

「ば、馬鹿野郎……ッ! な、何だこの辛さは! 舌が、舌が焼け焦げる……ッ! ハァ、ハァ……ッ」

shimoは口をパクパクとさせながら、ワーキングランチの資料など完全に忘れ去り、ただただスパイスの猛攻と孤独な死闘を繰り広げていた。SENAの復讐劇は、見事に思い通りのシナリオを描いていた。憎き上司が、たった598円のカレーによって悶絶し、その傲慢な仮面を剥ぎ取られている。SENAの胸に、かつてないほどの爽快感が広がっていった。

だが、shimoはスプーンを置かなかった。 いや、置けなかったのだ。

第五章:「辛い、だが美味すぎる…!」〜皮肉な結末と極上の機嫌〜

「くそっ、辛い……痛い……! なのに……ッ!」

shimoは涙目になりながらも、再びスプーンをルーに沈め、震える手でそれを口へと運んだ。

銀座デリー監修のカシミールカレーが持つ真の恐ろしさ、そしてネットで大絶賛されている理由は、単なる「ゲテモノ級の激辛」ではない点にある。極限の辛さの奥底に、計算し尽くされた鶏肉のコク、野菜の甘み、そしてスパイスの芳醇な香りが幾重にも折り重なっており、痛覚を刺激されながらも「次の一口」を脳が強烈に求めてしまうという、恐るべき麻薬的な旨味を備えているのだ。

「辛い……ッ! だが、美味すぎる……ッ!! なんだこの奥深いコクは! コンビニでこのレベルのカレーが出せるというのか!」

shimoは、文字通り涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら、一心不乱にカレーを掻き込み始めた。彼の中で、部長という立場も、見栄も、プライドも、すべてがカシミールの熱波の中で溶け去っていた。そこにあるのは、ただ美味いカレーと向き合い、自らの限界に挑む一人の無力な人間の姿だった。

SENAはあっけにとられていた。悶絶してギブアップさせ、屈辱を与えるはずの復讐劇だった。しかし目の前のshimoは、苦しみながらもどこか恍惚とした表情を浮かべ、最後の一粒までお米をすくい取り、見事に完食を果たしたのである。

「ふぅーーーーーっ!!」

完食後、shimoは深く、そして長い息を吐き出した。彼はおもむろにハンカチを取り出し、顔の汗と涙を丁寧に拭き取った。

そして、彼が顔を上げた時、SENAは自分の目を疑った。

先ほどまでshimoの顔に張り付いていた、あの陰湿で傲慢な「パワハラ上司」の表情が消え去り、まるでサウナで完璧に「整った」後のような、憑き物が落ちた清々しい表情を浮かべていたのだ。

激辛スパイスによる極限の刺激は、shimoの脳内に大量のエンドルフィンとアドレナリンを分泌させた。そして発汗作用により、彼の中に蓄積されていた日々のストレスや重圧、そしてドロドロとした負の感情が、すべて体外へとデトックスされたのである。

「……SENA」

shimoが、静かで、しかし力強い声でSENAの名前を呼んだ。SENAはビクッと肩を震わせ、「は、はい。申し訳ありません、少し刺激が強すぎましたでしょうか……」と謝罪の言葉を紡ごうとした。

「素晴らしい」

「……え?」

「素晴らしいチョイスだ、SENA! 目が覚めたなんてもんじゃない。細胞の隅々まで活力が漲ってくるのが分かる。この複雑なスパイスのレイヤー、妥協のない辛さ、それを支える圧倒的な旨味……。お前、これほどまでにクオリティの高い商品を見抜く目を持っていたのだな!」

shimoは立ち上がり、満面の笑みでSENAの肩をバンバンと叩いた。

「実を言うとな、SENA。私も最近、上に立つ者としてのプレッシャーや、役員からの理不尽な要求に悩まされていてな。知らず知らずのうちに、お前にキツく当たってしまっていたかもしれない。だが、このカレーの激烈なスパイスが、私の曇っていた目を覚ましてくれたよ。お前のような優秀な部下を持っている私は、本当に幸せ者だ。今日の午後のコンペ、お前の作った資料通りに、全面的にお前主体で進めよう。私がお前のバックアップに回る!」

「……は、はい?」

SENAは完全に混乱していた。復讐のために差し出した激辛カレーが、まさか上司のストレスを完全浄化し、あまつさえこれまでのパワハラを反省させ、さらにはSENA自身の正当な評価へと繋がるという、思いもよらないミラクルを引き起こしてしまったのだ。

ワーキングランチの目的であった「午後への活力を漲らせる」というミッションは、これ以上ないほど完璧に、200%の達成率でクリアされてしまったのである。shimoの機嫌は、かつて見たことがないほど「極上」の状態になっていた。

第六章:カレーが照らす人間社会の真実、そして希望への帰路

午後のオンラインコンペは、劇的な大成功を収めた。 スパイスの魔法により覚醒したshimoは、以前のような手柄の横取りを一切せず、見事なアシストでSENAのプレゼンテーションを引き立てた。クライアントからの評価も上々で、SENAは入社以来初めて、心の底からの達成感と仕事のやりがいを感じていた。

夕暮れ時。終業を知らせるチャイムがオフィスに鳴り響く。 空の向こうは、真昼の暴力的な暑さが嘘のように、穏やかな茜色に染まっていた。

SENAはデスクの片付けをしながら、今日一日の数奇な出来事を振り返っていた。 人間社会というのは、本当に複雑で理不尽だ。誰もがそれぞれの立場で、見えないプレッシャーやストレスに押し潰されそうになりながら必死に生きている。

あの憎きshimo部長でさえ、一枚皮を剥けば、会社の重圧に苦しむ一人の弱い人間だったのだ。彼はそのストレスを部下にぶつけることでしか自分を保てなかった、ある種の悲しい被害者でもあった。

しかし、そんなこんぐらがった人間関係の糸を、たった598円のコンビニカレーが解きほぐしてしまったのだ。食の力、とりわけ本気で作られたスパイスのエネルギーは、人間の理性を超えて心と身体を直接揺さぶり、ネガティブな感情を焼き尽くす圧倒的なパワーを持っている。

セブン-イレブンが本気で仕掛けた『夏こそスパイス!カレーフェス』。 それは単に美味しいものを提供するキャンペーンではない。暑さやストレスで疲弊した現代人に、「まだまだやれるぞ」という活力を注入し、時には職場の人間関係すらも改善してしまう、社会的なセラピーの役割を果たしていたのだ。

(もしかしたら、この世界は俺が思っているほど、絶望に満ちたものではないのかもしれないな)

SENAは、カバンの中に入っている「セブンプレミアムゴールド 金のビーフカレー」のレトルトパッケージ越しに伝わる感触を確かめながら、そっと微笑んだ。

100円引きでお得に手に入れたこのカレーを、今夜は自宅でゆっくりと味わおう。shimo部長のカシミールカレーとは対極にある、あの柔らかく煮込まれた牛肉とマイルドでリッチな欧風のコクが、今日という激動の一日の疲れを優しく癒やしてくれるはずだ。

「お疲れ様です、shimo部長。お先に失礼します」

「ああ、お疲れ様、SENA。今日のプレゼンは見事だったぞ。明日からもその調子で頼む。あ、そうだ。明日の昼も、またセブンのカレーフェスのやつ、別の味を頼んでもいいか? 今度はあの『エリックサウス監修』ってやつが気になっていてな!」

「……ええ、喜んで」

SENAは苦笑いしながらオフィスを後にした。 明日からは、カレーフェスの全15品をshimo部長と一緒に制覇していく日々が始まるかもしれない。しかし、その足取りは今朝とは比べ物にならないほど軽く、未来への小さな希望に満ちていた。

もしあなたが今、日々の理不尽なストレスに押し潰されそうになっているのなら、あるいは職場の人間関係に悩んでいるのなら。どうか一度、セブン-イレブンに足を運んでみてほしい。

そこには、あなたや、あなたの周りの人々の人生をほんの少しだけ美味しく、そして劇的に好転させてくれる「魔法のスパイス」が、ずらりと並んで待っているのだから。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.sej.co.jp/products/curry2608/
https://www.sej.co.jp/products/nacy2608.html#phase1
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001092.000155396.html

(架空で空想のショートストーリー)
※画像はすべてAIによるイメージのため、実際の商品とは異なります