令和8年9月2日 『ミスドさつまいもド製造の裏側!ホクホク食感の秘密』

 

ミスドさつまいもド製造の裏側!ホクホク食感の秘密』(架空で空想のショートストーリー)※画像はAIによるイメージを含みます

1. 静寂を破る午前5時のフライヤー

8年目の重圧

2026年(令和8年)9月2日、水曜日。早朝5時。
まだ夜の帳が色濃く残る街角で、そこだけが温かなオレンジ色の光を放っていた。ミスタードーナツのとある店舗の厨房。換気扇の低い唸り音と共に、フライヤーの油がゆっくりと適温へと上昇していく微かな音が、ステンレス製の壁に反響している。

「温度、よし。湿度は……少し高めか。粉の温度調整、微修正でいくぞ」

ベテラン職人のshimoは、温度計の数値を鋭い目つきで確認しながら、傍らに立つ若きパートナー、SENAに声をかけた。SENAは真剣な面持ちで頷き、手元のタイマーと材料のボウルを素早く準備する。彼の額には、すでにうっすらと汗がにじんでいた。

今日という日は、ミスタードーナツにとって、そして彼ら店舗のスタッフにとって、一年の中で最も特別で、最も緊張を強いられる日の一つである。秋の風物詩として定着した「さつまいもド」の発売日。2019年の初登場から数えて、今年で実に8年目を迎える大人気シリーズだ。

さつまいもド」とはそもそも何なのか。 それは、単なる「さつまいも風味のドーナツ」ではない。ミスタードーナツが長年培ってきた生地作りのノウハウを根底から見直し、「ドーナツでありながら、限りなくさつまいもそのものの味と食感に近づける」という、途方もない目標を掲げて生み出された傑作である。

秋の訪れを感じさせる甘い香りと、口に含んだ瞬間に広がるあの独特の食感。それは、日常のふとした瞬間に秋の深まりを教えてくれる、多くの人々にとって欠かせない季節の便りとなっていた。

しかし、今年のプレッシャーは例年の比ではなかった。開発チームが何ヶ月もかけて目指したのは、これまでのドーナツの概念を覆す「圧倒的なホクホク感」。そして、それを実現するための、過去に例を見ない「新形状への挑戦」だった。

「SENA、生地の練り具合、手の中でよく感じ取れ。マニュアルの数字だけじゃない。今日の空気、今日の粉の呼吸を読むんだ」

shimoの言葉に、SENAは無言で生地を練る手に神経を集中させる。shimoはそんな若き職人の背中を見つめながら、かつて自分が先輩たちから教わった技術と精神が、こうして次の世代へと受け継がれていくことに、静かな感慨を覚えていた。

試行錯誤の果ての「形」

今年一番の難関は、何と言ってもその独特なフォルムにあった。小さなさつまいもが3つ、行儀よく連なったような新しい形状。ポン・デ・リングとも違う、オールドファッションとも違う、全く新しい金型から生み出されるその形は、単なるビジュアルの奇抜さを狙ったものでは決してない。

「なぜ、この形なのか。SENA、分かってるな?」 「はい。火の通りを均一にして『ホクホク感』を最大限に引き出すため。そして、お客様が手でちぎって食べやすいように、ですね」

SENAの答えに、shimoは深く頷いた。 さつまいもの美味しさの根源である「ホクホク感」と「しっとり感」をドーナツ生地で両立させることは、物理的な矛盾を孕んでいる。生地を厚くすれば中心まで火が通りにくくなり、外側が硬くなる。薄くすれば、今度はホクホクとしたボリューム感が失われる。

開発チームが辿り着いた結論が、この「3連形状」だった。厚みを持たせつつも、3つの球体が連なる接合部分があることで、油の中で絶妙な熱伝導を生み出す。外側は薄くサクッと揚がり、内側にはたっぷりと空気を含んだホクホクの生地が閉じ込められる。さらに、小さな一口サイズにちぎって食べられることで、女性や子どもでも口の周りを汚さずに上品に味わえるという計算もあった。

しかし、理論上は完璧でも、それを毎日各店舗で同じクオリティで揚げ続けるのは至難の業だ。生地の厚みが少しでも狂えば、3つの連なりが途中でちぎれてしまったり、火が通り過ぎてパサパサになってしまったりする。

フライヤーの中に、最初のテスト生地が静かに投入された。シュワァァァッという心地よい音と共に、無数の細かい泡が生地を包み込む。shimoとSENAは、まるで我が子の産声を聞くかのように、油の表面を見つめていた。

2. 黄金比率1.3%の魔法と新形状の秘密

ギリギリの配合バランス

「揚がり時間、あと30秒。色の変化に注意しろ」 shimoの指示が飛ぶ。油の中で黄金色に色づいていくさつまいもドの生地には、もう一つの重大な秘密が隠されていた。

それは「さつまいも粉末の配合比率」である。 今年の生地には、厳選された国産のさつまいも粉末が、生地全体の「1.3%」という絶妙な割合で練り込まれている。たった1.3%、と思うかもしれない。しかし、この数字は、開発チームが何百回、何千回という試作の果てに導き出した、まさに「黄金比率」だった。

さつまいもの風味を強くしようと粉末の量を1.5%に増やせば、生地のグルテン形成が阻害され、ボソボソとした食感になってしまう。逆に1.0%に減らすと、ドーナツの甘さにさつまいもの風味が負けてしまい、「ただの甘いドーナツ」に成り下がってしまう。

1.3%。 それは、ドーナツとしてのふんわりとした骨格を保ちながら、噛み締めた瞬間にさつまいものでんぷん質が持つ自然な甘みと、あの「ホクホク」とした食感を脳錯覚させるギリギリの境界線だった。

「よし、引き上げろ!」 shimoの合図で、SENAがフライヤーから網を一気に引き上げる。油切れのシャープな音が厨房に響く。ラックに並べられたばかりのそれは、見事なまでにぷっくりと膨らんだ、3連のさつまいもドだった。

熱々のそれを一つ手に取り、shimoは指先で二つに割った。 パツン、という外側の薄い皮が弾ける感触に続き、中から湯気と共に、見事なまでの黄色い生地が顔を出した。まるで本当に蒸し上がったばかりのさつまいもを割ったかのような、甘く濃厚な香りが立ち込める。

「……完璧だ。今年の生地は、過去最高かもしれない」 shimoがポツリと漏らした言葉に、SENAの表情がパッと明るくなった。しかし、戦いはここからである。この完璧なベース生地を元に、5つの異なる個性を纏わせた商品を作り上げなければならない。

3つ連なるイノベーション

この「さつまいもド」、いったいどんな人に向いている商品なのだろうか。 shimoは作業を進めながら、頭の中で開店後の客の顔を思い浮かべていた。

仕事の合間に糖分を補給したいビジネスパーソン。学校帰りに友達とおしゃべりしながらつまむ学生。家事の合間に、熱い紅茶と一緒に一息つく主婦。 高級なパティスリーで売られている数千円のケーキも素晴らしい。美しい箱にリボンがかけられ、特別な日の食卓を彩る。だが、それだけが正解ではない。

ショーケース越しに数百円を支払い、紙袋に無造作に入れられたドーナツを手に、公園のベンチやオフィスのデスクで頬張る。その瞬間に広がる確かな甘さと温もり。それは、着飾る必要のない、等身大の日常に寄り添う喜びだ。誰かに自慢するためでも、写真に撮って見せびらかすためでもなく、ただ「今、自分が美味しいものを食べて満たされている」という純粋な感覚。

ミスタードーナツが長年愛され続けている理由はそこにある。誰もが、自分のタイミングで、自分のためにささやかな喜びを買える場所。この「さつまいもド」は、そんな日常の延長線上にある、秋という季節からのちょっとしたご褒美なのだ。

3つ連なった形状は、そんな「日常の中の幸せ」を分け合うのにも適している。 「一つもらうね」「どうぞ」。そんな何気ないコミュニケーションが、この小さなドーナツから生まれることを、shimoは知っている。

3. 五つの秋、それぞれの物語の仕込み

時計の針は午前7時を回った。ベースとなるドーナツが次々と揚がる中、いよいよ5種類のフレーバーへの仕上げ工程が始まる。ここからは時間との勝負であり、また芸術的な手際の良さが求められる。

プレーンと石焼き芋風の「本物感」

まずは、すべての基本となる【プレーン】。 余計な飾りは一切ない。グレーズ(糖蜜)すらも控えめに、ただひたすらに1.3%の粉末が生み出す生地本来の味と、圧倒的なホクホク感を堪能するためのストイックな一品だ。 「プレーンはごまかしが効かない。生地の温度が下がりきる前に、決められた時間だけ休ませるんだ」 shimoはSENAにそう指示を出す。シンプルなものほど、職人の力量が如実に表れる。

続いて、【石焼き芋風】の仕上げに入る。 こちらは、プレーンの生地に、焼き芋特有の香ばしさを再現した特製のグレーズをコーティングし、さらにオーブンで軽く焼き上げるという二段構えの工程を経る。 「焦がしすぎないように注意しろ。目指すのは『焦げ』じゃなく『香ばしさ』だ」 オーブンから漂ってくるのは、まさに秋空の下、屋台から漂ってくるあの石焼き芋の匂いそのものだった。甘さとほろ苦さが同居するその香りに、SENAは思わず息を深く吸い込んだ。

塩バターとクレームブリュレの「背徳感」

三つ目は、昨年のテスト販売でも爆発的な人気を呼んだ【とろり塩バター】。 ホクホクの生地の表面に、濃厚なバター風味のフィリングをたっぷりと乗せ、その上から岩塩を散らしていく。 「塩の振り方一つで、味が決まる。均等に、しかし少しだけ不規則に振ることで、食べる場所によって甘みと塩気のバランスが変わるようにするんだ」 甘いさつまいもに、塩気のあるバター。この組み合わせは、人間の本能に訴えかけるような抗いがたい魅力を持っている。一口食べれば、甘じょっぱさの無限ループから抜け出せなくなる、ある意味で「罪深い」ドーナツだ。

四つ目は、見た目にも華やかな【香ばしクレームブリュレ】。 ドーナツの表面にカスタードクリームを絞り、その上にグラニュー糖をたっぷりとまぶす。そして、ここからがSENAの腕の見せ所だ。バーナーを手に取り、一気に表面を炙っていく。 ジュワッという音と共に、砂糖が溶けてキャラメル状になり、厨房に甘く香ばしい煙が立ち込める。 「火を止めない。常にバーナーを動かし続けろ。パリッとした飴の層と、下のホクホクの生地の対比が命だ」 炙りたてのそれは、まるで高級レストランのデザートのような輝きを放っていた。

濃厚スイートポテトの「ご褒美感」

そして最後、五つ目は【濃厚スイートポテト】。 これはもう、ドーナツの枠を超えた一つの完成されたスイーツと言っても過言ではない。生地の半分に、ねっとりとした食感のさつまいもクリームをたっぷりと絞り出し、黒ごまを散らす。 「クリームの絞り出しは、均等な太さで波打つように。見た目のボリューム感が、お客様の期待感を高めるんだ」 shimoの手本を見た後、SENAも慎重にクリームを絞っていく。ずっしりとした重みを感じるこの一品は、今日一日頑張った自分への最高のご褒美として、夕方以降に爆発的に売れることが予想された。

全5種、それぞれの個性が際立つラインナップ。 ・生地を純粋に味わう【プレーン】 ・香ばしさに秋を感じる【石焼き芋風】 ・甘じょっぱさの虜になる【とろり塩バター】 ・食感のコントラストを楽しむ【香ばしクレームブリュレ】 ・贅沢な満足感に浸る【濃厚スイートポテト】

午前7時45分。 ステンレスのバットの上に、色とりどりの秋が整然と並べられた。まるで宝石箱のようなショーケース。それを見つめるshimoとSENAの目には、激しい作業を終えた疲労感よりも、静かな達成感が宿っていた。

「SENA、よくやった。今年の仕上がりは最高だ」

「ありがとうございます。……でも、本当の勝負はこれからですよね」

「ああ。俺たちの仕事は、これをお客様の笑顔に変えるまで終わらない」

4. 午前8時、扉が開く時

それぞれの朝、それぞれの交差点

午前8時ちょうど。店舗のガラス扉に掛けられた「CLOSED」の札が、「OPEN」へと裏返された。 2026年9月2日、短い秋の戦いが幕を開けた。

街はすでに動き出している。駅へ向かう人々の足早な靴音、バスを待つ列、スマートフォンを見つめながら歩く人々。数え切れないほどの人間が、それぞれの事情を抱え、それぞれの目的地へと向かっていく。

彼ら一人ひとりには、見えない背景がある。昨晩、恋人と喧嘩をして憂鬱な朝を迎えた若者かもしれない。大きなプロジェクトのプレゼンを控え、胃を痛めている会社員かもしれない。夜勤明けで疲れ果て、帰りの電車で眠ることだけを考えている看護師かもしれない。

外から見れば、彼らは街を構成する無数の点の一つに過ぎないように見える。しかし、視点を変えれば、彼ら全員が自分自身の人生という物語の中心を生きている。すれ違うだけの人々の中にある、計り知れない深さと重み。

そんな行き交う人々の中から、一人の女子高生がふらりと店に吸い込まれてきた。彼女が今日の記念すべき第一号の客だ。

「いらっしゃいませ!」 レジに立つスタッフの明るい声が響く。厨房の奥から、shimoとSENAも静かに見守る。

彼女はショーケースの前で足を止め、大きく目を見開いた。

「わあ……今日からだったんだ」 呟く彼女の視線の先には、黄金色に輝く5種類の「さつまいもド」が並んでいる。彼女は少し迷った後、プレーンと、塩バターをトレーに運んだ。

商品はトレーに乗ったまま、彼女の手に渡される。彼女は店の片隅にあるイートインスペースに座り、まだほんのりと温かいプレーンのさつまいもドをトレーから手に持った。 3つ連なった特徴的な形。彼女は一番端の一つを、指先で小さくちぎった。

報われる瞬間

パクリと口に入れた瞬間、彼女の動きが止まった。 そして、無意識のうちに口元がほころび、頬が緩むのが見えた。

「……これ、本当においもみたい!」

小さな、しかしはっきりとした驚きの声。 その声は、厨房の奥にいるshimoたちの耳にも確かに届いた。

外はサクッと、中は驚くほどホクホクでしっとり。噛み締めるほどに広がる、さつまいも本来の優しい甘み。1.3%の粉末と、新しい3連形状が生み出した奇跡の食感が、彼女の味覚を直撃したのだ。 彼女は嬉しそうにスマートフォンを取り出すと、ちぎったさつまいもドの断面の写真を撮り、素早く文字を打ち込み始めた。

それを見た時、shimoの目には微かに光るものがあった。 何ヶ月にも及ぶ開発陣の苦労、早朝からの緊張感、温度や湿度との孤独な戦い。それらすべてが、たった一人の客の「美味しい」という笑顔によって報われる。これだから、この仕事はやめられない。

続いて入ってきたのは、年配の男性だった。彼は「石焼き芋風を3つ」と頼んだ。 「妻がね、毎年これを楽しみにしているんですよ。今年から形が変わったんですねえ。これなら、入れ歯の妻でも食べやすそうだ」 そう言って、男性は嬉しそうに目を細めた。

さらに、出勤前らしきスーツ姿の女性が「香ばしクレームブリュレ」とコーヒーを注文し、束の間の休息を楽しんでいる。

誰もが、自分のペースで、自分のための喜びを選び取っていく。高いレストランの予約が取れたからといって、必ずしも幸福度が比例するわけではない。数百円のドーナツが、今日という一日を乗り切るための確かな活力になることがある。人と比べて自分がどうであるかではなく、今の自分が何を食べて「美味しい」と感じるか。その絶対的な自己の感覚こそが、最も尊いものなのだ。

5. 拡散する熱狂と、日常の小さな灯り

ネットの波及効果

お昼が近づくにつれ、客足は徐々にペースを上げていった。 と同時に、デジタル空間でも「さつまいもド」の波は確実に広がり始めていた。

先ほどの女子高生をはじめ、朝一番で購入した客たちの投稿が、SNS上で次々と拡散されていたのだ。

『今年のさつまいもド、形が可愛い!ちぎりやすくて食べやすい!』

『ホクホク感が過去一。もはや本物の焼き芋超えてる説』

『とろり塩バター、甘じょっぱさが神。無限に食べられる……』

『クレームブリュレのパリパリとホクホクのギャップがたまらん』

『5種類全部制覇したい。誰か一緒にミスド行こう』

2026年9月2日、「さつまいもド」というワードは、瞬く間にSNSのトレンド上位に食い込んだ。 新形状への驚き、想像を超えるホクホク食感への賛辞、そして全5種という豊富なラインナップへの期待感。ネットニュースのメディアも素早く反応し、『ミスド秋の陣、本日開幕!さつまいもド全5種レビュー』といった記事が次々とアップされ始めた。

厨房で追加の仕込みに追われながら、SENAがスマートフォンの画面をチラリと見て報告してきた。

「shimoさん、ネットで大騒ぎになってますよ。特に新形状の3連デザインが大好評です」

「そうか。だが、浮かれるな。画面の向こうの数字より、今目の前のフライヤーの中にある生地に集中しろ」

shimoの言葉は厳しいが、その声には確かな喜びが混じっていた。

飾らない幸せの形

午後1時。ランチタイムを終えたオフィス街から、デザートを求める人々が押し寄せてきた。

店内はたちまち活気に満ち溢れる。 制服姿のOLたちが、「私はスイートポテト!」「じゃあ私はプレーンにして半分こしよう」と笑い合っている。彼女たちの話題は、今週末の予定から、職場の人間関係の愚痴、そして目の前のドーナツの美味しさへと目まぐるしく変わっていく。

彼女たちの周りには、誰かを羨んだり、自分を卑下したりする空気はない。ただ、秋の味覚を友人と分かち合う、純粋で心地よい時間が流れているだけだ。 世間には、高級なブランド品を身につけ、星付きのレストランで食事をすることを「成功」と定義づける価値観が存在する。SNSを開けば、そんなきらびやかな生活の一部が切り取られ、際限なく見せつけられる。

しかし、本当に大切なのはそこではない。 自分が立っている場所で、自分の足で歩き、自分の手の届く範囲にある温もりをしっかりと抱きしめること。他者の生活と自分の生活を天秤にかけるのではなく、今日自分が成し遂げた小さな仕事や、帰り道に買った美味しいドーナツに心から満足できること。

ショーケースの前でドーナツを選ぶ人々の瞳は、一様に輝いている。彼ら一人ひとりが、自分の人生を懸命に生きている。誰一人として代替可能な存在などいない。彼らは皆、それぞれの物語を紡ぎ、その途中でこの店に立ち寄ってくれた大切な客人なのだ。

6. 途切れない列と、職人たちの呼吸

忙殺の中の静念

午後4時。学校帰りの学生たちと、夕飯の買い物に出た主婦たちが交差する時間帯。 店舗は今日一番のピークを迎えていた。

「さつまいもド、プレーン品切れです!補充お願いします!」 フロントスタッフの声が飛ぶ。 「了解!あと3分で上がります!」 SENAが大きな声で応えながら、フライヤーとオーブン、そして仕上げの作業台を猛スピードで往復する。

プレーンが揚がる。石焼き芋風のグレーズをかける。塩バターの岩塩を振る。クレームブリュレをバーナーで炙る。スイートポテトのクリームを絞る。 無限に続くかと思われるそのループの中で、SENAの動きに少しずつ焦りが見え始めていた。クリームの絞りがほんの少しだけ歪む。塩の振りが一瞬雑になる。

そのわずかな乱れを、shimoの目は見逃さなかった。 shimoは無言でSENAの隣に立ち、そっと彼の手から絞り袋を受け取った。そして、流れるような滑らかな動きで、完璧な波型のクリームを仕上げてみせた。

「SENA、息をしろ」 shimoは静かに、しかしはっきりとした声で言った。

急ぐことと、焦ることは違う。一つひとつのドーナツの向こうには、それを楽しみに待っているお客様がいる。そして、この1.3%のさつまいも粉末を作るために、畑で汗を流した農家の人がいる。粉を運んでくれた運送業者の人がいる。俺たちは、そのすべての思いの最終ランナーなんだぞ」

その言葉に、SENAはハッとして動きを止めた。 そうだ。自分はただ機械的に作業をこなしているのではない。多くの人々の手によって繋がれてきたバトンを、最後に「美味しい」という形にしてお客様に届ける、誇り高き職人なのだ。

「……はいっ!」 SENAは深く息を吸い込み、再び作業台に向かった。その動きには先ほどの焦りは消え、正確でリズミカルな、職人としての確かな息遣いが戻っていた。

社会は、無数の人々の見えない繋がりで成り立っている。誰かが小麦を育て、誰かが油を精製し、誰かが機械をメンテナンスする。そのどれ一つが欠けても、今日この一つのドーナツはお客様の元へは届かない。その事実に対する深い敬意と感謝。それを持たない者に、本当に美味しいものを作ることはできない。

過ぎゆく秋の儚さ

さつまいもド」の販売期間は、9月2日から10月下旬までと決められている。 しかし、「原材料がなくなり次第終了」という条件が付いている通り、この圧倒的な人気を前にすれば、予定より早く姿を消してしまう店舗も少なくないだろう。

秋という季節自体が、非常に儚い。 厳しい残暑から徐々に空気が冷たくなり、木々が色づき、そしてすぐに冷たい冬の風が吹き始める。その束の間の季節だからこそ、人々は秋の味覚に特別な郷愁と喜びを見出すのだ。

フライヤーの油の温度を一定に保ちながら、shimoはこの熱狂が長くは続かないことを知っている。数週間後には、また別の商品がショーケースの主役の座を奪うだろう。 しかし、それでいいのだと彼は思う。 移り変わる季節の中で、その時々の最高の美味しさを提供し続けること。それが自分たちの使命なのだから。

7. 空になったショーケースの向こう側

確かな足跡

午後9時。 店舗のガラス扉が再び「CLOSED」の札に裏返された。

「本日の営業、終了しました。お疲れ様でした!」 店長の弾むような声が店内に響く。

ショーケースの中は、見事なまでにもぬけの殻だった。あんなに山のように積まれていた5種類のさつまいもドは、一つ残らず、誰かの胃袋へと収まっていったのだ。 厨房の片付けをしながら、SENAが大きく伸びをした。

「……終わりましたね。長かったような、あっという間だったような」

「初日を無事に乗り切っただけだ。明日からも、同じクオリティを出し続けなきゃならない」 shimoはモップをかけながら、いつものように厳しい口調で返したが、その顔は穏やかに笑っていた。

「でも、今日のお客様の顔、すごかったですね。一口食べた瞬間の、あの驚いたような、幸せそうな顔。あれを見たら、今朝のプレッシャーなんて吹っ飛びましたよ」

「ああ。あの笑顔のために、俺たちは明日も朝早くからフライヤーに火を入れるんだ」

店を出ると、夜風には確かな秋の冷たさが混じっていた。 見上げる夜空には、街の明かりに紛れていくつか星が瞬いている。

今日一日、この店を訪れた何百人という人々。 彼らは今頃、それぞれの場所で、それぞれの夜を過ごしているだろう。 残業を終えて帰宅する電車の中で、さつまいもドの余韻を思い出しているかもしれない。家族で食卓を囲みながら、「今年のさつまいもド、美味しかったね」と語り合っているかもしれない。

彼らの人生という壮大な物語において、ミスタードーナツでの出来事は、ほんの数分間の、些細なシーンに過ぎないかもしれない。しかし、その些細なシーンに確かな温もりと美味しさを提供できたことは、shimoとSENAにとって、何物にも代えがたい誇りだった。

世間の価値観に振り回されることなく、他人の芝生を青く見ることもなく、ただひたすらに自分の目の前にある仕事に打ち込むこと。 社会を構成する無数の人々の営みに感謝し、他者を敬いながら、自分自身の人生を精一杯生き抜くこと。

「さあ、帰って寝るぞ。明日の仕込みは今日よりさらに良くする」

「はいっ!お疲れ様でした!」

二人の背中が、秋の夜の街へと溶け込んでいく。 明日の朝もまた、午前5時の静寂を破ってフライヤーの油が温められる。黄金比率1.3%の粉末と、新しい3連の形に込められた職人たちの祈りが、再び誰かの日常に小さな幸福を届けるために。

短い秋の戦いは、まだ始まったばかりだ。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.misterdonut.jp/m_menu/new/260902_autumn_donut/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001144.000005720.html
https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP711680_X20C26A8000000/

令和8年9月1日 『9月1日キウイの日に片足立ちフィギュアが動く夜』

 

9月1日キウイの日に片足立ちフィギュアが動く夜』(架空で空想のショートストーリー)※画像はAIによるイメージを含みます

9月1日、夕暮れのスーパーマーケットと緑の出会い

2026年、令和8年9月1日。
夕暮れ時の空は、夏の名残である濃い青色から、秋の気配を帯びた淡い茜色へとゆっくりと移ろい始めていた。

日中の焼け付くような暑さは少しばかり和らぎ、乾いた風が街路樹の葉を微かに揺らして通り抜けていく。アスファルトに落ちる影が長く伸びる頃、街は家路を急ぐ人々の足音と、夕飯の支度を思わせる温かな匂いに包まれ始めていた。

SENAは、父親であるshimoと並んで、近所の大型スーパーマーケットへと歩いていた。SENAの小さな手は、shimoの少しごつごつとした、しかしどこまでも温かく安心感のある手にしっかりと握られている。

shimoは今日も朝から晩まで汗を流して働き、迎えに来てくれた。彼の作業着には微かに土の匂いと、一生懸命に一日を駆け抜けた者の真摯な香りが染み付いている。高価なスーツを着ているわけでも、誰もが羨むような高級車に乗っているわけでもない。

けれどもSENAにとって、目の前の道を真っ直ぐに歩き、誰に対しても礼儀正しく、決して他人の悪口を言わないshimoの背中は、この世界の何よりも大きく、誇らしいものだった。

「今日は、特別な日なんだぞ、SENA」

スーパーマーケットの自動ドアをくぐり、涼しい冷気に包まれながら、shimoは優しく微笑んで言った。SENAは見上げる。

「特別な日? 誰かの誕生日?」

「いや、誕生日は誕生日でも、果物の誕生日みたいなものかな。今日、9月1日は『キウイの日』なんだよ」

shimoはカートを引きながら、色鮮やかな野菜や果物が並ぶ青果コーナーへと歩を進めた。 「9月1日は『キュー(九)イ(一)』と読む語呂合わせから、ゼスプリ インターナショナルジャパン株式会社が制定した記念日なんだ。夏の暑さで疲れが溜まっている体や、弱った肌を癒して、多くの人に健康になってもらいたいっていう、優しい想いが込められているんだよ」

SENAの目の前には、茶色い産毛に覆われたキウイフルーツが、山のように積まれていた。

「キウイって、昔からあるの?」

「いいや。実はね、1906年にニュージーランドの人たちが、中国原産のオニマタタビっていう植物の品種改良に成功したのが始まりなんだ。それから1934年頃から本格的に栽培が始まって、世界中に広まった。名前の由来も面白いんだぞ。1959年にニュージーランドからアメリカへ輸出されるようになった時、ニュージーランドのシンボルである飛べない鳥『キーウィ』にちなんで命名されたんだ。見た目が似ているから名付けられたって勘違いされがちだけど、実はそうじゃないらしいんだよな」

shimoの物知りな言葉に、SENAは感心したようにキウイを見つめた。しかし、SENAの視線はすぐに、キウイの山の隣に特別に設けられた特設コーナーへと釘付けになった。そこには、ポップで可愛らしいキャラクターが描かれた看板が立てられていた。

毎年SNSで話題沸騰! 数量限定 キウイブラザーズ フィギュア付きパック 販売スタート!

SENAの目が輝いた。キウイブラザーズのフィギュア付きパックは、2019年に登場して以来、毎年大人気となっている商品だ。今年で8年目を迎えるこの企画は、発売されるたびにインターネットのSNS上で無数の写真が投稿され、瞬く間に店頭から姿を消してしまうほど熱狂的なファンを持っている。

「あ! shimo、これ! 欲しかったやつだ!」

「おお、そうだったな。実は、8月25日から第1弾が発売されていたんだ。ゼスプリ サンゴールドキウイが8個入ったパックで、ゴールドのフィギュアが付いていたんだけど……仕事帰りにいくつか店を回った時には、もうどこも売り切れで手に入らなかったんだ。ごめんな」

shimoは少し申し訳なさそうに眉を下げる。しかしSENAは全く気にする素振りを見せなかった。誰かが持っているものを羨んだり、手に入らなかったことを嘆いたりするよりも、今目の前にある出会いを大切にする。それが、shimoの背中を見て育ったSENAの自然な心のあり方だった。

「ううん、全然いいよ! だって今日から第2弾が始まるって、ネットのニュースで見たもん!」

SENAの言う通り、今日九月一日は第2弾の発売日だった。売り場に積まれているのは、『ゼスプリ グリーンキウイ 7個入りパック』。そしてそこには、緑色のボディに愛らしい瞳を持った「グリーンのフィギュア」が一つ、ちょこんと封入されていた。

「今年のフィギュアはすごいんだよ、shimo。なんと、キウイブラザーズのフィギュアとして初めての『片足立ちポーズ』なんだって!」

SENAがパックを手に取ると、透明なプラスチック越しに、右足を高々と上げ、両手を広げて陽気すぎるポーズを決めるグリーンフィギュアの姿が見えた。これまでの立ち姿や座り姿とは一線を画す、アクロバティックで楽しげなその姿に、SENAは思わず笑顔をこぼした。

(AIによるイメージです)

「本当だ、見事に片足で立ってるな。バランスを取るのが難しそうなのに、すごく楽しそうに笑っている。よし、今日はキウイの日だし、このグリーンキウイのパックを買って帰ろう」

「やったあ! ありがとう、shimo!」

夕食の買い物を済ませ、二人は家路についた。空はすっかり暗くなり、街路灯が等間隔に温かなオレンジ色の光を落としている。すれ違う人々は皆、それぞれの事情とそれぞれの想いを抱えて歩いている。

疲れた顔でうつむく会社員、楽しそうに笑い合う学生たち、自転車を漕ぐ配達員。彼ら一人ひとりに名前があり、帰る場所があり、誰にも代わることのできない物語がある。SENAは、shimoと手を繋いで歩くこの何気ない帰り道が、たまらなく好きだった。

食卓の風景と、隠された10周年の秘密

アパートに帰り、shimoが手際よく夕食を作り終えると、二人は向かい合って食卓を囲んだ。飾り気のない、しかし栄養満点で愛情の込もった温かい食事が、SENAのお腹と心を満たしていく。そして食後のデザートとして、shimoが先ほど買ってきたグリーンキウイを半分に切り、スプーンを添えて出してくれた。

「グリーンキウイはね、甘みと酸味のバランスがとても良くて、なんといっても食物繊維が豊富なんだ。夏の疲れが溜まった体には最高のご馳走だよ。ちなみに、サンゴールドキウイの方はトロピカルな風味で甘みが強くて、ビタミンCがたっぷりなんだ」

shimoの説明を聞きながら、SENAはスプーンで鮮やかな緑色の果肉をすくい、口に運んだ。みずみずしい果汁と、爽やかな酸味、そして奥深い甘みが口いっぱいに広がる。小さな黒い種がプチプチと弾ける食感も楽しい。

キウイを食べ終えると、SENAはパックから慎重にグリーンフィギュアを取り出した。高さ数センチの手のひらサイズのフィギュアは、近くで見るとさらに愛嬌があった。片足でピンと立ち、両手を広げたその姿は、見ているだけでこちらまで元気になってくるような不思議な魅力に溢れている。製造工程の都合で生じるわずかな塗装のズレさえも、世界に一つだけの個性のように思えて愛おしかった。

「そういえば、SENA。キウイに貼ってあったシール、捨ててないだろうな?」

shimoが台所の片付けをしながら声をかけた。

「うん! Zespriって書いてあるシールでしょ? ちゃんと取ってあるよ」

「よし。実は今、ゼスプリで特別なキャンペーンをやっているんだ。『キウイブラザーズ10周年記念スペシャルシークレットグッズ プレゼント』っていう、すごく大きなイベントなんだよ」

shimoはテーブルを拭きながら、スマートフォンでゼスプリの公式サイトを開き、SENAに見せた。

「見てごらん。応募期間は2026年10月31日、土曜日まで。当日消印有効だ。ゼスプリキウイについているシールを十枚集めて応募台紙に貼り、ハガキで応募するんだ。抽選で全国から1000名様に、『10周年限定! 超激レアグッズ + ぬいぐるみ(小) 2体セット』が当たるんだぞ」

「超激レアグッズ……! なんだろう、すごい秘密の宝物なのかな」 SENAは目を輝かせた。

「ああ、きっと特別なものに違いない。ゼスプリのマークが入ったシールが対象なんだけど、一つだけ注意が必要なんだ。今回は『ルビーレッド』のシールは応募対象外になっているから、グリーンかサンゴールドのシールを集めないといけない。宛先は神田郵便局の私書箱で、当選した人には2027年の3月下旬から4月上旬頃に賞品が届く予定になっているんだ」

「シール10枚かぁ。今日買ったパックには7個入ってたから、シールは7枚。あと3つ食べたら応募できるね!」

「そうだな。毎日少しずつ食べて、健康になりながらシールを集めよう。こういうささやかな楽しみがあるって、すごく素敵なことだと思わないか?」

shimoの言葉に、SENAは深く頷いた。世の中には、何万円もするゲーム機や、豪華な海外旅行を自慢する人たちもいるかもしれない。

しかしSENAにとっては、大好きなshimoと一緒にスーパーでキウイを選び、シールを一枚一枚大切に台紙に貼り付け、まだ見ぬ「シークレットグッズ」に想いを馳せるこの時間が、何物にも代えがたい幸福だった。幸せの形は誰かに決められるものではない。自分自身の心が「楽しい」「嬉しい」と感じるその瞬間にこそ、本物の光が宿っているのだ。

SENAは、片足立ちのグリーンフィギュアを自分の学習机の特等席に飾った。

(AIによるイメージです)

窓の外からは、秋の虫たちの微かな鳴き声が聞こえてくる。 「おやすみ、グリーン。うちに来てくれてありがとう」 SENAは小さく呟き、布団に潜り込んだ。心地よい疲労感と共に、深い眠りが彼を包み込んでいった。

夜12時の奇跡。片足立ちフィギュアが動く夜

どれくらいの時間が経っただろうか。 SENAはふと、小さな物音で目を覚ました。部屋の中は静寂に包まれており、窓から差し込む青白い月明かりだけが、床に四角い光の模様を描いている。壁掛け時計の針は、ちょうど深夜の12時を少し回ったところを指していた。

「……あー、疲れた。マジで疲れた。なんで俺だけこんなポーズなんだよ。やっと両足で立てるぜ……」

信じられないことに、声は机の上から聞こえてきた。 SENAが布団から身を乗り出し、目をこすりながら机の上を覗き込むと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

つい数時間前までプラスチックのように固まっていたはずのグリーンフィギュアが、高々と上げていた右足をゆっくりと下ろし、両足をしっかりと机につけて、ふうっと大きく息を吐き出していたのだ。さらには、両手を腰に当てて、腰をぐるぐると回してストレッチまで始めている。

(AIによるイメージです)

「えっ……動いてる……?」 SENAが思わず声に出すと、グリーンフィギュアはビクッと肩を震わせ、クルリとこちらを振り向いた。

「うわっ! 起きてたのか、人間の子ども! しまった、見られた!」 フィギュアは慌てて右足を上げ、両手を広げて元の「陽気すぎる片足立ちポーズ」に戻ろうとしたが、足がプルプルと震えてバランスを崩し、コテッと尻餅をついてしまった。

「いてて……もう無理。8月25日からずっと、パッケージの中で出荷待ちの時からこのポーズで固まってたんだぞ。足がつりそうだよ」 グリーンフィギュアは諦めたように足を投げ出し、ぺたんと座り込んだ。

(AIによるイメージです)

「君、妖精なの?」 SENAは怖がるどころか、好奇心に満ちた瞳で机に近づいた。

「妖精っていうか、まあそんなもんだ。俺たちは普段、普通のおもちゃやフィギュアじゃないんだ。実は俺、『キウイブラザーズ10周年記念スペシャルシークレットグッズ プレゼント』の準備をしている秘密の世界の住人なんだよ」

「10周年のシークレットグッズの世界?」

「そうさ。1000名様に当たる『超激レアグッズ』と『ぬいぐるみ(小)2体セット』。あれを作る特別な工房があってさ。俺はそこで、ぬいぐるみの毛並みを整えたり、激レアグッズに魔法をかけたりする大事な仕事をしてたんだ。

でも、今年のフィギュア付きパックで初めて『片足立ちポーズ』が採用されるって聞いて、面白そうだから夜中にこっそり工場を抜け出して、片足立ちの練習をしてたんだよ。そしたら、間違えて出荷用のダンボールに落ちちゃって、気がついたらスーパーのパックの中に閉じ込められてたってわけさ」

グリーンは頭をかきながら、照れくさそうに笑った。

「でも、問題があってさ。実は俺の相棒のゴールドフィギュアも、俺を探しに来て一緒にダンボールに落ちちまったんだ。あいつは第1弾の『サンゴールドキウイ8個入りパック』に入っちゃったから、8月25日にどこかの誰かに買われていっちまったはずなんだ。俺たちは二人で一つのコンビだから、あいつがどこでどうしてるか、心配でたまらないんだよ」

(AIによるイメージです)

SENAは、グリーンの不安げな表情を見て、力強く頷いた。

「わかった。僕がゴールドを探すのを手伝ってあげる!」

「本当か!? でも、どうやって? 広い世界で、たった数センチのフィギュアを見つけるなんて無理だぞ」

「僕にはこれがあるからね」 SENAは、机の引き出しから、shimoのお下がりでもらったWi-Fi専用の古いスマートフォンを取り出した。

「SNSを使えば、色んな人の日常を見ることができる。キウイブラザーズのフィギュアは毎年SNSで話題沸騰なんだから、きっと誰かがゴールドの写真をアップしているはずだよ!」

SNSが映し出す、夜の街の無数の輝き

SENAはスマートフォンの画面をタップし、SNSの検索窓に「#キウイブラザーズ」「#片足立ちフィギュア」「#ゼスプリ」といったキーワードを入力した。画面には瞬く間に、全国から投稿された無数の写真とテキストが滝のように流れ込んできた。

グリーンはSENAの肩によじ登り、一緒に小さな画面を覗き込んだ。

「すげえな、人間の道具って。こんなにたくさんの仲間たちが、いろんなところにいるのか」

SENAが画面をスクロールするたびに、そこには様々な人々の生活の断片が映し出された。

一つ目の投稿は、時計の針が深夜一時を回った頃にアップされたものだった。

『今日も残業終わり。ヘトヘトだけど、スーパーで運良く最後の一個のサンゴールドキウイのパックを見つけた。オマケのゴールドフィギュア、片足で立っててなんか元気出た。キウイ食べてビタミンC補給して、明日も頑張ろう』

写真の背景には、散らかった小さなワンルームの部屋と、パソコンの光、そして半分に切られたみずみずしいサンゴールドキウイ。その横で、片足立ちのゴールドフィギュアが陽気に笑っている。

(AIによるイメージ画像です)

次の投稿は、若葉マークのついたトラックの運転席からだった。

『夜間長距離便、休憩中。実家のお袋が持たせてくれたグリーンキウイ。食物繊維のおかげで調子いい。ダッシュボードにはお守り代わりにグリーンのフィギュア。お前、よくそんな細い足で揺れる車内でも倒れないな。俺も負けずに踏ん張るわ』

さらに画面を進めると、今度は温かな間接照明に照らされたベビーベッドの写真があった。

『夜泣きが続いて3日目。ようやく眠ってくれた。音を立てないように、キッチンでこっそりキウイのシールを応募台紙に貼る。これで10枚目! ルビーレッドのシールが対象外って気づかなくて焦ったけど、無事にグリーンとサンゴールドで揃った。10周年シークレットグッズ、どうか当たりますように。いつかこの子が大きくなったら、一緒にキウイブラザーズのぬいぐるみで遊べるかな』

SENAは、流れていく一つ一つの投稿を読みながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。 画面の向こう側にいる人たちは、SENAが名前も顔も知らない見ず知らずの人たちだ。すれ違っても気づかないかもしれない。

しかし、誰もが皆、誰かの代わりなどではなく、たった一つの尊い人生を必死に生きている。華やかなスポットライトを浴びるような出来事はなくても、夜中に一人でキウイを食べる時間や、台紙にシールを貼るささやかな願いの中に、彼ら自身の切実な喜びと希望が詰まっている。

他人の豪華な生活を妬むことなく、見え透いた虚飾に流されることもなく、ただひたすらに自分の足で立ち、自分の人生を全うしようとする人々の姿。それは、まるで決して倒れることなく陽気に微笑む、片足立ちのフィギュアのようだった。

「みんな、すごく頑張ってるんだね……」 SENAがポツリとこぼすと、グリーンも静かに頷いた。

「ああ。俺たちフィギュアは、ただのおもちゃかもしれない。でも、こうやって誰かの夜の孤独に寄り添ったり、明日への小さな活力になれたりするなら、こんなに誇らしいことはないよ」

SENAはさらに検索条件を絞り込み、位置情報を近隣のエリアに設定して、直近の投稿を探した。すると、一枚の写真が目に留まった。

『明日の仕込み完了。パンの焼ける匂いって何度嗅いでも飽きないな。常連のばあちゃんがくれたサンゴールドキウイのパックに入ってたゴールドフィギュア、厨房の守り神に任命。片足でバランス取る姿が、なんだか今の自分みたいで笑える。焦らず、自分のペースでやっていこう』

投稿された写真の背景には、SENAも見覚えのある、駅前の小さなパン屋のレンガ造りのオーブンが写っていた。その手前で、小麦粉を少し被ったゴールドフィギュアが、右足を上げて得意げに笑っている。

「ここだ! 駅前のパン屋『こむぎの星』だよ! shimoと休みの日の朝によく行くお店だ!」 SENAが声を弾ませると、グリーンは画面の中の相棒の姿をじっと見つめた。

「ゴールド……こんなところにいたのか。小麦粉まみれになりやがって、相変わらずドジだな」 グリーンの声には、安堵と、少しの寂しさが入り混じっていた。

「会いに行こうか? 今ならまだお店の電気がついてるかもしれない。窓の外からなら見えるかも!」 SENAの提案に、グリーンはしばらく黙って画面を見つめていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。

夜明けの空と、それぞれの場所で生きる意味

「いや、いいんだ。行かなくて」 グリーンの言葉に、SENAは驚いて振り返った。

「どうして? ずっと探してたんでしょ?」

「ああ。あいつが泣いてないか、迷子になって震えてないか心配だった。でも、この写真を見たらわかったよ。あいつはあいつで、あのパン屋の兄ちゃんのために必死に『守り神』の役目を果たそうとしてる。あの場所が、今のあいつの居場所なんだ。俺がしゃしゃり出て行って、あいつを連れ戻す権利なんてないさ」

グリーンは、SENAの目を真っ直ぐに見上げて言った。

「俺たちはコンビだけど、いつも同じ場所にいなきゃいけないわけじゃない。あいつはあそこで、パン屋の兄ちゃんの背中を押している。なら俺は、この部屋で、お前が笑って毎日を過ごせるように見守る。それでいいんだよ。誰かと比べる必要なんてない。あいつはあいつの人生を、俺は俺の人生を、精一杯やるだけさ」

他者の生き方を尊重し、自分の置かれた場所で全力を尽くす。その静かで力強い決意に、SENAは深く頷いた。

「うん。グリーンは僕の、最高のお友達だよ」

「へへっ、照れるぜ。それにしても、人間ってすげえな。こんな小さな画面一つで、会ったこともない誰かの頑張りを知って、自分も頑張ろうって思えるんだから。お前ら人間こそ、本物の魔法使いみたいだ」

時計の針が動き、窓の外の空が、ほんのりと白み始めていた。夜が明けようとしている。遠くから、新聞配達のバイクの音が微かに聞こえてきた。新しい一日が、また世界中のあらゆる場所で始まろうとしているのだ。

「そろそろ時間だ。太陽が昇ると、俺たちは元のフィギュアに戻っちまう。魔法が解ける時間だ」 グリーンは、机の上の特等席へと歩いていき、コホンと咳払いをして姿勢を正した。

「SENA。俺を見つけてくれて、大事にしてくれてありがとう。俺たちフィギュアは言葉を話せなくなるけど、いつだってお前たち人間を応援してるからな。辛い時は、俺のこの陽気すぎる片足立ちポーズを見て笑ってくれよ」

「グリーン……さよならなの?」

「さよならじゃないさ。ずっとここにいる。ただの動かないおもちゃとしてな。でも、心はずっと繋がってる。そうだ、お礼に一つ魔法をかけておくよ」

グリーンはウインクをして、右手をパチンと鳴らした。

「お前が一生懸命集めているシール。10枚貯まって応募したら、『10周年記念スペシャルシークレットグッズ』が、きっとお前のところに届くように、秘密の工場に念を送っておいたぜ。来年の春、3月か4月頃を楽しみに待ってな!」

その言葉を最後に、グリーンの体からふっと力が抜け、元の硬いプラスチックの質感へと戻っていった。高々と上げた右足、広げた両手。それは昨日スーパーで出会った時と全く同じ、完璧なバランスで自立する、ただのフィギュアだった。

(実物とは異なります)

SENAは、動かなくなったグリーンフィギュアをそっと指先で撫でた。 「ありがとう、グリーン。僕も、僕の場所で頑張るよ」

再び眠りについたSENAが目を覚ますと、朝日が窓から差し込み、部屋の中を黄金色に染め上げていた。

ドアが開き、エプロン姿のshimoが顔を覗かせた。

「おはよう、SENA。今日は随分早起きだな。よく眠れたか?」

「おはよう、shimo! うん、すごくよく眠れたよ!」

SENAは元気よく布団から飛び出した。 「朝ご飯、なに? 僕、キウイ食べたい! シール、あと3枚集めなきゃいけないし!」

「ははは、キウイの日だからな。朝から食物繊維たっぷりのグリーンキウイで、元気に一日を始めよう」

shimoは笑いながらSENAの頭を撫でた。その大きくて温かい手の感触に、SENAは心からの安心を感じた。

朝の光に照らされた机の上で、片足立ちのグリーンフィギュアは、静かに二人を見守っている。

世界は、無数の人々がそれぞれの場所で、誰かを想い、何かのために汗を流し、互いに支え合いながら回っている。豪華な見返りがなくても、他人の目に触れなくても、その一瞬一瞬の営みこそが、何よりも尊く美しい。

SENAは、これから生きていく長い日々の中で、今日という9月1日の奇跡を忘れることはないだろう。地に足をつけ、時には片足でバランスを崩しそうになりながらも、決して倒れることなく陽気に前を向く。そんな人々の姿を胸に刻みながら、SENAは新しい朝の光の中へと、力強く最初の一歩を踏み出した。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.zespri.com/ja-JP/campaign/mustbuy_kb10th
https://www.zespri-jp.com/news/2026/bros_figure_package.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000156.000015230.html
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ba7123192ec0bb8fee664850b7d0308b66b4cb9chttps://zatsuneta.com/archives/109014.html