小渕優子インナーの決断 〜永田町・狂騒の24時間〜(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージです
第1章:サバ缶とポピュリズムの夏
茹だるような永田町の日常
令和8年、2026年6月25日。 梅雨明けを待たずして、東京の空には容赦ない真夏の太陽が照りつけていた。アスファルトから立ち昇る陽炎が、国会議事堂の重厚なシルエットをぐにゃりと歪ませている。永田町を歩く人々の顔には一様に疲労の色が濃く、すれ違う議員秘書たちは汗だくになりながら、鳴り止まないスマートフォンの画面を苛立たしげに見つめていた。

全国紙の政治部に所属する中堅記者、shimoは、自民党本部の記者クラブで額の汗をハンカチで拭っていた。冷房は効いているはずなのだが、今日ばかりはフロア全体に異様な熱気が充満しており、肌にまとわりつくような湿度が不快指数を跳ね上げている。
「先輩、これ、見てくださいよ」
向かいの席にドカッと座り込んだのは、後輩記者のSENAだった。入社4年目の彼は、現代の若者らしくスマートなスーツを着こなしているが、その手には不釣り合いなほど生活感の漂うコンビニのビニール袋が握られていた。
「どうした、またお昼の弁当の愚痴か?」 shimoが苦笑しながら尋ねると、SENAは袋からプラスチックの容器を乱暴に取り出し、机の上に置いた。
「カツ丼と、このちっちゃいサラダ。あとペットボトルのお茶。これだけで、なんと1,680円ですよ!? 令和の初め頃なら、1,000円札一枚でお釣りが来たっていうじゃないですか。俺の給料、半分以上が食費で消えちゃいますよ。もう限界っす。毎日サバ缶で白飯食う生活に戻るしかないっすよ」
SENAの嘆きは、決して大げさなものではなかった。2024年頃から急激に加速した物価高は、2026年の今になっても収束の兆しを見せていない。長引く円安、地政学的リスクによるエネルギー価格の高騰、そして気候変動による農作物の不作。あらゆる要因が複雑に絡み合い、日本の物価を容赦なく押し上げていた。スーパーの棚からは特売品の札が消え、庶民の財布の紐はかつてないほど固く結ばれている。
「だからこそ、アレですよ、アレ。今日、超党派の国民会議がぶち上げた『食料品消費税率1%案』。あれ、マジで早く実現してくれませんかねえ。食料品だけでも1%になれば、俺のエンゲル係数も少しはマシになるってもんですよ」
SENAはカツ丼の蓋を開けながら、無邪気にそう言った。その顔には、目先の生活苦から解放されるかもしれないという淡い期待が浮かんでいる。
政治の劇薬
shimoは、半分ほど残っていた缶コーヒーを飲み干し、静かにSENAの目を見据えた。
「お前、政治部記者の端くれのくせに、あの案がどれだけヤバい『劇薬』か、本当に分かってないのか?」
「え? 劇薬ですか? だって、税金が下がるんですよ? 庶民の味方じゃないですか。今の8%の軽減税率から1%になれば、みんな大喜びっすよ」
「だから、お前は甘いんだよ」shimoはため息をついた。「政治に興味のない一般市民がそう思うのは無理もない。毎日の生活が苦しいんだ、目先の負担が減るならそれに飛びつきたくなるのは人情だ。だがな、SENA。政治家や俺たちメディアの人間が、その表面的な甘い言葉に踊らされてどうする。あれは典型的な、そして極めて悪質なポピュリズム(大衆迎合主義)だ」
SENAは箸を止めた。「ポピュリズム……。でも、物価高で苦しんでいる人を助けるのは政治の役割じゃないんですか?」
「助ける方法が間違っていると言っているんだ」shimoは語気を強めた。「今日の午後、自民党本部の9階で開かれる税制調査会の幹部会合……通称『インナー』で、その1%案が俎上に載る。そして、あの部屋の中で、これから日本の未来を左右する凄惨な殺し合い……いや、壮絶な権力闘争が起きるはずだ。俺たちは、その目撃者にならなきゃいけないんだよ」

第2章:劇薬「消費税1%案」の正体と市民生活への影響
減税という名の甘い罠
昼食を終え、shimoとSENAは自民党本部内の喫茶室へ移動した。周囲には他社の記者たちも集まり、誰もが午後の「インナー」の動向を探るべく、情報交換という名の腹の探り合いを行っていた。
「先輩、さっきの『食料品消費税率1%案』が劇薬だって話、もっと詳しく教えてくださいよ。なんでダメなんですか?」
SENAがアイスコーヒーのストローを弄りながら尋ねてきた。読者の目線に近い彼の素朴な疑問は、記事を書く上で常に良い刺激になる。shimoは頭の中の情報を整理しながら説明を始めた。
「いいか、順を追って説明しよう。まず、この『1%案』は、現在8%の軽減税率が適用されている食料品などの消費税を、物価高対策として時限的……つまり例えば『2年間だけ』1%に引き下げるというものだ」
「はい。だから、その2年間だけでも生活が楽になればいいじゃないですか」
「問題は、その『2年後』だ。税率を1%に下げた後、期間が終了して元の8%、あるいは標準税率の10%に戻す時のことを想像してみろ。ただでさえ物価高で苦しんでいる国民に対して、『今日から税金が7倍、あるいは10倍になります』と言い渡すんだぞ。その時の『実質的な増税感』は、過去のどんな増税よりも凄まじいものになる。消費は完全に冷え込み、日本経済は氷河期に逆戻りだ」
SENAは少し顔をしかめた。「確かに……一回下げたものを元に戻すのって、最初から高いよりもキツく感じますよね。スマホのサブスクの無料期間が終わった瞬間に解約したくなる、あの感覚のデカい版か」
「まあ、例えが軽い気もするが、そういうことだ。だが、それだけじゃない」shimoは指を二本立てた。「第二に、インフレの加速だ。今の日本のインフレは、エネルギー価格の高騰や円安が原因の『コストプッシュ型』だ。モノの値段を作るコストが上がっているから高くなっている。ここで減税という強烈な『需要刺激策』をぶち込めばどうなる?」
「需要刺激……みんなが『安くなった!』と思って、モノをいっぱい買うようになる?」
「そうだ。だが、モノの供給量は急には増えない。需要ばかりが急増して供給が追いつかなくなれば、経済の基本原則として価格はさらに跳ね上がる。結果的に、1%に減税した分以上の値上げが市場で引き起こされ、結局市民の生活は今よりもっと苦しくなる恐れがある。インフレの火に、減税という油を注ぐようなものだ」
現場の悲鳴と将来世代へのツケ
SENAは腕を組んで考え込んだ。「なるほど……良かれと思ってやったことが、裏目に出るんですね」
「さらに第三の問題がある。現場の混乱だ」shimoは言葉を続けた。「税率を8%から1%に変え、そしてまた数年後に戻す。これがどれだけのコストを伴うか。日本中のスーパー、コンビニ、飲食店、そして企業の経理システム。そのすべてのレジのプログラムを改修し、値札を付け替え、システムをアップデートしなければならない。ITベンダーは特需で儲かるかもしれないが、街の小さな八百屋や小売店の店長たちは、その改修費用を負担できずに店を畳むところも出てくるだろう。政治家はボタン一つで税率を変えられると思っているかもしれないが、社会のインフラはそう簡単にはできていないんだ」
「……スーパーのパートのおばちゃんが、夜中まで値札の張り替え作業で泣く羽目になるわけですね」
「そして最後、最も重要で、最も目を背けたくなる現実だ」shimoの声のトーンが一段低くなった。「財源の穴はどうするんだ? 消費税を1%下げるごとに、国の税収は約2.5兆円減ると言われている。食料品に限定したとしても、数兆円規模の税収が毎年吹き飛ぶ。その足りなくなった分のお金は、どこから持ってくる?」
「えっと……国債を発行する、つまり国の借金を増やす?」
「正解だ。要するに、今の俺たちが食べる安いサバ缶やカツ丼の代金を、まだ生まれてもいない未来の子供たちに借金として押し付けるだけだ。そんな無責任なことを、国家の舵取りをする人間が安易に口にしていいはずがない」
shimoの説明を聞き終えたSENAは、先ほどまでの無邪気な期待が嘘のように、深くため息をついた。 「……なんか、怖くなってきました。でも、なんでそんな危ない案が、まことしやかに議論されてるんですか?」
「簡単だ。選挙が近いからだよ」shimoは冷笑した。「有権者に『消費税を下げました!』と叫べば、必ず票になる。それが『数の論理』だ。だが、自民党の中には、その数の論理に抗い、国家の財政規律という『信念』を守ろうとする人間もいる。今日の午後のインナーでは、その二つの巨大なエネルギーが正面から衝突する」
第3章:政治家・小渕優子の軌跡と信念
重すぎる看板と背負った十字架
「その『信念』を守ろうとする中心人物が、小渕優子元選対委員長、というわけですか」
SENAの言葉に、shimoは深く頷いた。
「小渕さんって……ぶっちゃけた話、あの『ドリル』のイメージが強すぎて。過去に政治資金問題で色々とありましたよね? なんで今、彼女がそんなキーマンになってるんですか?」

若手記者らしい、歯に衣着せぬストレートな質問だった。ネット社会で育ったSENAの世代にとって、政治家の過去の不祥事はデジタルタトゥーとして鮮明に記憶されている。
「お前の言う通り、彼女の政治家としてのキャリアは、決して順風満帆なものではない」shimoはコーヒーカップを置き、過去の記憶を呼び起こすように目を細めた。「2000年、現職の総理大臣だった父親の小渕恵三氏が病に倒れ、急死した。彼女はまだ26歳の若さで、悲しみの中でその強固な地盤と『小渕』という重すぎる看板を継いだ。その後、入閣も果たし、『初の女性総理候補』とまで持て囃された時期もあった」
「でも、そこでつまずいた」
「ああ。第二次安倍政権で経済産業大臣に就任した直後、関連政治団体の不透明な資金処理問題が発覚した。事務所のパソコンのハードディスクがドリルで破壊されていたという報道は、彼女の政治生命を完全に終わらせたかに見えた。世間の猛烈なバッシングを浴び、彼女は表舞台から姿を消した」
「じゃあ、なんでまた浮上してきたんですか?」
「地道な泥臭い努力だよ」shimoは真剣な表情で言った。「普通の世襲議員なら、あそこで心が折れて引退するか、ふてくされて終わる。だが彼女は違った。一切のメディア露出を控え、党の組織運動本部長や選対委員長といった、決して華やかではないが、党の屋台骨を支える裏方の仕事を、誰よりも真面目にこなし続けたんだ。全国の地方議員の選挙の応援に駆けずり回り、泥水をすするような思いで党内の信頼を少しずつ回復させてきた」
実務家としての矜持
「でも、それと今回の消費税の話がどう繋がるんですか?」SENAはまだ腑に落ちない様子だった。
「彼女には、もう一つの重要なキャリアがある。それは、財務副大臣としての経験だ」shimoは言葉に力を込めた。
「財務副大臣……国の金庫番のNo.2ですね」
「そうだ。彼女はそこで、国家財政の血の滲むような現実を骨の髄まで叩き込まれた。いいかSENA、日本の政治の歴史において、消費税を上げるという決断の裏には、常に無数の政治家の屍が転がっているんだ。1989年の3%導入、1997年の5%への引き上げ、そして2014年の8%、2019年の10%。そのたびに内閣支持率は暴落し、政権が倒れ、数多くの同僚議員が選挙で落選して涙を飲んだ」
shimoの脳裏には、過去の消費税増税のたびに永田町に吹き荒れた嵐の記憶が鮮明に蘇っていた。
「小渕優子は、先輩政治家たちがどれだけの政治的リスクを背負い、どれだけの非難を浴びながら、国の将来のために消費税の引き上げという『火中の栗』を拾ってきたか、その歴史の重みを間近で見て、知っているんだよ。だからこそ、一度下げた税率を数年後に元に戻すことが、どれほど過酷で、どれほど国民の怒りを買うか、実務家として痛いほど理解している。ポピュリズムの甘い言葉で一時的に人気を得たとしても、その後に待っているのは国家の破綻と社会の崩壊だ。彼女にとって、財政規律を守ることは、単なる政策ではなく、政治家としての『矜持』であり『信念』なんだ」
「……なるほど」SENAの表情が引き締まった。「つまり、彼女は自分の選挙のためじゃなく、本気で国のために反対していると」
「そういうことだ。だから今日の税調インナーは、ただの会議じゃない。信念を持った実務家と、選挙の票が欲しいポピュリストたちの、雌雄を決する戦場なんだよ」
第4章:自民党税制調査会・インナーという密室
権力の源泉
午後2時。自民党本部9階の廊下は、異様な緊張感に包まれていた。 重厚な木製の二枚扉の前には、shimoやSENAをはじめとする各メディアの政治部記者、カメラマン、そしてテレビ局のクルーたちが数十人規模で群がり、息を殺して「その時」を待っていた。
この扉の向こう側にある会議室で、現在「自民党税制調査会 幹部会合」が開かれている。
「先輩、すごい熱気ですね……」SENAが小声で囁く。カメラマンたちがベストポジションを巡って静かな押し合いを演じている。
「当然だ。ここは日本の心臓部だからな」shimoも小声で返した。「自民党税制調査会……通称『党税調』。政府の税制調査会よりもはるかに強い権力を持ち、ここで決まった方針が、そのまま来年度の日本の税制になる。いわば、国家の財布の紐を握る神々の領域だ」
「その中でも、今日の会議は特別なんですよね?」
「ああ。党税調には何百人もの議員が所属しているが、実際に方針を決定するのは、トップである小野寺五典税調会長と、わずか数名の最高幹部たちだけだ。彼らだけで構成される非公式な密室会議、それが『インナー』だ。彼らの首の縦横ひとつで、何兆円ものお金が動き、国民の生活が根本から変わる」
密室の激論
分厚い扉の向こう側から、時折、くぐもった怒声のようなものが漏れ聞こえてくる。防音構造の壁を越えて声が届くほど、内部の議論は白熱しているのだろう。
shimoは目を閉じ、扉の向こうの光景を想像した。 重厚な絨毯が敷かれた部屋の中央には、巨大な楕円形のテーブル。そこに座る数名の権力者たち。テーブルの上には膨大なデータが記された資料の山。

事前にshimoが取材した情報によれば、インナーのメンバーの大半は、超党派の国民会議が突きつけてきた「食料品消費税率1%案」に対して、激しい嫌悪感を抱いているはずだった。
『こんな馬鹿げた案、絶対に飲めるわけがない!』 会議室の中で、重鎮の一人が資料を机に叩きつける音が響く(と、shimoは想像した)。 『一時しのぎのバラマキにも程がある。我々がこれまでどれだけの血を流して財政を立て直してきたと思っているんだ!』
別の出席者が、顔を真っ赤にして吐き捨てる。 「ほぼ全員が反対だ。こんなものを導入すれば、インフレを加速させるだけだ。今のコストプッシュの状況下で需要を喚起すれば、間違いなくスーパーの店頭価格は暴騰する。国民を欺くにも程がある!」
その怒号の飛び交う中心で、小渕優子は、ただじっと手元の資料を見つめているはずだ。彼女は饒舌なタイプの政治家ではない。だが、その沈黙の中には、マグマのような熱い決意が秘められていることを、shimoは過去の取材経験から知っていた。
「SENA、カメラの準備をしておけ。もうすぐ動くぞ」 shimoの勘が、そう告げていた。長年永田町を這いずり回ってきた記者の嗅覚が、歴史的な瞬間が近づいていることを警告していた。
第5章:インナーの決断
狂騒の幕開け
午後4時30分。 重い金属音とともに、会議室の二枚扉がゆっくりと内側に開いた。
廊下に待機していた報道陣が一斉に色めき立つ。「開いたぞ!」「カメラ回せ!」という怒号が飛び交い、瞬く間にフラッシュの嵐が巻き起こった。
最初に姿を現したのは、小野寺税調会長だった。その顔には、隠しきれない疲労困憊の色と、深刻な苦悩が刻まれていた。そして、彼から少し距離を置くようにして、小渕優子が続いた。
彼女の表情は、驚くほど静かで、そして透き通るように冷徹だった。いつものような柔和な微笑みは微塵もない。その目に宿る強い光に、shimoは思わず息を呑んだ。
「会長、1%案の扱いはどうなりましたか!?」 最前列の記者がマイクを突き出しながら叫ぶ。
小野寺会長が重い口を開こうとしたその瞬間、背後にいた小渕優子が、スッと会長の横に並び立った。報道陣の視線が一斉に彼女に注がれる。
フラッシュの閃光が、彼女の顔を白く照らし出す。カメラのシャッター音が、まるでけたたましい機関銃の掃射のように廊下に響き渡る。
小渕優子は、集まった多数のマイクとカメラのレンズを真っ直ぐに見据え、凛とした、しかし決して揺らぐことのない声で言い放った。
「これ以上のポピュリズムには、私はお付き合いできません」
その一言で、廊下の空気が一瞬にして凍りついた。記者の誰もが、次の言葉を待っていた。
小渕は、ゆっくりと小野寺税調会長に向き直り、深々と一礼した。
「小野寺会長。私は本日をもって、税調インナーを辞任いたします。これまでご指導いただき、ありがとうございました」
「お、小渕さん、何を言ってるんだ! 早まるな!」 小野寺会長が慌てて手を伸ばし、慰留しようとする声が響いた。周囲の党幹部たちからも、「待ってくれ!」「ここで抜けられたら党が割れる!」という悲鳴のような声が上がる。
しかし、小渕の決意は固かった。「私の信念は、先ほどの会議で申し上げた通りです。責任ある保守政党として、未来の子供たちにツケを回すような無責任な税制に、私は賛同することはできません。お世話になりました」
彼女は再び深く頭を下げると、慰留の声と激しく交錯するフラッシュの嵐を背に受けながら、毅然とした足取りでその場を立ち去っていった。
「先輩……!」SENAが興奮した声でshimoの袖を引いた。「撮れました! 今の、全部撮れましたよ!」
「よし、すぐにデスクに連絡だ! 『小渕優子、税調インナーを辞任。消費税1%案を巡り党内分裂決定的』、これで一面トップだぞ!」

shimoはスマートフォンを握りしめながら、背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。一人の政治家が自らの首を差し出してまで鳴らした警鐘。この決断は、間違いなく永田町の勢力図を根本から覆す巨大な地震となる。
第6章:信念と数の論理が交差する夜
政局への引火
小渕優子の電撃的な辞任劇から数時間後。永田町はまさに蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。
各テレビ局は夕方のニュース番組を急遽特別編成に切り替え、「自民党内の路線対立、ついに表面化」というテロップを踊らせている。総理官邸からは火消しに走る官房長官の姿が報じられ、一方で党内の若手議員たちは「減税の芽が摘まれた」と公然と執行部への不満を漏らし始めていた。
夜8時。新聞社の編集局では、shimoとSENAがキーボードを叩く音だけが響いていた。明日の朝刊に向けた原稿の最終チェックだ。
「しかし先輩」SENAがパソコンの画面から目を離さずに言った。「小渕さんは、なんであそこまでして辞任する必要があったんですか? 会議の中で反対し続ければよかったんじゃないですか?」
shimoはコーヒーで喉を潤し、答えた。 「それが、政治の恐ろしいところだ。インナーという組織は、『全会一致』が原則だ。密室で激論を交わしても、最終的には一つの結論にまとまり、それに全員が従う。もし小渕さんがインナーに残ったまま、最終的に党として『1%案を一部容認する』という妥協案でまとまってしまったら、彼女もそれに連帯責任を負い、賛成しなければならなくなる」
「なるほど……自分の名前で、ポピュリズム政策にハンコを押すのが耐えられなかったと」
「それだけじゃない。彼女は自ら身を引くことで、党内はおろか国民全体に向けて、強烈なメッセージを発信したんだ。『このままでは国が壊れるぞ』というアラートをな。彼女がインナーという特権的な地位を捨てることでしか、その本気度は伝わらなかった」
逃れられない民主主義のジレンマ
SENAはキーボードを叩く手を止めた。 「でも、これでどうなるんですか? 若手議員たちは、選挙のためにどうしても『減税』という実績が欲しい。でも、ベテランや実務家たちは『財政規律』を守ろうとする。これって、どっちが正しいんでしょうか」
「それが、民主主義の抱える永遠のジレンマだ」shimoは静かに語った。「選挙公約という『数の論理』。有権者は常に、今すぐ自分の生活が豊かになる政策を求める。それに迎合すれば選挙には勝てる。だが、それを繰り返せば国家財政は破綻する。一方で、財政規律という『信念』。将来を見据えて痛みを伴う改革を訴えれば、有権者からはそっぽを向かれ、選挙で落とされる」
shimoは窓の外を見た。遠くに見える国会議事堂は、夜空の闇の中で不気味にライトアップされていた。
「小渕優子は、その数の論理に飲み込まれそうになる自民党を、体を張って止めようとした。だが、彼女の行動が正しいと評価されるのは、もしかしたら10年後、20年後かもしれない。今はただ、『減税に反対した冷酷な政治家』として、再び猛烈なバッシングを浴びる可能性もある。政治家とは、本当に因果な商売だよ」
第7章:明日の食卓へ続く道(エンディング)
赤ちょうちんと様々な視点
深夜11時半。 怒涛の執筆作業を終え、無事に降版(印刷所へデータを送ること)を見届けたshimoとSENAは、新橋のガード下にある古びた赤ちょうちんの居酒屋にいた。

狂騒の24時間を駆け抜けた二人の前には、冷えたビールと、湯気を立てるモツ煮込みが置かれている。
「お疲れ様でした、先輩。乾杯」 「ああ、お疲れ」
ジョッキをぶつけ合う音は、どこか虚しく響いた。テレビでは、深夜のニュースがまだ小渕辞任のニュースをリピートしている。
「なあ、SENA」shimoがモツ煮込みをつつきながら口を開いた。「今日、俺たちは歴史的な政治のドラマを目撃した。だが、政治ってのは永田町の中だけで完結するもんじゃない。このニュースを見て、街の人たちがどう感じているか、想像できるか?」
SENAは少し考えてから、答えた。 「……スーパーの店長さんやパートのおばちゃんは、システム変更や値札張替えの地獄から解放されて、ホッと胸をなでおろしているかもしれませんね。これで今夜は安心して眠れるって」
「そうだな」
「でも……」SENAは言葉を継いだ。「年金だけでギリギリの生活をしているおじいちゃんやおばあちゃん、それに、俺みたいに給料が少なくて苦しんでいる子育て世代なんかは、『やっぱり政治家は俺たちの苦しい生活なんて分かってくれないんだ。減税してくれないんだ』って、絶望しているかもしれない」
shimoは深く頷いた。「その通りだ。立場が違えば、見える景色も全く違う。消費税を下げることは、ある人にとっては救いであり、ある人にとっては地獄の始まりだ。政治の世界に、全員が100点満点で喜べる魔法の杖なんて存在しないんだよ」
未来への希望
「じゃあ、俺たちはどうすればいいんですか? このまま物価高に耐えながら、ジリ貧の生活を続けていくしかないんですか?」 SENAの問いには、若者らしい焦燥感と、社会に対するかすかな絶望が混じっていた。
shimoはジョッキを置き、真っ直ぐにSENAを見た。 「諦めるな。今日、小渕優子という一人の政治家が、自分の政治生命を懸けて『安易な道には逃げない』という決断を下した。それは、日本の政治がまだ完全に腐りきっていないという証明でもある。政治家がリスクを背負って信念を貫こうとしているのなら、俺たち有権者も、メディアも、それに応えなきゃいけない」
「応えるって……どうやって?」
「考えるんだよ」shimoは自分自身の胸を指差した。「安易なポピュリズムに流されず、自分たちの生活だけでなく、10年後、20年後のこの国がどうなっているべきかを。スーパーのレジで支払う税金が、将来の子供たちの教育や医療にどう繋がっていくのかを。一人ひとりが当事者として政治を見つめ、声を上げ、時には痛みを分かち合う覚悟を持つ。人間社会の成長ってのは、そういう面倒くさいプロセスの積み重ねの先にしかないんだ」
SENAは、shimoの言葉を噛み締めるように黙り込んだ。 やがて、彼はふっと表情を和らげ、明るい声で言った。
「……なんか、少しだけ分かった気がします。今日の昼食った1,680円の高いカツ丼も、ただ『高い、ムカつく』で終わらせるんじゃなくて、なんで高いのか、どうすれば将来の子供たちが借金なしで、笑ってカツ丼を腹いっぱい食える社会にできるのか。それを考えるのが、俺たちの世代の責任なんですね」
「お、少しは成長したじゃないか」shimoが嬉しそうに目を細める。
「はい! というわけで先輩、俺も将来のために少しでも貯金をして自己資本を厚くしたいんで、今日の飲み代は先輩の全額おごりでお願いします!」
「お前なぁ……さっきの感動的なスピーチを返せ」 shimoが苦笑しながらSENAの頭を軽く小突くと、ガード下を通り抜ける終電の音が、二人の笑い声をかき消していった。
日付はもうすぐ、6月26日に変わろうとしている。 永田町の狂騒の24時間は終わった。しかし、この国が直面する困難な課題は何も解決していない。明日からもまた、厳しい現実との戦いが続く。
それでも、shimoの心の中には、確かな希望の灯りがともっていた。 自分たちの未来から目を背けず、正面から向き合おうとする政治家がいること。そして、目の前の若者のように、真実に気づき、考え、成長しようとする次世代がいること。
夜空を見上げると、厚い雲の切れ間から、小さくも力強い星の光が瞬いていた。 明日の日本社会を照らす、微かな、しかし決して消えることのない希望の光のように。
