髪の毛の色を染め直しました

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

髪の毛の色を染め直しました。なかなか自分の思い描いたちょうどいい色の具合にはなりません。もう今年で52歳になるので、髪の毛を染めなければ多分白髪も相当目立つと思います。

髪の毛を染めるようになって何年ぐらい経つのか正確には分かりませんが、もう数年は定期的に髪の毛を染めるようになっています。


昨夜の北グラウンド

前回はどこかのドラッグストアで買った、粉と水を混ぜて泡状の薬剤を作り、その泡を髪の毛に塗りたくって染めるタイプでしたが、なぜか思ったよりもかなり明るい色になってしまいました。ダークグレーと言われる色のはずなのに、少し時間が経つともう金髪と言っていい位の色でした。

その写真を載せておきます。

そして、新年度に入ったので、また少し気分を変えようと思い、前回とは違う色の染髪剤を選んでみました。

今までがかなり明るい色だったので、今度は少し暗めの色にしようと思ってアッシュグレーと言う色を選んでみました。

すると、今まで見慣れていた明るい髪と比べているからか、かなり黒に近い色になってしまい、まだ見慣れてないせいもあり、何だかカツラをかぶっているみたいになりました。

とりあえず、現在の画像はこちら。

とまぁ、何でもない平凡な日々ですが、こうして男性が普通に白髪を隠すためにヘアカラーをすることが比較的普通なことになってきたのは、ここ10年位のことでしょうか?


今朝の北グラウンド

私の娘が生まれた頃の写真やビデオを見直してみると、今の私と近い年代の人たちの髪の毛は普通に白髪が目立っていました。

その頃は、身近に薬局やドラッグストアなどで男性用の染髪料が手軽に買えなかったり、もうおしゃれと言うよりも本当に白髪を染めるためだけのカラーリングだったので、色にバリエーションもなく、当時の人たちからすれば少し抵抗感があったのかもしれません。

それが今では、選ぶのが難しいほど豊富な色の種類があり、ドラッグストアでもコンビニでもいつでもどこでも買えるし、52歳のおっさんも髪の毛を染めること自体が既に市民権を得ていて、本当に良い時代になったなぁと実感します。


本日の地下鉄南北線 志茂駅付近

ただ、欲を言えば、なかなか自分のイメージするような色が出ないことくらいでしょうか。

まぁ髪の毛を染め直したばかりなので、少し違和感がありますが、何日か髪の毛を洗えば色合いも落ち着いてくるのかもしれません。

いずれにしても、昔の写真やビデオを見ると、今の私と同じ位の年齢の方々も髪の毛の色だけ見ると、とても今の私と同じ位の歳とは思えません。

それだけ時代が進み、染髪剤や薬剤の技術や品質が向上したことの証なんだろうなぁと思います。

本当に本当に何でもない雑談ですが、こんな話題にこそ平凡であるが故の豊かさや幸せが理解できるのかもしれません。

さぁさぁ、日進月歩の日々の記録をこうして少しでも残しながら、日々を楽しく豊かに歩んでいく工夫を記録に残しておきたいと思います。

今日も1日楽しく過ごしましょう!

『怒り』の反対は『理解』

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

今日は久しぶりに良い言葉を教えてもらいました。

それは怒りと理解の関係です。


今朝の北グラウンド

私たちは毎日平凡な日々を過ごしていますが、それでも腹が立ったしたり頭にきたりするような事は少なくないと思います。

どれだけ誠実で謙虚に1日を過ごしたとしても、やはり人間は神様や仏様ではないので、どうしても感情に心が揺れることがあって当然です。

他人との会話のやり取りの中で、どうしても怒りやイラ立ち、腹が立ったり頭に来たり、と言う感情が湧く時があります。

そんな時に思い出すと効果が大きい言葉を今日は教わりました。

皆さんは、『怒り』の反対は何と言う言葉になると思いますか?

『怒り』という言葉の反対は『理解』だそうです。

それはひらがなで書いてみるとよくわかるのですが、『いかり』を逆に読むと、『りかい』読むことができることがわかります。

イライラしたり腹が立ったり頭にくる『怒り』の感情を反対側から読み解くことにより、他人との関係において理解に発展するということなんだと思います。

この言葉の理解について、私は初めて気が付きました。


今朝の志茂町公園

もうすでに、この怒りと理解の言葉の関係について知っている人も多いかもしれません。

私はこの言葉を聞いて、よく気付いた人がいるなと思いす。

今現在、私の身近なコミュニティの中にも、意図しない言葉のやりとりから、つまらない行き違いが生じてしまい、そのコミュニティから抜けるとか受けないとか、その人とはやっていけるとかやっていけないとかと言う人たちがいます。

私ももう大人でもあるので、ただただ話せばわかるみたいなきれいごとではないのが人の感情だということもよく知っています。

だから怒りを反対から読めば理解と言うことが、人によってはただの言葉遊びにしか聞こえないかもしれないということもよく解ります。

ただ、それでも人と言うのは必ず他人とコミニケーションをとらなければなりません。

そして、人はそれぞれみんながみんな一人一人全く違う環境で生きてきたので、自分が正しいと思うことや価値観や感性、その他見たり聞いたりするは一人一人全く違う見え方があって当然です。

だから、自分が思っていることや見えている世界が正しいと思い込んでいると、どうしても他人のことを理解をしたり共感をしたりすることが難しくなる場合があります。

そんな時に、『怒り』を反対から読むと『理解』と言う言葉になるということを知っているだけで、そんなイライラしたり腹が立ったりするような感情が起こり難くなるかもしれないし、他人を理解するような視点から見るためにはどうしたら良いのだろうか?と言うような思考回路も働くかもしれません。

私は久しぶりに面白くて、良い言葉を聞いたなと感じました。

『怒り』の反対は『理解』

私たちは、日々平凡な生活を送っていますが、その中でも怒りの感情を理解に変化させるためには、怒った時やイライラしたときの感情を反対側から見てみる。そんな習慣をつければ良いのではないかなぁと言う示唆を得たと思います。

平凡な日々の毎日でも、まだまだ知らないことや新しい考えに触れることが新鮮に思えてなりません。

今日も1日平凡な生活を誠実に謙虚に送りたいと思います。

さぁ今日も1日良い1日にしましょう!