『9月1日キウイの日に片足立ちフィギュアが動く夜』(架空で空想のショートストーリー)※画像はAIによるイメージを含みます
9月1日、夕暮れのスーパーマーケットと緑の出会い
2026年、令和8年9月1日。
夕暮れ時の空は、夏の名残である濃い青色から、秋の気配を帯びた淡い茜色へとゆっくりと移ろい始めていた。
日中の焼け付くような暑さは少しばかり和らぎ、乾いた風が街路樹の葉を微かに揺らして通り抜けていく。アスファルトに落ちる影が長く伸びる頃、街は家路を急ぐ人々の足音と、夕飯の支度を思わせる温かな匂いに包まれ始めていた。
SENAは、父親であるshimoと並んで、近所の大型スーパーマーケットへと歩いていた。SENAの小さな手は、shimoの少しごつごつとした、しかしどこまでも温かく安心感のある手にしっかりと握られている。

shimoは今日も朝から晩まで汗を流して働き、迎えに来てくれた。彼の作業着には微かに土の匂いと、一生懸命に一日を駆け抜けた者の真摯な香りが染み付いている。高価なスーツを着ているわけでも、誰もが羨むような高級車に乗っているわけでもない。
けれどもSENAにとって、目の前の道を真っ直ぐに歩き、誰に対しても礼儀正しく、決して他人の悪口を言わないshimoの背中は、この世界の何よりも大きく、誇らしいものだった。
「今日は、特別な日なんだぞ、SENA」
スーパーマーケットの自動ドアをくぐり、涼しい冷気に包まれながら、shimoは優しく微笑んで言った。SENAは見上げる。
「特別な日? 誰かの誕生日?」
「いや、誕生日は誕生日でも、果物の誕生日みたいなものかな。今日、9月1日は『キウイの日』なんだよ」
shimoはカートを引きながら、色鮮やかな野菜や果物が並ぶ青果コーナーへと歩を進めた。 「9月1日は『キュー(九)イ(一)』と読む語呂合わせから、ゼスプリ インターナショナルジャパン株式会社が制定した記念日なんだ。夏の暑さで疲れが溜まっている体や、弱った肌を癒して、多くの人に健康になってもらいたいっていう、優しい想いが込められているんだよ」
SENAの目の前には、茶色い産毛に覆われたキウイフルーツが、山のように積まれていた。
「キウイって、昔からあるの?」
「いいや。実はね、1906年にニュージーランドの人たちが、中国原産のオニマタタビっていう植物の品種改良に成功したのが始まりなんだ。それから1934年頃から本格的に栽培が始まって、世界中に広まった。名前の由来も面白いんだぞ。1959年にニュージーランドからアメリカへ輸出されるようになった時、ニュージーランドのシンボルである飛べない鳥『キーウィ』にちなんで命名されたんだ。見た目が似ているから名付けられたって勘違いされがちだけど、実はそうじゃないらしいんだよな」
shimoの物知りな言葉に、SENAは感心したようにキウイを見つめた。しかし、SENAの視線はすぐに、キウイの山の隣に特別に設けられた特設コーナーへと釘付けになった。そこには、ポップで可愛らしいキャラクターが描かれた看板が立てられていた。
『毎年SNSで話題沸騰! 数量限定 キウイブラザーズ フィギュア付きパック 販売スタート!』

SENAの目が輝いた。キウイブラザーズのフィギュア付きパックは、2019年に登場して以来、毎年大人気となっている商品だ。今年で8年目を迎えるこの企画は、発売されるたびにインターネットのSNS上で無数の写真が投稿され、瞬く間に店頭から姿を消してしまうほど熱狂的なファンを持っている。
「あ! shimo、これ! 欲しかったやつだ!」
「おお、そうだったな。実は、8月25日から第1弾が発売されていたんだ。ゼスプリ サンゴールドキウイが8個入ったパックで、ゴールドのフィギュアが付いていたんだけど……仕事帰りにいくつか店を回った時には、もうどこも売り切れで手に入らなかったんだ。ごめんな」
shimoは少し申し訳なさそうに眉を下げる。しかしSENAは全く気にする素振りを見せなかった。誰かが持っているものを羨んだり、手に入らなかったことを嘆いたりするよりも、今目の前にある出会いを大切にする。それが、shimoの背中を見て育ったSENAの自然な心のあり方だった。
「ううん、全然いいよ! だって今日から第2弾が始まるって、ネットのニュースで見たもん!」
SENAの言う通り、今日九月一日は第2弾の発売日だった。売り場に積まれているのは、『ゼスプリ グリーンキウイ 7個入りパック』。そしてそこには、緑色のボディに愛らしい瞳を持った「グリーンのフィギュア」が一つ、ちょこんと封入されていた。
「今年のフィギュアはすごいんだよ、shimo。なんと、キウイブラザーズのフィギュアとして初めての『片足立ちポーズ』なんだって!」
SENAがパックを手に取ると、透明なプラスチック越しに、右足を高々と上げ、両手を広げて陽気すぎるポーズを決めるグリーンフィギュアの姿が見えた。これまでの立ち姿や座り姿とは一線を画す、アクロバティックで楽しげなその姿に、SENAは思わず笑顔をこぼした。
(AIによるイメージです)
「本当だ、見事に片足で立ってるな。バランスを取るのが難しそうなのに、すごく楽しそうに笑っている。よし、今日はキウイの日だし、このグリーンキウイのパックを買って帰ろう」
「やったあ! ありがとう、shimo!」
夕食の買い物を済ませ、二人は家路についた。空はすっかり暗くなり、街路灯が等間隔に温かなオレンジ色の光を落としている。すれ違う人々は皆、それぞれの事情とそれぞれの想いを抱えて歩いている。
疲れた顔でうつむく会社員、楽しそうに笑い合う学生たち、自転車を漕ぐ配達員。彼ら一人ひとりに名前があり、帰る場所があり、誰にも代わることのできない物語がある。SENAは、shimoと手を繋いで歩くこの何気ない帰り道が、たまらなく好きだった。
食卓の風景と、隠された10周年の秘密
アパートに帰り、shimoが手際よく夕食を作り終えると、二人は向かい合って食卓を囲んだ。飾り気のない、しかし栄養満点で愛情の込もった温かい食事が、SENAのお腹と心を満たしていく。そして食後のデザートとして、shimoが先ほど買ってきたグリーンキウイを半分に切り、スプーンを添えて出してくれた。

「グリーンキウイはね、甘みと酸味のバランスがとても良くて、なんといっても食物繊維が豊富なんだ。夏の疲れが溜まった体には最高のご馳走だよ。ちなみに、サンゴールドキウイの方はトロピカルな風味で甘みが強くて、ビタミンCがたっぷりなんだ」
shimoの説明を聞きながら、SENAはスプーンで鮮やかな緑色の果肉をすくい、口に運んだ。みずみずしい果汁と、爽やかな酸味、そして奥深い甘みが口いっぱいに広がる。小さな黒い種がプチプチと弾ける食感も楽しい。
キウイを食べ終えると、SENAはパックから慎重にグリーンフィギュアを取り出した。高さ数センチの手のひらサイズのフィギュアは、近くで見るとさらに愛嬌があった。片足でピンと立ち、両手を広げたその姿は、見ているだけでこちらまで元気になってくるような不思議な魅力に溢れている。製造工程の都合で生じるわずかな塗装のズレさえも、世界に一つだけの個性のように思えて愛おしかった。
「そういえば、SENA。キウイに貼ってあったシール、捨ててないだろうな?」
shimoが台所の片付けをしながら声をかけた。
「うん! Zespriって書いてあるシールでしょ? ちゃんと取ってあるよ」
「よし。実は今、ゼスプリで特別なキャンペーンをやっているんだ。『キウイブラザーズ10周年記念スペシャルシークレットグッズ プレゼント』っていう、すごく大きなイベントなんだよ」
shimoはテーブルを拭きながら、スマートフォンでゼスプリの公式サイトを開き、SENAに見せた。
「見てごらん。応募期間は2026年10月31日、土曜日まで。当日消印有効だ。ゼスプリキウイについているシールを十枚集めて応募台紙に貼り、ハガキで応募するんだ。抽選で全国から1000名様に、『10周年限定! 超激レアグッズ + ぬいぐるみ(小) 2体セット』が当たるんだぞ」
「超激レアグッズ……! なんだろう、すごい秘密の宝物なのかな」 SENAは目を輝かせた。
「ああ、きっと特別なものに違いない。ゼスプリのマークが入ったシールが対象なんだけど、一つだけ注意が必要なんだ。今回は『ルビーレッド』のシールは応募対象外になっているから、グリーンかサンゴールドのシールを集めないといけない。宛先は神田郵便局の私書箱で、当選した人には2027年の3月下旬から4月上旬頃に賞品が届く予定になっているんだ」
「シール10枚かぁ。今日買ったパックには7個入ってたから、シールは7枚。あと3つ食べたら応募できるね!」
「そうだな。毎日少しずつ食べて、健康になりながらシールを集めよう。こういうささやかな楽しみがあるって、すごく素敵なことだと思わないか?」
shimoの言葉に、SENAは深く頷いた。世の中には、何万円もするゲーム機や、豪華な海外旅行を自慢する人たちもいるかもしれない。
しかしSENAにとっては、大好きなshimoと一緒にスーパーでキウイを選び、シールを一枚一枚大切に台紙に貼り付け、まだ見ぬ「シークレットグッズ」に想いを馳せるこの時間が、何物にも代えがたい幸福だった。幸せの形は誰かに決められるものではない。自分自身の心が「楽しい」「嬉しい」と感じるその瞬間にこそ、本物の光が宿っているのだ。
SENAは、片足立ちのグリーンフィギュアを自分の学習机の特等席に飾った。
(AIによるイメージです)
窓の外からは、秋の虫たちの微かな鳴き声が聞こえてくる。 「おやすみ、グリーン。うちに来てくれてありがとう」 SENAは小さく呟き、布団に潜り込んだ。心地よい疲労感と共に、深い眠りが彼を包み込んでいった。
夜12時の奇跡。片足立ちフィギュアが動く夜
どれくらいの時間が経っただろうか。 SENAはふと、小さな物音で目を覚ました。部屋の中は静寂に包まれており、窓から差し込む青白い月明かりだけが、床に四角い光の模様を描いている。壁掛け時計の針は、ちょうど深夜の12時を少し回ったところを指していた。
「……あー、疲れた。マジで疲れた。なんで俺だけこんなポーズなんだよ。やっと両足で立てるぜ……」
信じられないことに、声は机の上から聞こえてきた。 SENAが布団から身を乗り出し、目をこすりながら机の上を覗き込むと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
つい数時間前までプラスチックのように固まっていたはずのグリーンフィギュアが、高々と上げていた右足をゆっくりと下ろし、両足をしっかりと机につけて、ふうっと大きく息を吐き出していたのだ。さらには、両手を腰に当てて、腰をぐるぐると回してストレッチまで始めている。
(AIによるイメージです)
「えっ……動いてる……?」 SENAが思わず声に出すと、グリーンフィギュアはビクッと肩を震わせ、クルリとこちらを振り向いた。
「うわっ! 起きてたのか、人間の子ども! しまった、見られた!」 フィギュアは慌てて右足を上げ、両手を広げて元の「陽気すぎる片足立ちポーズ」に戻ろうとしたが、足がプルプルと震えてバランスを崩し、コテッと尻餅をついてしまった。
「いてて……もう無理。8月25日からずっと、パッケージの中で出荷待ちの時からこのポーズで固まってたんだぞ。足がつりそうだよ」 グリーンフィギュアは諦めたように足を投げ出し、ぺたんと座り込んだ。
(AIによるイメージです)
「君、妖精なの?」 SENAは怖がるどころか、好奇心に満ちた瞳で机に近づいた。
「妖精っていうか、まあそんなもんだ。俺たちは普段、普通のおもちゃやフィギュアじゃないんだ。実は俺、『キウイブラザーズ10周年記念スペシャルシークレットグッズ プレゼント』の準備をしている秘密の世界の住人なんだよ」
「10周年のシークレットグッズの世界?」
「そうさ。1000名様に当たる『超激レアグッズ』と『ぬいぐるみ(小)2体セット』。あれを作る特別な工房があってさ。俺はそこで、ぬいぐるみの毛並みを整えたり、激レアグッズに魔法をかけたりする大事な仕事をしてたんだ。
でも、今年のフィギュア付きパックで初めて『片足立ちポーズ』が採用されるって聞いて、面白そうだから夜中にこっそり工場を抜け出して、片足立ちの練習をしてたんだよ。そしたら、間違えて出荷用のダンボールに落ちちゃって、気がついたらスーパーのパックの中に閉じ込められてたってわけさ」
グリーンは頭をかきながら、照れくさそうに笑った。
「でも、問題があってさ。実は俺の相棒のゴールドフィギュアも、俺を探しに来て一緒にダンボールに落ちちまったんだ。あいつは第1弾の『サンゴールドキウイ8個入りパック』に入っちゃったから、8月25日にどこかの誰かに買われていっちまったはずなんだ。俺たちは二人で一つのコンビだから、あいつがどこでどうしてるか、心配でたまらないんだよ」
(AIによるイメージです)
SENAは、グリーンの不安げな表情を見て、力強く頷いた。
「わかった。僕がゴールドを探すのを手伝ってあげる!」
「本当か!? でも、どうやって? 広い世界で、たった数センチのフィギュアを見つけるなんて無理だぞ」
「僕にはこれがあるからね」 SENAは、机の引き出しから、shimoのお下がりでもらったWi-Fi専用の古いスマートフォンを取り出した。
「SNSを使えば、色んな人の日常を見ることができる。キウイブラザーズのフィギュアは毎年SNSで話題沸騰なんだから、きっと誰かがゴールドの写真をアップしているはずだよ!」
SNSが映し出す、夜の街の無数の輝き
SENAはスマートフォンの画面をタップし、SNSの検索窓に「#キウイブラザーズ」「#片足立ちフィギュア」「#ゼスプリ」といったキーワードを入力した。画面には瞬く間に、全国から投稿された無数の写真とテキストが滝のように流れ込んできた。
グリーンはSENAの肩によじ登り、一緒に小さな画面を覗き込んだ。

「すげえな、人間の道具って。こんなにたくさんの仲間たちが、いろんなところにいるのか」
SENAが画面をスクロールするたびに、そこには様々な人々の生活の断片が映し出された。
一つ目の投稿は、時計の針が深夜一時を回った頃にアップされたものだった。
『今日も残業終わり。ヘトヘトだけど、スーパーで運良く最後の一個のサンゴールドキウイのパックを見つけた。オマケのゴールドフィギュア、片足で立っててなんか元気出た。キウイ食べてビタミンC補給して、明日も頑張ろう』
写真の背景には、散らかった小さなワンルームの部屋と、パソコンの光、そして半分に切られたみずみずしいサンゴールドキウイ。その横で、片足立ちのゴールドフィギュアが陽気に笑っている。
(AIによるイメージ画像です)
次の投稿は、若葉マークのついたトラックの運転席からだった。
『夜間長距離便、休憩中。実家のお袋が持たせてくれたグリーンキウイ。食物繊維のおかげで調子いい。ダッシュボードにはお守り代わりにグリーンのフィギュア。お前、よくそんな細い足で揺れる車内でも倒れないな。俺も負けずに踏ん張るわ』
さらに画面を進めると、今度は温かな間接照明に照らされたベビーベッドの写真があった。
『夜泣きが続いて3日目。ようやく眠ってくれた。音を立てないように、キッチンでこっそりキウイのシールを応募台紙に貼る。これで10枚目! ルビーレッドのシールが対象外って気づかなくて焦ったけど、無事にグリーンとサンゴールドで揃った。10周年シークレットグッズ、どうか当たりますように。いつかこの子が大きくなったら、一緒にキウイブラザーズのぬいぐるみで遊べるかな』
SENAは、流れていく一つ一つの投稿を読みながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。 画面の向こう側にいる人たちは、SENAが名前も顔も知らない見ず知らずの人たちだ。すれ違っても気づかないかもしれない。
しかし、誰もが皆、誰かの代わりなどではなく、たった一つの尊い人生を必死に生きている。華やかなスポットライトを浴びるような出来事はなくても、夜中に一人でキウイを食べる時間や、台紙にシールを貼るささやかな願いの中に、彼ら自身の切実な喜びと希望が詰まっている。
他人の豪華な生活を妬むことなく、見え透いた虚飾に流されることもなく、ただひたすらに自分の足で立ち、自分の人生を全うしようとする人々の姿。それは、まるで決して倒れることなく陽気に微笑む、片足立ちのフィギュアのようだった。
「みんな、すごく頑張ってるんだね……」 SENAがポツリとこぼすと、グリーンも静かに頷いた。
「ああ。俺たちフィギュアは、ただのおもちゃかもしれない。でも、こうやって誰かの夜の孤独に寄り添ったり、明日への小さな活力になれたりするなら、こんなに誇らしいことはないよ」
SENAはさらに検索条件を絞り込み、位置情報を近隣のエリアに設定して、直近の投稿を探した。すると、一枚の写真が目に留まった。
『明日の仕込み完了。パンの焼ける匂いって何度嗅いでも飽きないな。常連のばあちゃんがくれたサンゴールドキウイのパックに入ってたゴールドフィギュア、厨房の守り神に任命。片足でバランス取る姿が、なんだか今の自分みたいで笑える。焦らず、自分のペースでやっていこう』
投稿された写真の背景には、SENAも見覚えのある、駅前の小さなパン屋のレンガ造りのオーブンが写っていた。その手前で、小麦粉を少し被ったゴールドフィギュアが、右足を上げて得意げに笑っている。
「ここだ! 駅前のパン屋『こむぎの星』だよ! shimoと休みの日の朝によく行くお店だ!」 SENAが声を弾ませると、グリーンは画面の中の相棒の姿をじっと見つめた。
「ゴールド……こんなところにいたのか。小麦粉まみれになりやがって、相変わらずドジだな」 グリーンの声には、安堵と、少しの寂しさが入り混じっていた。
「会いに行こうか? 今ならまだお店の電気がついてるかもしれない。窓の外からなら見えるかも!」 SENAの提案に、グリーンはしばらく黙って画面を見つめていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。
夜明けの空と、それぞれの場所で生きる意味
「いや、いいんだ。行かなくて」 グリーンの言葉に、SENAは驚いて振り返った。
「どうして? ずっと探してたんでしょ?」
「ああ。あいつが泣いてないか、迷子になって震えてないか心配だった。でも、この写真を見たらわかったよ。あいつはあいつで、あのパン屋の兄ちゃんのために必死に『守り神』の役目を果たそうとしてる。あの場所が、今のあいつの居場所なんだ。俺がしゃしゃり出て行って、あいつを連れ戻す権利なんてないさ」
グリーンは、SENAの目を真っ直ぐに見上げて言った。
「俺たちはコンビだけど、いつも同じ場所にいなきゃいけないわけじゃない。あいつはあそこで、パン屋の兄ちゃんの背中を押している。なら俺は、この部屋で、お前が笑って毎日を過ごせるように見守る。それでいいんだよ。誰かと比べる必要なんてない。あいつはあいつの人生を、俺は俺の人生を、精一杯やるだけさ」
他者の生き方を尊重し、自分の置かれた場所で全力を尽くす。その静かで力強い決意に、SENAは深く頷いた。
「うん。グリーンは僕の、最高のお友達だよ」
「へへっ、照れるぜ。それにしても、人間ってすげえな。こんな小さな画面一つで、会ったこともない誰かの頑張りを知って、自分も頑張ろうって思えるんだから。お前ら人間こそ、本物の魔法使いみたいだ」
時計の針が動き、窓の外の空が、ほんのりと白み始めていた。夜が明けようとしている。遠くから、新聞配達のバイクの音が微かに聞こえてきた。新しい一日が、また世界中のあらゆる場所で始まろうとしているのだ。
「そろそろ時間だ。太陽が昇ると、俺たちは元のフィギュアに戻っちまう。魔法が解ける時間だ」 グリーンは、机の上の特等席へと歩いていき、コホンと咳払いをして姿勢を正した。
「SENA。俺を見つけてくれて、大事にしてくれてありがとう。俺たちフィギュアは言葉を話せなくなるけど、いつだってお前たち人間を応援してるからな。辛い時は、俺のこの陽気すぎる片足立ちポーズを見て笑ってくれよ」
「グリーン……さよならなの?」
「さよならじゃないさ。ずっとここにいる。ただの動かないおもちゃとしてな。でも、心はずっと繋がってる。そうだ、お礼に一つ魔法をかけておくよ」
グリーンはウインクをして、右手をパチンと鳴らした。
「お前が一生懸命集めているシール。10枚貯まって応募したら、『10周年記念スペシャルシークレットグッズ』が、きっとお前のところに届くように、秘密の工場に念を送っておいたぜ。来年の春、3月か4月頃を楽しみに待ってな!」
その言葉を最後に、グリーンの体からふっと力が抜け、元の硬いプラスチックの質感へと戻っていった。高々と上げた右足、広げた両手。それは昨日スーパーで出会った時と全く同じ、完璧なバランスで自立する、ただのフィギュアだった。
(実物とは異なります)
SENAは、動かなくなったグリーンフィギュアをそっと指先で撫でた。 「ありがとう、グリーン。僕も、僕の場所で頑張るよ」
再び眠りについたSENAが目を覚ますと、朝日が窓から差し込み、部屋の中を黄金色に染め上げていた。
ドアが開き、エプロン姿のshimoが顔を覗かせた。
「おはよう、SENA。今日は随分早起きだな。よく眠れたか?」
「おはよう、shimo! うん、すごくよく眠れたよ!」
SENAは元気よく布団から飛び出した。 「朝ご飯、なに? 僕、キウイ食べたい! シール、あと3枚集めなきゃいけないし!」
「ははは、キウイの日だからな。朝から食物繊維たっぷりのグリーンキウイで、元気に一日を始めよう」
shimoは笑いながらSENAの頭を撫でた。その大きくて温かい手の感触に、SENAは心からの安心を感じた。
朝の光に照らされた机の上で、片足立ちのグリーンフィギュアは、静かに二人を見守っている。
世界は、無数の人々がそれぞれの場所で、誰かを想い、何かのために汗を流し、互いに支え合いながら回っている。豪華な見返りがなくても、他人の目に触れなくても、その一瞬一瞬の営みこそが、何よりも尊く美しい。
SENAは、これから生きていく長い日々の中で、今日という9月1日の奇跡を忘れることはないだろう。地に足をつけ、時には片足でバランスを崩しそうになりながらも、決して倒れることなく陽気に前を向く。そんな人々の姿を胸に刻みながら、SENAは新しい朝の光の中へと、力強く最初の一歩を踏み出した。
(完)
このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.zespri.com/ja-JP/campaign/mustbuy_kb10th
https://www.zespri-jp.com/news/2026/bros_figure_package.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000156.000015230.html
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ba7123192ec0bb8fee664850b7d0308b66b4cb9chttps://zatsuneta.com/archives/109014.html
