『ファミマ、ファミマ、ときどきミスド』(架空で空想のショートストーリー)※画像はすべてAIによるイメージです
2026年7月19日更新 | カテゴリ:青春・ロードムービー | 執筆:SENA
焼け付くようなアスファルトと、ひとつの使命
令和8年、すなわち2026年の7月19日。梅雨明け直後の日本列島は、まるで巨大なオーブンの底に沈められたかのような暴力的な熱気に包まれていた。気候変動の影響は年々深刻化し、夏の平均気温は僕らが子供だった頃よりも明らかに数度上がっている。
連日のようにスマートフォンの画面には「熱中症警戒アラート」の無機質な通知がポップアップし、AIキャスターが感情のない完璧な笑顔で外出を控えるようにと繰り返していた。

僕たち高校3年生の夏休みは、本来ならば冷房の効いた予備校の自習室か、あるいは自分の部屋の机に向かって、ひたすらに大学受験のための問題集を解き続けるべき時間である。
生成AIがどれほど進化して、複雑な数式を一瞬で解き明かし、完璧な小論文を数秒で出力できる時代になったとしても、僕ら自身の脳みそに知識をインストールする作業だけは、まだAIに代替してもらうわけにはいかないのだ。
タイパ(タイムパフォーマンス)至上主義のこの社会において、人間の学習というプロセスは最もタイパの悪い、泥臭い作業として残されていた。
しかし、そんなタイパの悪い作業すら放り出して、僕らは焼け付くようなアスファルトの上を、自転車のペダルを全力で漕いでいた。
「あちぃ……マジで溶ける。俺の細胞液が全部アスファルトに吸い込まれていく……」
後ろから、サビだらけのママチャリをギコギコと鳴らしながら、shimoが悲鳴のような声を上げた。彼の制服のシャツは既に汗で背中にべったりと張り付き、本来の白色を失って半透明になっている。
shimoは昔から口を開けば文句ばかりだが、それでも絶対に足を止めない謎の根性を持った男だった。
「文句言うなら息を止めろ。酸素の無駄遣いだ」
僕の右側を並走するHIROMが、ロードバイクの滑らかなギアチェンジの音と共に冷たく言い放つ。彼は陸上部で鍛え上げられた無駄のない筋肉を持ち、こんな酷暑の中でも涼しい顔をしてペダルを回している。
僕、SENAはというと、彼らの中間のような立ち位置で、重たいギアのままのシティサイクルを立ち漕ぎしながら、前方に広がる陽炎(かげろう)を睨みつけていた。
なぜ僕らがこんな無謀な真似をしているのか。それは、ひとつの「使命」を果たさなければならないからだ。僕らの住むこの寂れた田舎町には、マクドナルドもなければ、スターバックスもない。そして何より、僕らの青春の味であった「ミスタードーナツ」が存在しない。
最寄りのミスドまでは、電車を乗り継いでも1時間はかかる。そんな僕らにとって、今日という日は、失われた夏の財宝を取り戻すための、聖戦のようなものだった。
失われた夏の財宝と、ジェネリックという希望
事の発端は、今日の午前中に遡る。幼馴染であり、僕らのグループの紅一点(本人は全くそんな自覚はないだろうが)であるMAYUが、進学塾の夏期合宿のために都会へと旅立っていった。
彼女は数ヶ月前からずっと、深い絶望の中にいた。というのも、彼女が世界で一番愛してやまないミスドの伝説的人気商品「もっちゅりん」が、2026年の夏を境に突如として販売中止になってしまったからだ。

きなこがたっぷりとまぶされ、独特の「もっちゅり」とした食感を持つそのドーナツは、MAYUにとって単なるお菓子ではなく、精神安定剤であり、テスト勉強の起爆剤であり、青春そのものだった。
彼女は販売終了のニュースを聞いた日、「私の高校生活は終わった。もう何も信じられない」と、まるで世界の終わりを見たかのような顔で空を仰いでいた。
そんなMAYUを不憫に思いつつも、田舎に住む僕らにはどうすることもできなかった。物理的な距離と、巨大チェーン店の経営判断という残酷な現実の前では、高校生の僕らは無力だった。
しかし、奇跡は起きた。今日の昼下がり、自室のベッドで溶けかけていた僕のスマホに、shimoから鬼のようなメッセージが届いたのだ。
『おい!ヤバいぞ!SNS見ろ!ジェネリックもっちゅりんが爆誕してる!』
添付されたURLを開くと、それは株式会社ファミリーマートの公式ニュースリリースだった。画面には輝かしい文字が躍っていた。

ファミマからの福音、その詳細なスペック
リリースによると、2026年9月に創立45周年を迎えるファミリーマートは、「いちばんチャレンジ」というスローガンのもと、商品開発に並々ならぬ力を入れているらしい。
その一環として、「ファミマルBakery(ファミマルベーカリー)」から展開されている『超も~っちりパン』シリーズが、なんと累計販売数2,000万食を突破したというのだ。2,000万食。それはもはや、一つの国家の人口に匹敵する胃袋を満たしたということである。

そして、その大ヒットシリーズの新作として、7月14日から全国(沖縄県を除く)のファミマ約16,100店舗に降臨したのが、『も~っちり食感きなこドーナツ』だった。価格は167円、税込180円。
商品の詳細はこうだ。
「も~っちりとした食べ応えのあるドーナツ生地に、きなこクリームを絞ったドーナツです。表面にきなこチョココーティングとホワイトクランチをトッピングしました。」
ネット上の反応は凄まじかった。
「これ完全にミスドのアレだろ」
「ジェネリックもっちゅりん爆誕」
「いや、むしろ中にきなこクリームが入ってる分、本家を超えたかもしれない」
「ホワイトクランチのサクサク感が天才の所業」……
SNSのタイムラインは、もっちゅりん難民たちの歓喜の涙で溢れ返っていた。発売から数日、7月19日現在、その口コミは爆発的に拡散し、各地のファミマで品切れが続出しているという。
「行くぞ」
僕がグループ通話でそう言うと、HIROMは「5分で準備する」と即答し、shimoは「マジかよ、外35度あるぞ!?」と叫びながらも、きっちり5分後に自転車に跨って現れた。
僕らはMAYUに内緒でこの「ジェネリックもっちゅりん」を手に入れ、彼女を驚かせてやるつもりだった。受験という見えない敵と戦う彼女に、僕らができる唯一の援護射撃だ。
終わらないペダル、1軒目と2軒目の絶望
僕らの町にある唯一のファミリーマートは、駅前の寂れたロータリーの横にある。自動ドアを抜け、お馴染みの入店チャイム――タロリロリロリロ♪――という音が、熱中症寸前の僕らの脳髄に心地よく響き渡った。冷気が一気に火照った体を包み込む。コンビニは、現代日本における最強のオアシスだ。

僕らは一直線にパン売り場、「ファミマルBakery」のコーナーへと向かった。定番のメロンパン、カレーパン、そして同じく新作の『も~っちり食感クロワッサンロール』は並んでいた。
しかし、肝心の『も~っちり食感きなこドーナツ』のプライスカードの上には、無情にも「申し訳ありません、売り切れです」という手書きの札が貼られていた。

「嘘だろ……」shimoが膝から崩れ落ちる。
レジにいた見知ったおばちゃん店員が、僕らの顔を見て苦笑いした。「ごめんねえ、SENAくんたち。なんかネットで話題になってるらしくてね、朝から若い子がいっぱい来て、全部買っていっちゃったのよ」
現代の情報伝達速度は恐ろしい。こんな田舎町にまで、SNSのバズは確実に波及しているのだ。僕らは無言で店を出て、再び地獄のようなアスファルトの上へと戻った。
「隣町のファミマまで行くぞ」僕は言った。
隣町までは、田んぼ道と緩やかな上り坂を越えて約5キロ。車ならすぐだが、自転車だとこの猛暑の中では命がけの行軍だ。
しかし、僕らの目には既に奇妙な炎が宿っていた。たかが180円のドーナツ。しかし、それは今や僕らにとって、絶対に手に入れなければならない「青春の証明」のようなものに昇華していた。
タイパ至上主義へのささやかな反逆
ペダルを回しながら、僕は考えていた。2026年の世界は、あまりにも効率化されすぎている。欲しいものはドローンで即日配達され、悩み事の答えはAIが数秒で提示してくれる。
僕らのような「普通の高校生」は、まるで巨大なアルゴリズムの海に浮かぶ、意志を持たないプランクトンのような存在に思えることがあった。僕らの未来すら、ビッグデータによって「まあ、こんなものだろう」と予測されているような閉塞感。
だからこそ、僕らはこのタイパの悪い旅を求めていたのかもしれない。汗を流し、筋肉を痛め、何軒もコンビニを巡って、たった一つのドーナツを探し求める。AIには絶対に計算できない、愚かで、無駄で、愛おしい時間。これは、効率化された世界に対する、僕らなりのささやかな反逆だった。
2軒目のファミリーマート。国道沿いの大型店舗。大型トラックが何台も停まっている。僕らは息を切らしてパン棚へと向かったが、ここにもあの一筋の希望は存在しなかった。見事に『も~っちり食感きなこドーナツ』のスペースだけが、ぽっかりと空洞になっている。

「チクショウ!なんでみんなそんなにきなこが好きなんだよ!」shimoが叫ぶ。
「落ち着け。本家のミスドがないこの地域において、このジェネリックは唯一の救済なんだ。競争率が高いのは当然だ」HIROMが冷静に分析する。
3軒目、4軒目。滲む汗と、きなこ色の幻覚
3軒目の店舗は、さらに3キロ先の山沿いにあった。ここも全滅。僕らの体力は限界に近づきつつあった。水筒の麦茶はとうに生ぬるくなり、飲むとかえって喉が渇くような錯覚に陥った。
「なぁ……もう諦めないか?」
shimoが自転車を停め、ガードレールに突っ伏した。
「俺たち、所詮はジェネリックな存在なんだよ。都会のエリート高校生みたいに、オリジナルにはなれない。本物のミスドにも行けない。炎天下で幻のドーナツを追いかけて、熱中症で倒れてニュースになる。それが俺たちの結末だ」
物価高騰が続く日本。ラーメン一杯が1500円を超える時代に、僕らのお小遣いは小学生の頃から大して増えていない。社会の閉塞感は、確実に僕ら若者の精神を蝕んでいた。「どうせ俺たちなんか」という諦念が、shimoの口を借りて漏れ出していた。
「バカ言うな」
HIROMがロードバイクから降りて、shimoの背中を叩いた。
「ジェネリックだからって、偽物ってわけじゃない。ファミマの開発部が、本家へのリスペクトを込めつつ、独自の進化をさせたんだ。中にきなこクリームを入れて、ホワイトクランチまで乗せてる。それはもはや、新しいオリジナルだろ。俺たちだって同じだ。田舎の量産型高校生かもしれないが、俺たちには俺たちだけの『も~っちり』した人生があるはずだ」
HIROMの言葉は、熱中症で脳がバグっているせいか、妙に説得力を持って響いた。僕は立ち上がり、再びペダルに足を乗せた。
「行くぞ。4軒目だ。次で絶対に見つける」
しかし、現実は非情だった。4軒目の店舗も、無惨な空き箱を残すのみだった。日は少しずつ傾き始め、空は青から薄いオレンジ色へとグラデーションを描き始めていた。僕らの視界の端には、蜃気楼が作り出す巨大な『きなこドーナツ』の幻覚がチラつき始めていた。
5軒目の奇跡、ファミマルBakeryの輝き
そして、ついに僕らはそのまた隣町、自転車で家を出てから実に2時間半が経過した頃、5軒目のファミリーマートに辿り着いた。ここは県境に近く、周囲には見渡す限りの田園風景が広がっている、ぽつんと建つオアシスのような店舗だった。

足は鉛のように重く、心臓は早鐘のように打っていた。僕ら3人は、まるで戦いから帰還した傷だらけの兵士のように、重い足取りで自動ドアを抜けた。
タロリロリロリロ♪
今日5回目のチャイム。涼しい風。漂うファミチキの匂い。僕らは祈るような気持ちで、店内奥のパン棚、「ファミマルBakery」のコーナーへと歩を進めた。
そこには、後光が差しているように見えた。いや、夕日が窓ガラスを透過して、ちょうどその棚を照らしていただけなのだが、僕らには確かに黄金のオーラが見えた。
あった。残っていた。そこには、金色のパッケージに包まれた『も~っちり食感きなこドーナツ』が、奇跡のようにピッタリ3つ、鎮座していたのだ。

「……神は、ファミマにいたんだな」
shimoが震える手でパッケージを手に取る。僕も、HIROMも、一つずつその宝物を胸に抱いた。「も~っちり」という文字が、僕らの苦労を全て肯定してくれているようだった。僕らは無言でレジに向かい、それぞれの財布から小銭を出し合った。税込180円。たった180円で、僕らは世界を救ったような達成感を得ていた。
も~っちり食感きなこドーナツとの邂逅
僕らはそのまま、店舗の隅にあるイートインスペースに腰を下ろした。冷房の吹き出し口の真下で、汗だくの体を冷やしながら、震える手でパッケージを開封する。その瞬間、香ばしく、どこか懐かしいきなこの香りがフワリと鼻腔をくすぐった。
ゴクリと喉を鳴らし、大きく一口かじりつく。
「……っ!!」
3人同時に、声にならない感嘆の息を漏らした。美味い。圧倒的に美味い。まず、歯を立てた瞬間に感じる、想像を絶する「も~っちり」感。
ファミマが累計2,000万食という膨大なデータと情熱の果てに辿り着いた、究極の生地。それは本家の「もっちゅりん」を彷彿とさせつつも、より力強く、噛み締める喜びを与えてくれる独自の弾力を持っていた。
そして、次に来るのが中から溢れ出す『きなこクリーム』だ。本家にはなかったこの内なるサプライズが、口の中で濃厚な甘さと香ばしさを爆発させる。さらに、表面を覆う『きなこチョココーティング』がパリッとした食感のアクセントを加え、その上にトッピングされた『ホワイトクランチ』が、サクサクというリズミカルな心地よさを演出している。もっちり、とろ〜り、パリッ、サクッ。口の中が、食感の遊園地と化していた。
「ヤバい……これは、本家超えかもしれん」
ミスド信者のMAYUが聞いたら激怒しそうなセリフを、shimoが口走った。しかし、それほどまでにこの180円のドーナツの完成度は異常だった。疲労困憊の体に、糖分と炭水化物が染み渡り、失われていたHPが急速に回復していくのを感じた。
二度と戻らない僕たちの夏
僕は、半分食べかけの『も~っちり食感きなこドーナツ』の写真をスマホで撮り、MAYUへのメッセージアプリを開いた。

『俺たち、ジェネリック見つけたぞ。お前の分はないけどな』
送信ボタンを押す。都会で必死に勉強している彼女には悪いが、この最高のアドベンチャーを自慢せずにはいられなかった。すると、わずか数十秒後、既読がつき、返信が飛び込んできた。
『あんたたち、バカじゃないの?笑 勉強しなさいよ!……でも、いいなぁ。ジェネリックもっちゅりんじゃん!SNSで見てずっと食べたかったんだよね。てか、それ、冷やしたらクリームが固まって、もっと美味いらしいぜ 笑』
画面を見つめ、僕は思わず吹き出した。それを覗き込んだshimoとHIROMも、口にきなこをつけたまま大笑いした。
「冷やしたらって……無理に決まってんだろ。もう半分ねぇよ!」
僕らは汗だくのまま、冷房の効いたファミマのイートインスペースで、腹を抱えて笑い合った。窓の外では、ようやく傾きかけた太陽が、田んぼの緑を黄金色に染め上げていた。

僕らの未来は、AIの予測通りにはいかないかもしれない。物価は上がり続け、社会はますます複雑になり、僕らのような「ジェネリック」な若者は、都会の荒波に揉まれていくのだろう。だけど、それでいいじゃないか。
だって僕らには、自転車を5軒も漕ぎ回って、たった180円のドーナツに本気で一喜一憂できる情熱がある。本物じゃなくても、完璧じゃなくても、ホワイトクランチみたいに新しい何かを付け足しながら、もっちりと、しぶとく生きていけるはずだ。
「次は、MAYUが帰ってきたら、保冷バッグ持って買いに来ようぜ」
HIROMの言葉に、僕とshimoは大きく頷き、最後の一口を口に放り込んだ。甘くて、香ばしくて、少しだけほろ苦い。二度と戻らない僕たちの高校最後の夏は、きなこ色に輝いていた。
【追記】あの夏の記憶と、ジェネリックという哲学について
この原稿を書き終えた後、僕は改めてあの日のことを深く考えていた。なぜ僕らは、たかがコンビニのドーナツ一つのために、あれほどの熱量を持ってペダルを回すことができたのだろうか。それは、ただ単にMAYUを喜ばせたかったからという理由だけでは片付けられない、もっと根源的な欲求が僕らの内側にあったからだと思う。
2026年という時代は、情報の海に溺れる時代だ。手のひらの上の小さな端末を開けば、世界中で起きている悲惨な戦争のニュースから、どこかの誰かが食べた豪華なディナーの写真まで、あらゆる情報がフラットに並べられている。そして、僕らの行動の多くは、既に誰かがレビューし、星の数をつけ、最適化されたルートが確立されている。失敗することは悪であり、無駄な時間を使うことは罪であるかのような強迫観念が、僕ら若者の精神を薄皮のように覆っている。
そんな中で、ミスドの「もっちゅりん」という、一つの時代を象徴する商品が消えた。それは単なる商品の終売ではなく、僕らが無意識に信じていた「いつまでも変わらない日常」というものが、企業の論理や社会の変化によっていとも簡単に崩れ去ってしまうという現実を突きつけられた出来事だった。MAYUがあれほど絶望したのは、単に味が恋しかったからではなく、自分のアイデンティティの一部を剥ぎ取られたような喪失感を感じたからだろう。
だからこそ、ファミリーマートが放った『も~っちり食感きなこドーナツ』という存在は、単なる代替品を超えた意味を持っていた。「失われたもの」に対する社会からのアンサーであり、「もう一度、あの感触を取り戻せるかもしれない」という希望の光だったのだ。
ジェネリック、という言葉は、しばしば「本物の劣化版」や「安上がりな代用品」というネガティブなニュアンスを含んで使われる。しかし、本当にそうだろうか。医薬品におけるジェネリックが、開発費を抑えることで多くの人々を救うように、文化や食におけるジェネリックもまた、本物が届かない場所にいる人々を救済する力を持っている。
僕らの住む田舎町にはミスドがない。都会の子たちが放課後に当たり前のようにミスドに集まり、ドーナツをかじりながら恋バナや進路の話をしている一方で、僕らは田んぼのあぜ道に座り込んで、自販機の缶ジュースを飲むしかなかった。僕らには、都会の高校生が享受しているような「オリジナル」な青春の小道具が決定的に欠けていたのだ。
しかし、全国約16,100店舗という圧倒的なインフラを持つファミリーマートは、そんな僕らの町にも平等に存在する。そして、彼らが2,000万食という途方もない試行錯誤の末に生み出したこのドーナツは、たった180円で、僕らに「都会と同じ熱狂」を共有させてくれた。SNSでバズっている商品を、リアルタイムで手に入れ、その味について語り合う。それは、情報化社会において僕らが世界と繋がっているという実感を得るための、最も手軽で確実な儀式だったのだ。
そして何より、この『も~っちり食感きなこドーナツ』は、単なる模倣に留まっていなかった。きなこクリームという新たな核を持ち、ホワイトクランチという食感の革命を起こしていた。それは、「ジェネリックから出発し、オリジナルを超えようとする意志」の現れだ。僕は、その姿に自分たち自身を重ね合わせていたのかもしれない。
僕らは今、受験というシステムの中で、誰かが作った正解を暗記し、誰かが引いたレールの上を走らされている。僕ら自身が、社会から求められる「ジェネリックな人材」になるための訓練期間中にいると言ってもいい。AIがオリジナルな思考を代替しつつある世界で、僕ら凡人はどう生きるべきか。その答えは、あのドーナツの中にあった。
本物の真似事から始まってもいい。誰かの代わりだと思われてもいい。それでも、自分の中に独自のクリームを仕込み、新しいクランチをトッピングし続けること。そうやって試行錯誤を繰り返すうちに、いつか僕らも、誰かにとっての「なくてはならないオリジナル」になれる日が来るのではないか。180円の甘いドーナツは、そんな大それた希望を、あの日の僕らに与えてくれたのだ。
夕暮れのイートインスペースで、半分溶けかかったドーナツを頬張りながら、僕らは確かに「生きて」いた。エアコンの風が心地よく、友達の馬鹿笑いが響き、口の中には至福の甘さが広がっていた。どんなにAIが進化しても、どんなに世界が効率化されても、あの瞬間の空気の匂いや、胸の奥底から湧き上がるような幸福感は、絶対にデータ化することはできない。僕らの肉体を通した体験だけが、僕らの魂を形作るのだ。
だから僕は、今日もどこかでペダルを漕ぐ。まだ見ぬ新しいバズ商品を求めて、あるいは、自分自身の本当の価値を見つけるために。ファミマ、ファミマ、ときどきミスド。僕らの人生は、そんな愛すべき寄り道の連続でできているのだから。
