令和8年2月15日 今日も平凡な一日にありがとう!

 

錆びついたコンパスと、2月15日の逃避行(架空のショートストーリー)

はじめに:沈殿する日曜日と、語呂合わせの呪文

令和8年2月15日。日曜日。 スマートフォンのロック画面に浮かぶ日付を見て、shimoは重たい溜息を吐いた。

「2(つ)、1(ぎ)、5(こう)。次に行こう、か……」

誰が定めたのかは知らないが、世間では今日は「次に行こうの日」らしい。SNSのタイムラインには、新しい趣味を始めただの、転職を決意しただの、前向きなハッシュタグと共に煌びやかな決意表明が踊っている。 shimoにとって、その明るさは毒だった。 34歳。地方都市で実家の工務店「志本建業」を継ぐために戻ってきて3年。一級建築士の資格を持ち、東京の設計事務所でそれなりのキャリアを積んだ自負は、この3年間でカビの生えた古木のように湿気てしまっていた。

「次」なんてどこにある。あるのは、終わらない「続き」と、変えられない「過去」だけじゃないか。

寝癖のついた頭を乱暴にかきむしり、shimoは階段を降りた。この時すでに、彼の中の何かが限界水位を超えようとしていたことに、彼自身も気づいてはいなかった。


第1章:起爆スイッチは「味噌汁」と「図面」

逃げ場のない朝食

食卓には、父と母、そしてshimoの妻である沙織、5歳になる娘の結衣が座っていた。 「おはよう」 shimoの低い声に、父の厳格なバリトンが被さる。 「遅いぞ。現場は休みでも、職人の朝は早いもんじゃ」 「今日は日曜だろ、親父」 「気持ちの話をしとるんだ。そんなたるんだ顔で、来週のプレゼンは大丈夫なのか」

父が言っているのは、地元の公民館のリノベーション案件だ。shimoは、既存の梁を活かしつつ、大胆にガラスを取り入れたモダンな設計を提案していた。しかし、父は「地元の年寄りにはわからん」と、ことごとく修正を求めてきていた。

「図面、見たぞ」父が味噌汁をすすりながら言った。「ガラスの面積を減らせ。あと、あの入口の曲線のデザイン、あれじゃあ施工の手間がかかりすぎる。直角にしろ」 「あれが今回のコンセプトなんだよ。光を取り込んで、地域に開かれた場所にするための」 「光なんざ、窓を開ければ入る。予算と工期を考えろ。お前はまだ東京の気取った事務所にいるつもりか」

カチン、とshimoの中で音がした。 それは3年間、何度も鳴ってきた音だったが、今日は響き方が違った。「次に行こう」という世間の浮かれた空気と、目の前の変わらない現実の落差が、火花を大きくしたのだ。

決定的な亀裂

「気取ってるわけじゃない。これからの時代に必要なデザインを提案してるんだ」 「その『これからの時代』ってのが、この町には合わんと言っとるんだ! お前の自己満足で会社を潰す気か!」 父が箸を叩きつけた拍子に、味噌汁の椀が揺れ、しぶきがshimoの着ていたパーカーに飛んだ。

「……あーあ」 shimoは濡れた袖を見つめた。熱くもなかった。ただ、冷めた。 「もういいよ」 「何がだ」 「全部だよ。直角にすりゃいいんだろ。豆腐みたいな箱を作れば満足なんだろ!」 「なんだその口の利き方は!」

shimoは椅子を蹴るようにして立ち上がった。 「shimoくん!」沙織が不安そうに声を上げる。 「ごめん、沙織。ちょっと出てくる」 「どこへ行くんだ、話は終わっとらんぞ!」父の怒声を背中に受けながら、shimoは玄関に走った。 車のキーを掴む。足元にあったスニーカーを踵を踏んだまま履く。 「次に行こう」なんて言葉、クソ食らえだ。 俺はいま、どこへも行けない行き止まりにいるんだから。


第2章:国道4号線、あてどないロードムービー

孤独なコックピット

shimoの愛車は、仕事でも使っているライトバンの旧型ボルボだ。走行距離は18万キロを超え、エンジンの振動がシート越しに背骨を震わせる。 家を飛び出して30分。shimoはあてもなく国道を北へ走らせていた。 日曜の朝の国道は、どこか間の抜けた平和な空気に満ちている。家族連れのミニバン、ツーリングのバイク集団、洗車したての軽トラ。 その流れの中で、shimoだけが異物のように眉間に皺を寄せてハンドルを握っていた。

カーラジオからは、ローカル局のDJが能天気な声で喋っている。 『今日は2月15日! 次に行こうの日ですね〜。リクエスト曲は、新しい一歩を踏み出すあなたへ……』 shimoは舌打ちをしてラジオを切った。 車内が静寂とエンジン音だけに支配される。

(俺は間違っていないはずだ) 頭の中で、父への反論を繰り返す。 (古い慣習を守るだけじゃ、ジリ貧だ。新しい風を入れなきゃ、志本建業に未来はない。親父はそれが分かっていない) だが、思考のループの果てに、別の声も聞こえてくる。 (……でも、実際に施工するのは親父や古株の職人たちだ。彼らが納得しない図面を描いて、何の意味がある?)

shimoはアクセルを緩めた。怒りのアドレナリンが引いていくにつれ、自己嫌悪が潮のように満ちてくる。 34歳にもなって、親と喧嘩して家出。 「ダサすぎるだろ、俺……」 ハンドルに額を押し付けそうになった時、助手席のスマホが震えた。 画面には『沙織』の文字。

助手席の”声”

無視しようか迷ったが、路肩のパーキングスペースに車を停めて通話ボタンを押した。 「……もしもし」 『あ、出た。shimoくん、今どこ?』 沙織の声は、拍子抜けするほど普段通りだった。怒ってもいないし、焦ってもいない。 「……北の方。国道を適当に」 『そう。お義父さんね、あの後、血圧上がっちゃって大変だったのよ。「あいつの図面を全部シュレッダーにかけろ!」って叫んでたけど、今はお薬飲んで寝ちゃった』 「……ごめん」 『謝るのは帰ってからにして。で、いつ帰るの?』 「わかんない。頭冷えるまで、帰りたくない」 shimoは正直に言った。

『そっか。まあ、今日は日曜日だしね。いいんじゃない? たまには一人でドライブも』 沙織の言葉は、絡まった糸を一本ずつ解くように優しかった。 『ただね、shimoくん。結衣が言ってたよ。「パパ、新しいクレヨン買いに行く約束だったのに」って』 「あ……」 忘れていた。今日は午後から、娘と文房具屋に行く約束をしていたのだ。 『だから、夜ご飯までには戻ってきてね。あと、お義父さんとのことは……まあ、shimoくんが一番わかってると思うけど、お義父さんも怖いのよ。』 「怖い?」 『自分が守ってきたものが、shimoくんの新しいやり方に塗り替えられちゃうのがね。寂しいのと怖いのと、ごちゃ混ぜなのよ。男の人って面倒くさいわね』 沙織はクスクスと笑った。 『じゃあ、気をつけて。「次」が見つかったら教えてね』 プツン、と通話が切れた。

shimoはスマホを握りしめたまま、フロントガラス越しの冬空を見上げた。 鉛色の雲の隙間から、薄い日差しが差し込んでいる。 「……敵わねえな」 エンジンをかけ直す。行き先はまだ決まっていなかったが、心のコンパスがわずかに針を動かした気がした。


第3章:錆びた鉄の森で出会った「錬金術師」

予期せぬ迂回

国道から県道へ、そして海沿いの旧道へとハンドルを切った。 海が見たかったわけではない。ただ、直線の国道に飽きただけだ。 ガードレール越しに見える冬の日本海は、荒々しく、白波が牙のように岩場を噛んでいる。 ふと、道路脇に奇妙な看板が立っているのが目に入った。

『鉄の墓場、あるいは再生の庭 →』

手書きの、しかも錆びた鉄板にペンキで殴り書きされたような看板。 普段のshimoなら絶対に見過ごすような代物だ。しかし、今日の彼は「次」を探していた。 (鉄の墓場……?) shimoはウインカーを出し、砂利道へと入っていった。

スクラップ・ガーデン

ガタガタと車体を揺らしながら進むと、開けた場所に出た。 そこは、廃工場のような敷地だった。だが、ただの廃墟ではない。 高く積み上げられたスクラップの山。廃車のドア、錆びた歯車、曲がった鉄骨。それらが、まるで巨大なオブジェのように、ある種の秩序を持って配置されている。 「なんだここは……」 車を降りると、潮風と共に鉄の匂いが鼻をついた。 キィン、キィン、と金属を叩く音が聞こえる。音のする方へ歩いていくと、巨大な鉄のアーチの下で、溶接マスクを被った小柄な人物が火花を散らしていた。

「あの、すみません」 shimoが声をかけると、作業の手が止まった。マスクが外される。 現れたのは、白髪の混じったボサボサ頭の老人だった。顔中が煤だらけで、瞳だけがギョロリと光っている。 「ん? お客さんか? いや、今日はギャラリーは休みだぞ」 「いえ、看板を見て気になって。ここは?」 「ここは俺のアトリエだ。ゴミ捨て場とも言うがな」 老人はニカッと笑うと、汚れた軍手を外した。 「俺はゲン。ここで死んだ鉄屑に、もう一度命を吹き込む仕事をしてる」

否定と肯定の狭間で

ゲンと名乗る老人は、shimoを敷地内へ案内してくれた。 近くで見ると、スクラップの山だと思っていたものは、すべてアート作品だった。 廃車のボンネットを繋ぎ合わせて作った巨大なクジラ。五寸釘を無数に溶接して作られたライオン。 そして、今作っている最中だという巨大なアーチ。 「これは?」shimoが尋ねる。 「『次の扉』だ」 「え?」 shimoは心臓が跳ねるのを感じた。 「廃材になった鉄骨、役目を終えた農機具、壊れた遊具。それらを組み合わせて、新しい世界への入り口を作るんだ。面白いだろう?」 ゲンは愛おしそうに錆びた鉄骨を撫でた。

「でも、これらは一度捨てられたものですよね」shimoは思わず口にした。「役目を終えた、古いものだ。新しいものを作るなら、新しい素材を使ったほうが……」 それは、父に対して抱いていた感情そのものだった。 ゲンはshimoをじっと見た。 「兄ちゃん、何か作る仕事をしてるな?」 「……建築、です。設計を」 「なるほどな。だから『素材』なんて言葉が出る」 ゲンは足元に転がっていたひしゃげたスパナを拾い上げた。 「いいか兄ちゃん。こいつは確かに古い。新品の輝きはない。だがな、こいつには『記憶』がある。誰かが握りしめ、力を込め、何かを直そうとした記憶だ。その記憶を含めて形にするから、深みが出るんだ」

ゲンはスパナをshimoに手渡した。ずっしりと重い。 「『次に行く』ってのは、過去を切り捨てて更地にすることじゃねえ。過去の残骸を積み上げて、その上に立って遠くを見るってことだ。親父さんの時代も、お前の時代も、全部溶接して繋げちまえばいい。継ぎ目が汚くても、それが『味』になる」

ガツン、と頭を殴られたような気がした。 過去を切り捨てることだけが、新しさだと思っていた。 直角のモダンなデザインだけが正解で、父の泥臭い経験はノイズだと思っていた。 だが、この『次の扉』はどうだ。 錆びた鉄と、磨かれたステンレスが混在し、歪でありながら圧倒的な存在感を放っている。 「……全部、溶接して繋げる」 shimoは呟いた。

「ま、俺はただのゴミ拾いだがな」ゲンは笑って、再び溶接マスクを被った。「さて、日が暮れる。帰る場所があるなら、帰りな。この扉はまだ完成しねえから、くぐらせてはやれねえが」 「いえ……もう、くぐった気がします」 shimoは深々と頭を下げた。「ありがとうございました」


第4章:帰路、そして設計図の書き直し

夕暮れのコクピット

帰りの車中、shimoの頭の中はクリアだった。 行きに聞いていたラジオはもう切ってある。代わりに、頭の中で新しい図面が猛スピードで描かれていた。 公民館のリノベーション。 直角のモダンなデザインにこだわっていた自分。曲線を強要する父。 (どっちも採用すればいい) 既存の古めかしい梁を隠すのではなく、あえて剥き出しにして、その荒々しい木目と対比させるように、最新のガラス素材を配置する。 父がこだわっていた曲線の入り口は、地元の廃材――例えば古民家の瓦や、海岸で拾った流木を組み合わせて、アプローチの壁面に使うのはどうだ? それは「古い」けれど、間違いなく「新しい」景色になるはずだ。

「なんだ、簡単なことじゃないか」 shimoはハンドルを握りながら苦笑した。 対立構造でしか物を見ていなかった。 父の時代(過去)と自分の時代(未来)を、どう「溶接」するか。それが自分の役割だったのだ。

17:30、帰還

家に着いた頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。 玄関を開けると、カレーの匂いが漂ってきた。 「パパ!」 結衣がドタドタと走ってくる。 「遅い! クレヨン!」 「ごめんごめん、結衣。明日、保育園の帰りに一番いいやつ買いに行こう。24色のやつ」 「ほんと!? やったー!」

リビングに入ると、父がソファで背中を向けてテレビを見ていた。背中が少し小さく見えた。 「……ただいま」 shimoが声をかけると、父は振り返らずに言った。 「……風呂、沸いてるぞ」 それが父なりの精一杯の和解の言葉だと、今のshimoには分かった。

「親父、あとでちょっと時間くれ」 shimoは言った。 「図面、書き直してくる。親父の言ってた曲線、あれ活かしたいんだ。でも、ただの曲線じゃない。俺たちの会社にしかできないやり方でやりたい」 父がゆっくりと振り返り、shimoを見た。 その目には、朝のような敵意はなく、どこか探るような、しかし期待を含んだ光があった。 「……ふん。口だけは達者になったな。見せてもらおうか」

shimoは二階の自分の部屋へ駆け上がった。 デスクの上のPCを開く。 カレンダーの日付はまだ「2月15日」だ。 「次に行こう」 shimoは小さく呟き、マウスを握った。 画面の中の線が、生き生きと動き始めた。


あとがき:2月15日の効能

人生には時折、強制的な「換気」が必要な日がある。 shimoにとってのそれが、たまたま今日だったというだけのことだ。 もしあなたが今、何かに詰まっているなら、カレンダーを見てほしい。 今日は2月15日。 錆びついた扉を蹴破るには、悪くない日和かもしれない。

令和8年2月14日 今日も平凡な一日にありがとう!

 

【特集】百年の孤独、あるいは百年の祝祭 —— 1926-2026、ある日本人の肖像(架空のショートストーリー)

2026年(令和8年)2月14日。 東京、世田谷の閑静な住宅街にある高齢者向けレジデンスの一室。窓の外には、季節外れの暖気を含んだ風が吹き、早咲きの梅を揺らしている。

部屋の主の名は、shimo。 今日、彼は満100歳の誕生日を迎えた。 サイドテーブルには、曾孫から届いたホログラムメッセージカードと、贈り物のチョコレートが置かれている。ビターな香りが、鼻腔をくすぐる。 「バレンタインデー生まれか。昔はハイカラだなんて言われたが、今はもう、チョコレートの味すら変わってしまったな」

shimoは、その深く刻まれた皺の奥にある瞳を閉じる。 瞼の裏に広がるのは、セピアから極彩色、そして高精細なデジタル映像へと変遷した、激動の日本の記憶だ。これは一人の男が見つめた、一世紀にわたるドキュメンタリーである。


第1章:大正の残照と昭和の鉄靴(1926-1945)

1-1. モダニズムの産声と「円本」ブーム

shimoが生まれた1926年(大正15年)2月14日、日本は「大正デモクラシー」の爛熟期にあった。 銀座にはモダンボーイ(モボ)とモダンガール(モガ)が闊歩し、カフェーからはジャズが漏れ聞こえる。父は丸の内の商社に勤めるサラリーマン、母はキリスト教系の女学校出身という、当時としては恵まれた「中産階級」の家庭だった。

「円本」ブームで家には文学全集が並び、幼いshimoは文字の海に溺れた。 しかし、その年の12月25日、大正天皇が崩御。元号は「昭和」と改まる。 「光文」という元号の誤報騒動があったことを、父が苦笑いしながら話していたのを微かに覚えている。それが、shimoの最初の記憶だ。

1-2. 恐慌、そして「非常時」の空気

1929年の世界恐慌の波は、少し遅れてshimoの家庭も直撃した。 昭和恐慌。東北の飢饉、娘の身売り。新聞の見出しが日に日に黒く、太くなっていく。 1932年(昭和7年)、血盟団事件、五・一五事件。犬養毅首相が暗殺されたニュースは、ラジオを通じて流れた。子供心にも「言葉」が通じない時代の到来を感じた。

そして1936年(昭和11年)2月26日。 10歳のshimoは、東京が異常な静寂に包まれた雪の朝を記憶している。 2.26事件。戒厳令下の東京。「兵に告ぐ」というラジオのアナウンス。 近所の大人たちが「アカ」や「特高」という言葉を囁く時、その目は怯えていた。学校では「欲しがりません勝つまでは」という標語が張り出され、野球のストライク・ボールは「よし」「だめ」と言い換えられた。 ベーブ・ルースが来日し熱狂した記憶は、いつの間にか「敵性スポーツ」として封印されていった。

1-3. 灰色の青春と、真紅の炎

1941年(昭和16年)、太平洋戦争開戦。 中学(旧制)に通うshimoの青春は、教練と勤労動員に塗り潰された。 淡い恋心を抱いていた隣家の少女は、挺身隊として工場へ行き、shimo自身もペンを捨て、旋盤に向かった。 「贅沢は敵だ」 その言葉が、色彩を奪った。映画も音楽も、国策に沿うものしか許されない。

1945年(昭和20年)3月10日、東京大空襲。 B29の編隊が落とす焼夷弾は、まるで花火のように美しく、そして残酷だった。 炎に巻かれる下町。逃げ惑う人々。熱風。 川の水面が死体で埋め尽くされる光景を、shimoはただ茫然と見つめていた。 「人間が燃える臭いというのは、百年経っても鼻から消えないものだ」 19歳の夏、玉音放送を聞いた時、涙は出なかった。ただ、圧倒的な虚脱感と、空の青さだけがあった。


第2章:瓦礫からの狂騒と高度成長(1946-1970)

2-1. ギブ・ミー・チョコレートと民主主義

戦後の焦土。闇市の猥雑なエネルギー。 shimoは大学に復学しつつ、闇市でアメリカの缶詰を売って食いつないだ。 進駐軍のジープに群がる子供たちが叫ぶ「ギブ・ミー・チョコレート」。 バレンタインデー生まれのshimoにとって、そのチョコレートの甘さは、屈辱と憧れが混ざり合った複雑な味だった。

1946年、日本国憲法公布。 1949年、湯川秀樹がノーベル賞を受賞。 打ちひしがれた日本人の心に、科学と文化の光が差し込む。 笠置シヅ子の『東京ブギウギ』が街に響き、美空ひばりという天才少女が現れる。 shimoは出版社に就職した。インクの匂いがする活版印刷の現場で、新しい「言葉」を紡ぐことに情熱を注いだ。

2-2. 「もはや戦後ではない」

1950年代、朝鮮戦争特需を経て、日本経済は垂直に立ち上がる。 1956年の経済白書は「もはや戦後ではない」と宣言した。 shimoの生活も変わった。アパートには「三種の神器」(白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫)が揃い始めた。 街頭テレビに黒山の人だかりができ、力道山の空手チョップに熱狂する。 「一億総白痴化」と大宅壮一が嘆いたが、shimoはテレビという箱の中に、豊かな未来を見ていた。

1959年、皇太子ご成婚。ミッチー・ブーム。 カラーテレビが普及し始め、世界は再び色を取り戻した。

2-3. オリンピックと新幹線、そして学生運動

1964年(昭和39年)、東京オリンピック。 shimoは38歳、編集長代理として激務の日々を送っていた。 開会式のブルーインパルスが描く五輪のマーク。その下を、開業したばかりの東海道新幹線が滑るように走る。 「日本は一流国になった」 誰もがそう信じた。首都高速道路が日本橋の上を覆い尽くしても、それを「発展」と呼んで疑わなかった。

しかし、光が強ければ影も濃くなる。 1960年代後半、大学紛争が激化。 ヘルメットを被り、ゲバ棒を持った学生たちが、東大安田講堂を占拠する。 新宿フォークゲリラ、フーテン族。 「おじさんたちの作った社会は欺瞞だ」と若者に詰め寄られ、shimoは言葉に詰まった。自分たちが必死に築いた平和と繁栄は、彼らにとっては「管理社会」でしかなかったのか。 1970年、三島由紀夫の割腹自殺。 大阪万博で「太陽の塔」が未来を指し示す一方で、昭和という時代の精神的な支柱が、音を立てて崩れた気がした。


第3章:豊かさの極北とバブルの幻影(1971-1989)

3-1. オイルショックと「一億総中流」

1973年、オイルショック。 トイレットペーパーを求めてスーパーに並ぶ主婦たちの姿に、shimoは戦後の買い出しを重ね合わせた。 「資源のない国」の脆さを露呈しながらも、日本は省エネ技術と勤勉さでこの危機を乗り越える。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」。 エズラ・ヴォーゲルの著書がベストセラーになり、日本型経営が世界で称賛された。 ウォークマン(1979年発売)を腰につけた若者が街を歩き、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が世界を席巻する。 shimoの家庭も、マイホーム、マイカーを手に入れ、絵に描いたような「中流家庭」を築いていた。 娘はピンク・レディーの振付を真似し、息子はインベーダーゲームに100円玉を積み上げる。 平和だった。しかし、どこか空虚な予兆もあった。

3-2. 狂乱のバブル経済

1985年、プラザ合意。円高不況を懸念した金融緩和が、怪物を生み出した。 バブル経済の到来である。 shimoは60代を迎え、定年退職と再雇用を経験していたが、世の中の金銭感覚は常軌を逸していた。 地上げ屋が横行し、土地の値段だけでアメリカ全土が買えると豪語された。 ディスコ「ジュリアナ東京」のお立ち台、タクシーを止めるために振られる万札。 クリスマスやバレンタインデーは、恋人たちが高級ホテルとブランド品を競い合う「儀式」と化した。

「これは、何かがおかしい」 shimoは冷めた目で見ていた。 1989年(昭和64年)1月7日、昭和天皇崩御。 自粛ムードの中で、元号は「平成」へと変わる。 それは、宴の終わりと、長い二日酔いの始まりの合図だった。


第4章:失われた時を求めて —— 平成の迷走(1990-2019)

4-1. 崩壊とオウム、そして大震災

1990年代初頭、バブル崩壊。 株価は暴落し、銀行が次々と破綻する。山一證券の社長が「社員は悪くありません」と泣き崩れる姿は、終身雇用神話の終焉を告げた。

1995年(平成7年)、shimoにとって忘れられない年となる。 1月17日、阪神・淡路大震災。高速道路が倒壊した映像は、高度経済成長の墓標のように見えた。 3月20日、地下鉄サリン事件。 「安全な日本」という神話が崩れ去った。オウム真理教というカルトの闇は、物質的な豊かさの裏で、人々の心がどれほど渇いていたかを浮き彫りにした。

若者たちは「コギャル」化し、ルーズソックスを履き、PHSやポケベルで繋がりを求めた。 『エヴァンゲリオン』が描く閉塞感は、まさに時代の空気そのものだった。

4-2. デジタルの波と2002年の熱狂

Windows 95の発売以降、インターネットが急速に普及した。 shimoも70代にしてパソコン教室に通い始めた。「検索」すれば世界中の情報が手に入る。その万能感に酔いしれた。 2002年、日韓ワールドカップ。 中田英寿やベッカムに熱狂する日本。小泉純一郎首相の劇場型政治。 拉致被害者の帰国という衝撃的なニュースもあり、日本は「戦後」の総決算を迫られていた。

しかし、経済はデフレの泥沼から抜け出せない。「失われた20年」が「30年」へと延びていく。 非正規雇用が増大し、ネットカフェ難民という言葉が生まれる。 shimoの孫たちも、就職氷河期に苦しんでいた。

4-3. 3.11 —— 価値観の転換点

2011年(平成23年)3月11日。 東日本大震災。巨大津波と、福島第一原発の事故。 85歳になったshimoは、テレビの前で言葉を失った。 「原子力という科学の火を、人間は制御しきれなかったのか」 計画停電の薄暗い東京で、shimoは再び「戦時中」のような不自由さを感じた。 しかし、SNSで拡散される支援の輪や、「絆」という言葉に、新しい希望も見た。 人々は、モノの豊かさよりも、繋がりの温かさを求め始めた。

スマートフォンの普及が決定的となり、誰もが掌の上の画面を見つめる時代。 AKB48が歌い、嵐が国民的スターとなり、安室奈美恵が引退する。 平成という時代は、災害に打ちのめされながらも、優しさを模索し続けた時代としてshimoの目に映った。


第5章:老境の未来観測 —— 令和の地平(2019-2026)

5-1. パンデミックと静寂

2019年、令和へ改元。 その直後、世界はCOVID-19という疫病に覆われた。 マスク姿の人々、ロックダウン、リモートワーク。 90代半ばのshimoにとって、外出を禁じられる日々は孤独だったが、Zoomを通じて曾孫と話す時間は、新たな喜びとなった。 2021年、一年遅れの東京オリンピック。 無観客のスタジアム。1964年の熱狂を知るshimoには寂しすぎたが、それでもアスリートの姿は美しかった。

5-2. AI、戦争、そして100歳へ

ウクライナ侵攻、中東情勢の悪化。 21世紀になっても戦争はなくならず、むしろドローンやAI兵器によって、死はより無機質なものになった。 円安、物価高。日本は「安い国」と呼ばれるようになった。 しかし、街には外国人観光客が溢れ、日本のアニメや和食が世界中で愛されている。

そして2026年。 生成AIは人間の知性を超える勢いで進化し、shimoの介護プランもAIが作成している。 自動運転バスが街を走り、空飛ぶクルマの実用化も目前だ。

5-3. 結び:バレンタインの空

shimoは、曾孫からのチョコレートをひとかけら口に含んだ。 カカオの苦味と、洗練された甘さ。 100年前、大正の空気を吸い、昭和の泥を這い、平成の淀みを泳ぎ、令和の風に吹かれている。

政治家の顔ぶれは小粒になったかもしれない。 経済の数字は右肩上がりではないかもしれない。 しかし、shimoは思う。 「今の若者たちは、私が若かった頃よりもずっと賢く、そして優しい」

昭和の男たちが怒鳴り散らしながら作ってきた社会を、平成の子供たちが傷つきながら見つめ直し、令和の若者たちが静かに整えようとしている。 多様性(ダイバーシティ)。SDGs。 shimoが子供の頃には想像もしなかった概念が、当たり前の倫理として根付いている。

「悪くない。……悪くない100年だった」

shimoは、窓の外の青空を見上げる。 そこには、B29も飛んでいない。ただ、平和な雲が流れているだけだ。 彼はキーボードにゆっくりと手を置き、自身のブログの最後にこう記した。

「歴史とは、誰かの悲鳴と、誰かの歓喜の総和である。そして私は今日、その全てを愛おしく思う。Happy Valentine. 世界へ」

(了)

令和8年2月13日 今日も平凡な一日にありがとう!

 

中道改革連合代表に 小川淳也氏が選出された日(架空のショートストーリー)

政治という名の巨大な生き物が、断末魔の叫びを上げているようだった。

令和8年2月13日。東京・永田町。 数日前まで降り続いていた雪は、汚れた灰色の水たまりとなって歩道を浸食している。中道改革連合の本部が入るビルの前には、葬列のような静けさと、獲物を待つハイエナのような記者たちの熱気が奇妙に混ざり合っていた。

私は、この党の結成以来、広報戦略の端くれを担ってきた。作家という筆名を隠し、政治という泥沼に咲く蓮の花を探そうとした愚か者だ。しかし、今日この場所で目撃しているのは、蓮の花などではなく、互いの首を絞め合う亡者たちの群像劇だった。

第一章:崩落の残響

ことの起こりは、わずか5日前の2月8日。 国民の期待を一身に背負って誕生したはずの「中道改革連合」は、衆院選という審判の場で、文字通り「粉砕」された。

「旧立憲民主党」の理念主義と、「旧公明党」の組織力が野合したその先にあったのは、有権者からの冷徹な「NO」だった。公示前の議席を半分以下に減らすという歴史的大惨敗。テレビの開票速報で、真っ赤なバラの花が一つも付かない候補者たちの名前が流れるたび、本部の空気は酸素を失っていった。

「誰のせいだと思っているんだ!」

選挙から二日後。党本部4階の会議室で、怒号が飛んだ。 叫んだのは、旧立憲出身のベテラン議員、佐々木だ。彼は机を叩き、向かいに座る旧公明出身の幹部、高木を睨みつけた。

「平和の党だか何だか知らんが、君たちの支援母体が動かなかったせいじゃないか! 現場からは『あんな左派とは一緒にやれない』という悲鳴が上がっていたぞ。自分たちの身内すら説得できないで、何が改革だ!」

対する高木は、氷のような冷笑を浮かべて応じた。 「言葉に気をつけなさい、佐々木さん。我々の組織が動かなかったのではない。あなた方の掲げる『理想という名の空論』が、庶民の生活感覚と乖離しすぎていたのだ。給付金だの減税だの、聞こえの良いことばかり並べて、その財源はどうする? 結局、我々の支持層は、あなた方の無責任さに愛想を尽かしたんだ」

それは、水と油が無理やり混ぜ合わされた容器が、圧力に耐えかねて爆発した瞬間だった。 リベラルな知識人層を自認する旧立憲組と、堅実な生活者組織を自負する旧公明組。二つのDNAは、敗北という劇薬を注入され、互いを拒絶する抗体反応を起こしていた。


第二章:青い炎の男

そんな泥沼の抗争の中、一人の男が沈黙を守っていた。 小川淳也。

かつて「統計の鬼」と呼ばれ、その生真面目すぎるほどの誠実さで知られた男だ。彼は会議の隅で、ぼろぼろになったメモ帳に目を落としていた。その姿は、沈みゆく泥舟の中で一人、海図を読み直している航海士のようにも見えた。

代表の辞任は不可避だった。しかし、後任を巡る争いは熾烈を極めた。 旧公明側は、自分たちの意を汲む温和な実務家を立てようとし、旧立憲側は、威勢の良いリベラルの闘士を担ごうとした。だが、どちらの候補も、反対陣営からの猛烈な拒否権発動(ベト)に遭い、議論は一歩も前に進まない。

「もう、解党しかないんじゃないか……」

誰かが漏らしたその言葉が、真実味を帯び始めた2月11日の夜。 私は、議員会館の廊下で小川氏とすれ違った。彼の目は、不眠のせいで赤く充血していたが、その奥には奇妙に透き通った「青い炎」が灯っていた。

「小川先生、この状況をどう見ておられますか?」

私は思わず声をかけた。彼は立ち止まり、少し困ったような笑みを浮かべて、私を真っ直ぐに見つめた。

「……皆、怖がっているんです」 「怖がっている?」 「ええ。自分たちが信じてきたものが、国民に否定されたという事実に。だから、隣にいる仲間に刃を向けて、正気を保とうとしている。でも、そんなことをしても、国民の信頼は1ミリも戻ってきません」

彼は深く、重いため息をついた。 「私は、この党を終わらせるために代表になるべきか、それとも、地獄を共に歩むために代表になるべきか。それをずっと考えています」

その言葉には、権力欲など微塵も感じられなかった。あるのは、逃げ場のない責任感と、悲痛なまでの覚悟だけだった。


第三章:2月13日の決戦

そして迎えた2月13日、代表選出の日。 会場となった大ホールには、葬式の参列者のような顔をした議員たちが集まっていた。 推薦人集めは難航を極めたが、結局、小川淳也という選択肢が「唯一の妥協点」として浮上した。

旧立憲側にとっては、彼は身内だ。 旧公明側にとっては、彼は「話が通じる実務家」であり、何より「嘘をつけない男」として、消去法的に残ったのだ。

小川氏が演台に立った。 拍手はまばらで、冷ややかな視線が彼を射抜く。旧公明の重鎮たちは腕を組み、旧立憲の若手たちはスマホをいじっている。

小川氏は、用意していた原稿をポケットにしまった。 そして、マイクを握り締め、震える声で話し始めた。

「……まず、謝罪させてください。この数日間、私たちが国民に見せたのは、政策の議論ではなく、醜い足の引っ張り合いでした。お前が悪い、お前たちの組織が弱い、お前たちの理念が古い……。そんな言葉を、この建物の中でどれだけ吐き出し合ったことか」

会場が、静まり返った。

「国民は、物価高に苦しみ、将来の不安に怯えています。それなのに、私たちは自分たちの『議席』や『メンツ』のために、仲間を攻撃することに明け暮れた。これでは、惨敗するのは当たり前です。負けるべくして、負けたんです!」

彼は叫んだ。その声は、壁に反響し、議員たちの耳を劈いた。

「私は、今日ここで代表に選ばれることを、光栄だとは思いません。これは、刑罰です。焼け野原に残された瓦礫を、素手で一つずつ拾い集めるような、孤独で、惨めな仕事です。それでも、誰かがやらなければならない。もし、私にその役割を負えと言うのであれば、一つだけ条件があります」

小川氏は、旧公明の幹部と、旧立憲の重鎮を順番に見据えた。

「私と一緒に、泥を啜ってください。組織の論理も、かつての矜持も、一度すべて捨ててください。この『中道改革連合』という看板が、単なる数字合わせの野合ではなく、本当にこの国の未来を救うための『中道』になるために、自分たち自身を解体する覚悟を持ってください。それができないなら、今すぐこの党を解散しましょう」

沈黙。 針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの、長い、長い沈黙。

やがて、会場の隅から、一人の若手議員が拍手を始めた。 それは、旧公明系の若手だった。続いて、旧立憲のベテランが、苦々しい顔をしながらもゆっくりと手を叩いた。 拍手は、波のように広がっていった。それは歓喜の拍手ではなく、追い詰められた者たちが、最後の藁を掴もうとするような、悲壮な響きだった。


第四章:茨の道、その先にあるもの

代表選出直後の記者会見。 フラッシュの嵐の中で、小川淳也氏は「中道改革連合代表」として初めての声明を出した。

しかし、前途は多難という言葉ですら生ぬるい。

これから彼を待ち受けているのは、以下のような「地獄」の連鎖だ。

  • 内部分裂の火種: 旧立憲の左派グループは、小川氏が旧公明に歩み寄りすぎることを警戒し、すでに独自の勉強会を立ち上げている。

  • 支持基盤の乖離: 旧公明の支持母体は、次期参院選での「協力解消」をチラつかせ、揺さぶりをかけてくるだろう。

  • 与党からの猛攻: 選挙に勝利し、盤石の体制を築いた自民党は、この弱体化した連合にさらなる揺さぶりをかけ、引き抜き工作を加速させるはずだ。

  • 国民の冷ややかな目: 「結局、何も変わらないじゃないか」という絶望感。これを払拭するには、言葉ではなく、結果を出さなければならない。

小川氏が会見を終え、控室に戻る背中を、私は遠くから眺めていた。 その背中は、以前よりも少し小さく、そして、驚くほど孤独に見えた。

「作家先生」 不意に、彼が私を呼んだ。

「はい」 「……私の物語は、ハッピーエンドになりますかね?」

彼は、いたずらっぽく笑ってみせたが、その瞳の奥には、深い悲しみが沈んでいた。

私は答えることができなかった。 政治という舞台において、ハッピーエンドなど存在しないのかもしれない。あるのは、ただ、一筋の光を求めて泥の中を這いずり回る人間の、滑稽で、しかし気高い足掻きだけだ。

「わかりません。でも、先生」 私は、自分でも驚くほど強い声で言った。 「あなたの書く『一文字目』を、私は見捨てずに記録し続けますよ」

令和8年2月13日。 冷たい雨が降り始めた永田町。 中道改革連合、小川淳也代表。 崩壊の淵に立つこの組織が、再生への第一歩を踏み出したのか、それとも最後の下り坂を転がり落ち始めたのか。

その答えを知る者は、まだ誰もいない。 ただ、彼の足元に広がる泥の中に、小さな、本当に小さな「青い炎」が、雨に打たれながらも消えずに燃えていることだけは、確かだった。

令和8年2月12日 今日も平凡な一日にありがとう!

 

垂直の記憶、水平の再生:1984年から来た旅人(架空のショートストーリー)

第一章:無彩色のルーティン

令和8年2月12日、午前7時15分。 東京郊外、私鉄の駅へと向かう道すがら、シモ(52歳)はスマートウォッチの通知を無意識にタップして消した。

画面には「歩数目標まであと8,000歩」という文字。昨夜、深夜まで及んだリモート会議の疲労が、鉛のようにふくらはぎに溜まっている。シモ——本名、下村健一——は、中堅IT企業の管理職として、日々「効率」と「リスクヘッジ」という名の山を登っていた。

かつての彼は、もっと別の山を見ていたはずだった。 1984年。小学4年生だったシモの部屋には、ボロボロになるまで読み返した『青春を山に賭けて』があった。北極点を犬ぞりで走破し、エベレストに立ち、五大陸最高峰を制覇した男。植村直己。 「失敗をおそれるよりも、何もしないことをおそれる」 その言葉を胸に、少年時代のシモは、裏山の茂みをアマゾンに見立て、壊れた自転車を修理して隣町まで「遠征」した。あの頃、世界は未知に満ちていた。

だが、今の世界はどうだ。 スマホを開けば、エベレストの山頂からのライブ映像すら見ることができる。Google Earthは地球上のあらゆる隙間を塗りつぶし、AIが今日の運勢から最適な昼食まで提案してくれる。 「未知なんて、もうこの世には残っていないんだ」 シモは乾いた溜息を吐き、満員電車の列に並んだ。


第二章:氷の匂いのする男

その日の午後は、異様に冷え込んだ。 営業先からの帰り道、シモは何に導かれたのか、板橋区にある「植村冒険館」へと足を向けていた。2月12日。植村氏がデナリ(マッキンリー)で行方不明になった、43歳の誕生日の命日だ。

公園のベンチに座り、コンビニの温かいコーヒーを啜っていた時だった。 背後から、ザリ、ザリと、雪を踏みしめるような重い足音が聞こえた。今日の都心に雪は降っていないはずなのに。

「……随分と、騒がしい街になりましたね」

低く、それでいて陽だまりのような温かさを含んだ声。 シモが振り返ると、そこにその男は立っていた。

時代遅れの分厚いダウンパーカ。汚れの目立つオーバーパンツ。そして、何よりも特徴的なのは、日焼けで赤黒く焼けた肌と、雪の反射で細められた、少年のように澄んだ瞳だった。 「あ……」 言葉が出なかった。目の前の男は、42年前のニュース映像で見た「彼」そのものだった。いや、映像よりもずっと生々しい。体からは、冷たい風の匂いと、少しの灯油、そして圧倒的な「野生」の匂いがした。

「あなたは……植村、さん……?」 男は少し困ったように眉を下げ、照れくさそうに笑った。その笑顔は、かつてシモが教科書や写真集で何度も見た、あの人なつっこい笑顔だった。 「はい。植村です。デナリの頂上で少し、道に迷ってしまったようでして。気がついたら、なんだか不思議な場所に立っていました」


第三章:2026年という「異境」

シモは震える手で、目の前の男を近くの喫茶店へと促した。混乱していたが、それ以上に、心臓が激しくノックを繰り返していた。

「今は、令和8年です。1984年から42年が経ちました」 シモの説明を、植村氏は身を乗り出して聞いていた。 「42年! それは驚いた。私が43歳ですから……計算が合いませんね。でも、この不思議な板(スマートフォン)で、世界中の人と話ができるというのは、まるで魔法だ」

シモは、現代の便利さを一つずつ教えた。 GPSがあれば現在地を見失うことはないこと。翻訳機があれば言葉の壁も越えられること。そして、植村氏が挑んだ北極も南極も、今では観光客が行ける場所になったこと。

「植村さん。今の時代、もう冒険なんて必要ないのかもしれません。どこへ行くにも、正解が最初からわかっているんです」 シモは自嘲気味に言った。 「僕もそうです。毎日、失敗しないように、昨日と同じ道を歩いています。それでいいと思っている。でも、本当は……息苦しいんです」

植村氏は、テーブルの上に置かれた最新型のiPhoneをじっと見つめていた。それから、ゆっくりと顔を上げた。

「シモさん。確かに便利になりましたね。私が犬たちと何ヶ月もかけて移動した距離を、数時間で移動できる。それは素晴らしいことです。でも……」 植村氏は、自分のゴツゴツとした、傷だらけの手を見つめた。 「冒険というのは、場所を探すことじゃないと思うんです。『自分の心の震え』を探すことなんです

「心の、震え?」

「ええ。北極点に着いた時よりも、キャンプで一人、凍えた指でストーブに火を灯す瞬間のほうが、私は生を実感しました。現代の皆さんは、外側の地図は完璧に持っているけれど、自分の内側の地図を白紙にしたまま、立ち止まっているように見えます」


第四章:垂直の視線

「シモさん。あなたは今日、何かに驚きましたか?」 植村氏の問いに、シモは詰まった。 「……いえ。予定通りに仕事をこなし、予定通りの電車に乗りました」

「もったいない」 植村氏は笑った。 「私は今、この街を歩いているだけで、心臓がバクバクしていますよ。この高い建物、空を飛ぶ鉄の塊、そして何より、こんなにたくさんの人が、それぞれ違う人生を生きている。これは、デナリの山頂に立つのと同じくらいの『未知』です」

植村氏は立ち上がり、窓の外を見つめた。 「私は、また戻らなければならないようです。雪の匂いが強くなってきました」 窓の外には、いつの間にか白い霧が立ち込めていた。

「植村さん! 待ってください!」 シモは慌てて立ち上がった。 「僕は……僕は、どうすればいい? あなたのように強くはなれない。今さら仕事を辞めて冒険家になるなんて、そんな勇気はありません」

植村氏はドアに手をかけ、振り返った。 「冒険に、大きさなんて関係ありません。昨日と違う靴を履く。知らない駅で降りてみる。自分には無理だと思っていた誰かに、声をかけてみる。その一歩を踏み出す時、心の中に『未知の風』が吹くはずです。シモさん、あなたはまだ、どこへだって行ける。43歳の私に言わせれば、52歳なんて、まだ二度目の青春の入り口ですよ

そう言って、植村氏は最後に一度だけ、あの太陽のような笑顔を見せた。 「さあ、私も行きます。誕生日のケーキを、まだ食べていないので」

霧の中に、男の影が消えていく。 後には、微かな氷の匂いと、飲みかけの冷めたコーヒーだけが残された。


第五章:未知なる日常へ

翌朝、令和8年2月13日。 シモはいつもと同じ時間に目を覚ました。だが、体感する空気の密度が違っていた。

彼はクローゼットの奥から、何年も放置していた古いバックパックを引っ張り出した。中には、埃を被ったトレッキングシューズが入っている。 「まだ、履けるな」

駅へ向かう道。彼はいつも通りの最短ルートを外れた。 一駅分、歩いてみることにしたのだ。 地図は見ない。迷ったら、誰かに聞けばいい。あるいは、迷ったまま歩き続けてもいい。

「歩数目標まであと……」 スマートウォッチが振動した。シモはそれを迷わず外し、ポケットに突っ込んだ。 自分の歩幅は、機械に決められるものではない。

冷たい風が頬を打つ。その冷たさが、心地よかった。 彼は思い出した。小学4年生の冬、雪の中をどこまでも走っていけると思っていた、あの根拠のない自信を。 世界はまだ、こんなにも広い。

シモは、路地裏で見つけた小さな古本屋の前に立ち止まった。 軒先に並んだ雑多な本の中に、一冊、背表紙が焼けた古い文庫本が見えた。 彼はそれを手に取り、店主に声をかけた。 「すみません、これ、ください」

それは、あの日から一度も開いていなかった、一人の男の物語だった。

結び:冒険は終わらない

シモの心の中には今、垂直にそびえ立つ一塊の氷山がある。 それは登りきるためのものではなく、日々、自分を奮い立たせるための指標だ。 彼は歩き出す。都会の喧騒の中へ、未知なる「明日」という名の荒野へ。

空を見上げると、冬の澄んだ青空が広がっていた。 どこか遠くで、犬ぞりを駆る声と、雪を噛む音が聞こえたような気がした。

(完)

令和8年2月11日 今日も平凡な一日にありがとう!

 

琥珀色の残照、鉄紺の風(架空のショートストーリー)

第一章:無機質な光の点滅

令和八年二月十一日。建国記念の日。 都心の一角、再開発が進む高層ビルの足元で、二十四歳のシモは、凍てつく空気の中に立っていた。

彼の右手には、規則的に赤く点滅する誘導灯。左手には、通行人を促すための白い手袋。 「恐れ入ります、足元お気をつけください」 その言葉は、もはや意味を伴わない音の塊として、彼の唇からこぼれ落ちては消えていく。

シモはこの仕事に、飽き飽きとしていた。 大学を卒業してから二年間、やりたいことも見つからず、ただ食いつなぐために始めた警備員の仕事。毎日同じ場所で、同じ制服を着て、同じ動きを繰り返す。行き交う人々は、彼を人間としてではなく、ただそこにある「動くパイロン」のようにしか見ていない。

「……何やってんだろ、俺」

厚手のヒートテックを二枚重ね、防寒着を羽織っていても、芯から冷える寒さだ。しかし、目の前のコンビニには温かい飲料が並び、足元のアスファルトは完璧に舗装され、空にはドローンが物流の荷を運んでいる。平和で、清潔で、退屈な世界。 シモは、自分の人生がこのまま、点滅する誘導灯のように空虚に繰り返されるだけではないかという恐怖に、時折襲われる。

その時だった。 工事現場の奥、古い石碑を撤去しようとしていた重機が、鈍い音を立てて止まった。 「おい、なんだこれ」 作業員の誰かが声を上げる。 シモは何気なく、その石碑の方へ目を向けた。その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

コンクリートの匂いが消え、代わりに焦げ臭い、湿った土の匂いが鼻腔を突いた。 耳元で鳴り響いていた重機のエンジン音が、遠い雷鳴のような轟音に変わる。 シモは眩暈に耐えきれず、その場に膝をついた。


第二章:瓦礫と氷の街

「おい、あんちゃん。そんなところで寝てたら死んじまうぞ」

不意に肩を揺さぶられ、シモは目を開けた。 そこには、煤(すす)で汚れた顔をした、十歳くらいの少年が立っていた。 シモは言葉を失った。

目の前に広がっていたのは、見慣れた新宿のビル群ではない。 見渡す限りの焼野原。辛うじて立っているのは、火災で黒ずんだレンガ造りの建物の一部と、無数に突き立てられた電信柱の残骸だけだった。 空は低く、鉄紺色(てつこんいろ)の雲が重く垂れ込めている。

「ここ……どこだよ」 「何言ってんだ。新宿だろ。紀元節だってのに、雪が降りそうじゃねえか」

紀元節。現代でいう建国記念の日だ。 シモは自分の手を見た。警備員の制服はそのままだったが、その鮮やかなネオンイエローのベストが、この灰色の世界ではあまりに異様に、浮き上がって見えた。

「お前、変な服だな。どっかの進駐軍(しんちゅうぐん)の使いか?」 少年は、シモが手に持っている誘導灯を不思議そうに見つめた。 電池が切れたのか、それはもう光っていなかった。

シモは震えながら、ポケットに手を突っ込んだ。スマートフォンの画面は真っ暗で、電波など届くはずもない。 昭和二十一年、二月十一日。 終戦からわずか半年後の、凍りつくような冬。 そこは、彼が「退屈だ」と吐き捨てた現代から、ちょうど八十年前の世界だった。


第三章:一欠片の「豊かさ」

少年――健太(けんた)に連れられ、シモは焼け跡を歩いた。 道路は穴だらけで、泥濘(ぬかるみ)が足首まで浸かる。シモの履いている最新の安全靴は、泥を跳ね飛ばすが、健太の足元はボロボロの地下足袋だった。

「寒いな」 シモが呟くと、健太は鼻をすすりながら笑った。 「寒いのなんて当たり前だろ。腹が減ってるから余計にな。なあ、あんちゃん。何か食い物持ってねえか? 進駐軍のチョコとかさ」

シモは、ベストの胸ポケットに入っていた「非常食」のことを思い出した。 仕事の合間に食べようと思っていた、一本のプロテインバー。 それを取り出し、包装を剥いて半分に折ると、健太に差し出した。

健太はそれを、宝物でも見るような目で見つめた。 「なんだこれ。お菓子か?」 恐る恐る口に運び、一口噛んだ瞬間、少年の目が大きく見開かれた。 「……甘い。これ、すげえ甘いよ!」

健太は泣きそうな顔で、残りの半分を大事そうに懐に仕舞った。 「お母ちゃんに食べさせてやるんだ。病気で寝てるから」

シモは胸を締め付けられるような思いがした。 現代の自分なら、こんなプロテインバー一本、大して美味いとも思わずに噛み砕き、ゴミ箱に捨てていただろう。 ここでは、一欠片の甘みが、命の灯火を繋ぐほどの価値を持っている。

しばらく歩くと、そこがかつてシモが立っていた「工事現場」の場所であることに気づいた。 そこには今、配給を待つ人々の長い列ができていた。 皆、ボロボロの国民服やもんぺを纏い、肩を寄せ合って寒さに耐えている。その顔には、絶望と、それでも生きようとする執念が混ざり合っていた。

ふと、列の中にいた一人の老人が、シモの派手な制服を見て、静かに微笑んだ。 「派手な色だね、お兄さん。まるでお天道(てんとう)様みたいだ。いつか、この街もそんな明るい色でいっぱいになる日が来るのかねえ」

その言葉に、シモは答えられなかった。 「……なりますよ。八十年後には、夜でも太陽みたいに明るい街になります」 「ははは、そりゃあ夢みたいな話だ」

老人は咳き込みながら、空を見上げた。 その空の先にある未来が、今のシモが生きる、あの「退屈な現代」なのだ。 飢えがなく、戦火の怯えもなく、夜になれば温かい布団で眠れる世界。 誰かが血を吐く思いで瓦礫を片付け、アスファルトを敷き、この国を建て直してきた。 シモが今、警備員として「守っている」その道路は、彼らの祈りの結晶だったのだ。


第四章:警備員の矜持

突然、強い突風が吹き抜けた。 砂埃が舞い上がり、シモは目を細めた。 「健太! おじいさん!」 叫んだが、返事はない。 景色が再び、万華鏡のように歪み始める。

灰色の世界が遠ざかり、鮮やかな色彩が戻ってくる。 車のタイヤがアスファルトを叩く音。 コンビニから流れる電子音。 遠くで鳴る、救急車のサイレン。

「……シモ! おい、シモ! 何ボーッとしてんだ!」 監督の怒鳴り声で、シモは我に返った。 気づけば、彼は元の工事現場の前に立っていた。手には、再び赤く点滅し始めた誘導灯。

「すいません! すぐ戻ります!」 シモは短く答え、姿勢を正した。

周囲を見渡した。 さっきまで「無機質だ」と感じていた街の明かりが、今はひどく愛おしく感じられた。 道を行き交う人々は、スマホを見たり、笑い合ったりしながら、安全に整備された道を歩いている。 彼らは気づいていない。この平穏な地面の下に、かつてどれほどの苦しみと、復興への願いが埋まっているかを。

シモは、右手の誘導灯を力強く振った。 「恐れ入ります、足元お気をつけください。こちら側をお通りください」

先ほどまでとは、声の張りが違った。 彼の仕事は、単に「立っている」ことではない。 先人たちが築き上げ、今日まで繋いできたこの平和な日常を、一歩ずつ守ることなのだ。

一人の幼い女の子が、母親の手を引いて通りかかった。 「おじさん、光ってるね! きれい!」 女の子がシモのベストを指差して笑う。 シモは少しだけ照れくさそうに、しかし誇りを持って、その子に会釈した。 「ありがとう。気をつけて行ってね」


第五章:令和八年の建国記念日

空はいつの間にか、澄み渡った冬の青に変わっていた。 八十年前のあの日、健太が見上げた鉄紺色の空の先に、今のこの青空がある。

シモは休憩中、コンビニで一本の栄養バーを買った。 パッケージを開け、一口噛みしめる。 濃厚なチョコレートの甘みが、口いっぱいに広がった。 それは、健太が泣きそうになりながら味わった、あの甘みと同じはずだ。

「……美味いな」 自然と涙がこぼれそうになり、シモは空を仰いだ。

現代社会は、決して完璧ではないかもしれない。 閉塞感があり、格差があり、将来への不安も尽きない。 けれど、八十年前の彼らが喉から手が出るほど欲しがった「日常」を、自分たちは今、贅沢にも持て余している。

「よし」 シモは食べ終えたゴミを丁寧にまとめ、ゴミ箱に捨てた。 そして、再び冷たい風の中に足を踏み出した。

彼の振る誘導灯は、今やただの光の点滅ではない。 過去から未来へと続く道を照らす、一つの灯台(ビーコン)のように、力強く闇を切り裂いていた。

「足元、お気をつけください! 今日も一日、お疲れ様です!」

シモの声は、建国記念日の晴れ渡った空へ、真っ直ぐに響き渡った。 退屈だと思っていた仕事は、今、彼にとって代えがたい「使命」に変わっていた。

(完)

令和8年2月10日 今日も平凡な一日にありがとう!

 

磨き上げた鏡の向こうに ―― 2026年2月10日の黙示録 ――(架空のショートストーリー)


第一章:塩素の香りと、消えたプライド

午前6時15分。地下鉄大手町駅の通路は、まだ深夜の冷気が居座っている。 shimoは、以前ならこの時間にタクシーで朝帰りをしていたか、あるいは重い足取りで出社していた。しかし今の彼は、青い作業着に身を包み、腰にスプレーボトルをぶら下げている。

「……よし」

独り言は、マスクの中で湿って消えた。 彼が手にしているのは、最新式の除菌モップではない。あえて使い古された、手に馴染むブラシだ。駅のトイレ掃除。それが、かつて年収1200万円を稼ぎ出し、戦略的思考を武器にしていたshimoの「現在地」だった。

1年前、彼は自信満々に会社を辞めた。さらなる高み、外資系コンサルへの転職を狙って。しかし、待っていたのは「市場価値の暴落」という現実だった。2025年後半から加速したAIによるホワイトカラー業務の代替は、彼のような「調整役」の中高年を真っ先に飲み込んだ。 「君のスキルは、もうアルゴリズムが1秒で片付けるんだよ」 最後に受けた面接官の言葉が、今も耳の奥で耳鳴りのように響いている。

結局、路頭に迷いかけた彼を拾ったのは、誰もが見向きもしない「現場」の仕事だった。


第二章:令和8年2月10日、世界が変わった

その衝撃は、休憩室の古いテレビから流れてきた。 2026年2月10日。 この日は後に、経済史において「聖域の崩壊日」と呼ばれることになる。

『国内最大手・NIPPONホールディングス、管理職8割の削減とAI完全移行を発表』

ニュースキャスターの声が震えていた。日本を代表する巨大企業が、ついに「人間によるマネジメント」を放棄したのだ。それだけではない。同日、政府は「デジタル労働基本法」の改正を閣議決定し、事務職の最低賃金の大幅な見直しを事実上容認した。

「嘘だろ……」

shimoは、手に持っていた紙コップのコーヒーを落としそうになった。 かつて彼が必死にしがみつこうとした「椅子」が、音を立てて崩れていく。画面の中では、昨日までエリートと呼ばれていた人々が、自身のIDカードが使えなくなったオフィスの前で呆然と立ち尽くしている。

かつての同僚たちの顔が浮かぶ。彼らが誇っていた戦略も、人脈も、洗練されたプレゼン資料も、2月10日の冷徹なシステム更新によって「不要なデータ」としてゴミ箱に捨てられたのだ。

「俺が負けたのは、あそこにいられなくなったことじゃなかったのか」

強烈な衝撃がshimoを襲った。もし1年前、転職に成功していたら。今頃、自分もあのオフィスの前で、行き場を失い、真っ白な顔をして立っていたはずだ。


第三章:鏡の中に映る「価値」

午後のシフト。shimoは、いつも以上に丁寧に洗面台の鏡を磨いていた。 ニュースの衝撃は冷めない。駅を利用するビジネスマンたちの顔も、どこか引きつっている。スマホの画面を凝視し、自分の雇用が明日もあるのかを確認するかのように、足早に通り過ぎていく。

その時だった。

「……綺麗だな」

背後で声がした。振り返ると、一人の老紳士が洗面台の前に立っていた。 仕立ての良いスーツを着ているが、その表情には疲れが滲んでいる。老紳士は、shimoが磨き上げた鏡に映る自分の顔をじっと見つめ、それからshimoに視線を向けた。

「最近、どこに行っても『機械の目』ばかりでね。でも、この鏡の輝きは違う。隅の方まで、誰かの意志が宿っているような気がするんだ」

shimoは言葉に詰まった。 「……ただの、掃除ですから」

「いや、違うよ。私はね、今日、長年勤めた会社を辞めてきた。世界は効率化の化け物に飲み込まれようとしている。だがね、君が今ここでやったことは、アルゴリズムには計算できない『祈り』のようなものだ。人が使う場所を、人が心地よく整える。それは、どれだけ時代が変わっても消えない、本当の仕事だ」

老紳士は、小さく会釈をして去っていった。

shimoは、自分が磨いた鏡を見た。 そこには、かつての傲慢なエリートの影はなかった。あるのは、手にマメを作り、塩素の匂いを纏いながらも、真っ直ぐに自分を見つめる一人の男の顔だった。


第四章:日々の教訓 ―― 2月11日への希望

休憩時間が終わり、shimoは再びブラシを取った。 2026年2月10日。この日、世界は「人間の管理」を捨てたかもしれない。しかし、shimoは学んだ。

「奪われない仕事」とは、立場や役職のことではない。 目の前の現実を、どれだけ自分の手で「手触りのあるもの」に変えられるか。その誠実さのことだ。

落胆は、希望の裏返しだった。 かつての彼は、数字という虚像を磨いていた。しかし今は、誰かが使う便器を、誰かが顔を映す鏡を、本気で磨いている。その手応えだけは、どんな高度なAIも、どんな大企業のリストラも奪うことはできない。

駅の喧騒が、どこか心地よいリズムに聞こえ始める。 「お疲れ様です」 通りがかりの若い学生が、ふと声をかけてくれた。 「ありがとうございます」 shimoは、心の底から自然に笑って答えた。

明日も、世界は変わり続けるだろう。 ニュースはさらに残酷な現実を告げるかもしれない。 けれど、shimoの朝は早い。彼は知っている。自分が鏡を磨くたび、この駅を利用する誰かの心が、ほんの少しだけ明るくなることを。そしてその光が、巡り巡って自分自身の人生を照らし出すことを。

35歳の時、彼は「何者か」になろうとして焦っていた。 45歳の今、彼は「自分」であることを受け入れ、誇りを持っている。

令和8年2月10日。 それはshimoにとって、敗北の記録ではなく、真の意味で「働くことの尊厳」に出会った、再生の記念日となった。