『ファミマjo!nで新しい一歩を踏み出す9月12日』(架空で空想のショートストーリー)※画像はAIによるイメージを含みます
第一章:文字の海に溺れ、色を失った朝
空白のスケジュール帳と鳴らないスマートフォン
2026年(令和8年)9月12日、土曜日。
窓の隙間から差し込む朝陽が、ワンルームの埃を静かに照らし出していた。部屋の空気は重く、時間が泥のように停滞している感覚だけがSENAの全身を包み込んでいた。ベッドの上に寝転がったまま、彼は天井の染みをぼんやりと見つめていた。その染みは、どこかあざ笑う人間の顔のようにも見え、見つめるたびに彼の心をざわつかせた。
枕元に置かれたスマートフォンの画面は、昨晩から一度も点灯していない。通知を知らせるバイブレーションの音さえ、もう何日も聞いていない気がする。SENAは重い体を起こし、机の上に置かれたままの日めくりカレンダーに目をやった。
「9月12日」 太い黒字で印字されたその数字が、今日という日が確かに存在していることを無機質に告げていた。しかし、SENAにとっての「今日」は、昨日と同じであり、おそらく明日とも変わらない、ただ過ぎ去るのを待つだけの空白の連続でしかなかった。

彼は小説家を志し、希望に胸を膨らませて地方から上京してきた。頭の中には無数の物語が渦巻き、自分の紡ぎ出す言葉がいつか多くの人々の心を揺さぶると信じて疑わなかった。
しかし、現実は彼が思い描いていたほど甘くはなかった。新人賞のコンテストに応募しては落選の通知を受け取る日々。最初は「次こそは」と燃えていた闘志も、三度、四度と冷たい定型文のメールを受け取るうちに、少しずつ、しかし確実に削り取られていった。
そして先週、自信作だと自負していた五度目の挑戦が一次選考すら通過しなかったことを知った時、彼の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
「自分には、才能なんて最初からなかったんだ」
その日から、SENAはパソコンを開くことをやめた。キーボードの感触が恐ろしくなり、文字を打ち込もうとすると指が震えた。自分が何者でもない、社会の歯車にすらなれていない無価値な存在であるという強迫観念が、彼を部屋の隅へと追いやっていた。誰かと話すこともなく、外の空気を吸うことも最小限に留め、ただ薄暗い部屋の中で過去の自分の傲慢さを呪うだけの時間を過ごしていた。
机の横にある小さな冷蔵庫を開ける。モーターの低い唸り音だけが響き、中は見事に空っぽだった。数日前に買った安売りの食パンの袋も、昨日の夜に最後の1枚を胃に流し込んでしまっている。水道の蛇口をひねり、コップに水を汲んで一気に飲み干した。冷たい水が空っぽの胃の腑に落ちていく感覚が、生きているという生々しい現実を突きつけてくる。
「腹は、減るんだな……」
どんなに絶望していても、どんなに心を閉ざしていても、肉体は容赦なく栄養を求めてくる。その事実が、少しだけおかしくて、少しだけ悲しかった。SENAは深くため息をつき、数日ぶりに外出着のシャツに袖を通した。
すり減った靴底と、街の喧騒が奏でる不協和音
重い足取りでアパートの階段を下り、街へと歩みを進める。土曜日の午前中ということもあり、通りは多くの人々で行き交っていた。 家族連れ、楽しそうに笑い合うカップル、ジョギングで汗を流す人々、スマートフォンで誰かと通話しながら急ぎ足で歩くビジネスパーソン。すれ違う一人ひとりが、それぞれの目的を持ち、それぞれの人生の軌道上を力強く進んでいるように見えた。

SENAはうつむき加減で歩きながら、自分のすり減ったスニーカーのつま先を見つめていた。まるで自分だけが透明人間になってしまったかのような疎外感。街の喧騒が、自分とは無関係な世界の不協和音のように耳に響く。
彼らは皆、自分の人生という舞台のど真ん中に立って、堂々とスポットライトを浴びて生きている。それに比べて自分はどうだ。誰にも見向きもされず、誰の役にも立たず、ただ息をしているだけの背景の一部にすぎないのではないか。
しかし、SENAの心の奥底には、その卑屈な思いを否定するもう一つの声があった。
「本当にそうか?」
すれ違ったくたびれたスーツ姿の中年男性。ベビーカーを押しながら少し疲れた表情を浮かべる若い母親。彼らだって、常にスポットライトを浴びて華やかな人生を送っているわけではないはずだ。
泥臭く、不格好に、時には涙を流しながら、それでも必死に自分の足で立ち、自分の責任で生き抜こうとしている。誰かと比較して劣っているとか、優れているとか、そういった薄っぺらい基準ではなく、ただ純粋に「生きる」ということに真摯に向き合っている。誰もが唯一無二の物語を歩んでおり、誰の代わりも存在しない。誰もが自分の人生を彩る中心人物なのだ。
頭では分かっている。分かっているのに、心がそれに追いつかない。社会から隔離されたような現在の自分の状況が、他者への羨望と自己嫌悪のサイクルを加速させていた。
「とりあえず、何か腹に入れないと倒れそうだ……」
財布の中には、わずかな小銭と千円札が1枚だけ。銀行口座の残高も底が見え始めている。高価な食事など望むべくもなく、ただ空腹を紛らわせるだけの何かがあればよかった。SENAは無意識のうちに、見慣れた緑と青と白の看板を探して歩き続けていた。
第二章:街角のオアシスと、鮮やかなる「発見」
腹の虫が導く先、ガラス張りの向こう側
歩き慣れた道の先に、オアシスのように佇むファミリーマートが見えてきた。24時間、365日、変わらない明かりで街を照らし続けるその場所は、上京してからのSENAにとって最も身近なインフラであり、孤独な夜を幾度となく救ってくれた場所だった。
自動ドアの前に立つと、「ウィーン」という機械音とともに、あの聞き慣れた入店音が鳴り響いた。店内に一歩足を踏み入れると、コーヒーの香ばしい匂いと、ホットスナックの食欲をそそる香りが入り混じって漂ってきた。途端に、SENAのお腹が「ぐぅ」と情けない音を立てて自己主張を始めた。

店内には様々な人がいた。コーヒーマシンで慣れた手つきでボタンを押す作業着の男性。おにぎりのコーナーで真剣な顔をして商品を選んでいる学生。レジで公共料金の支払いをしている老婦人。年齢も、職業も、背景も全く異なる人々が、この小さな空間で一時的に交差し、そしてまたそれぞれの日常へと帰っていく。
SENAはパンのコーナーへと向かい、安くて腹持ちの良さそうなコッペパンを手に取った。これと、100円ちょっとで買えるあの美味しいドリップコーヒーがあれば、とりあえず今日の午前中はやり過ごせる。そう思いながらレジへと向かおうとした時、ふと店舗の壁面に掲示された色鮮やかなポスターが目に飛び込んできた。
「はたらきかたに、わたしらしさを。」という鮮烈なメッセージ
それは、普段の商品の宣伝ポスターとは明らかに毛色が違っていた。 洗練されたデザインの中に、様々な個性を持ったスタッフたちの写真がレイアウトされている。髪色が明るい人、個性的なアクセサリーを身につけている人、国籍が異なるように見える人、年齢層も幅広い。彼らの笑顔は皆一様に輝いており、押し付けがましい作り笑いではない、自然体から滲み出る充実感が感じられた。
そして、ポスターの中央には大きな文字でこう書かれていた。
『はたらきかたに、わたしらしさを。』
そのキャッチコピーの横には、「ファミマjo!n」という見慣れないロゴがデザインされている。 「jo!n……?」 ジョイン。参加する、つながる、という意味だろうか。SENAは持っていたパンを一旦棚に戻し、そのポスターの前に立ち尽くした。

「働く」ということ。それはSENAにとって、長らく避けてきたテーマだった。小説家になるという夢にかまけて、定職に就くことから逃げていたという負い目がある。「バイトでもいいから働かないと」と思いながらも、「自分にはもっと特別な才能があるはずだ」という根拠のないプライドが邪魔をして、社会への第一歩を踏み出すことを躊躇させていたのだ。
しかし、このポスターから伝わってくるメッセージは、SENAが抱いていた「働く=自己を押し殺して組織の歯車になる」という固定観念を静かに揺さぶった。 「わたしらしさ」を保ったまま、働くことができるのか? 社会と関わることは、必ずしも自分をすり減らすことではないのか?
ポスターの下部には、QRコードと共に「ファミマではたらく?ウェルカムポイントキャンペーン 9月12日スタート!」という文字が踊っていた。
「9月12日……今日からか」
朝、部屋で見た日めくりカレンダーの数字がフラッシュバックした。単なる空白の一日だと思っていた今日が、何かの「始まり」の日に設定されている。SENAはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、無意識のうちにそのQRコードを読み込んでいた。
第三章:掌の上の小さな世界と、広がっていく情報
ネットの海で見つけた「ウェルカムポイントキャンペーン」の全貌
スマートフォンの画面に表示されたのは、「ファミJOB」というファミリーマートのアルバイト・パート求人募集サイトだった。リニューアルされたばかりだというそのサイトは、非常に見やすく、そして温かみのあるデザインだった。
SENAは画面をスクロールしながら、キャンペーンの詳細を目で追った。 株式会社ファミリーマートは、2026年9月に創立45周年を迎えたらしい。その記念すべき節目に、「いちばんチャレンジ」という合言葉を掲げ、様々な新しい取り組みを始めているという。その中の一つ、「いちばん働きたい」を目指したストアスタッフ採用支援活動が、ポスターにあった「ファミマjo!n(ファミマジョイン)」なのだ。
サイトには、「ファミマjo!n」に込められた意味が丁寧に解説されていた。
-
「j」は joyfull(楽しさ)。ルールに縛られるのではなく、自分らしく働くことを楽しむ。
-
「o」は originality(自分らしさ)。髪色も着こなしも、一人ひとりのマイスタイルを尊重する。
-
「!」は inclusive(包摂)。どんなバックグラウンドを持つ人も、あたたかく迎え入れる。
-
そして、「n」は nexus(つながり・連鎖)。「お店と人」「人と人」がつながり、新しい仲間が惹きつけられる採用の好循環をつくる。
「Nexus……つながり、か」 SENAは思わずその単語を口に出して呟いた。圧倒的な孤独の中で、彼が最も渇望し、同時に最も恐れていたものが「他者とのつながり」だった。
さらに画面をスクロールすると、「ファミマではたらく?ウェルカムポイントキャンペーン」の詳細が記載されていた。ストアスタッフ採用強化に向けた取り組みの一環として、今日、2026年9月12日(土)から11月30日(月)までの期間中に行われるインセンティブ施策だという。

内容は驚くほどシンプルで、かつ求職者に寄り添ったものだった。 なんと、「ファミJOB」を経由してアルバイトに応募し、アンケートに回答するだけで、全員に200円分のファミペイギフトコードが付与されるというのだ。 さらに、実際に面接を受けてアンケートに回答した人の中から、抽選で500円分のファミペイギフトコードがプレゼントされる(こちらは12月22日まで対象)という二段構えのキャンペーンだった。
「応募してアンケートに答えるだけで、200円……?」 SENAは我が目を疑った。
通常、アルバイトの応募といえば、履歴書を書き、緊張しながら電話をかけ、採用されるかどうかの不安と戦うハードルの高い行為だ。しかし、このキャンペーンは、その「最初の高いハードル」を極限まで下げてくれている。「気兼ねなく応募できる環境づくり」というファミリーマートの意図が、痛いほど伝わってきた。
人々のリアルな声と、揺れ動く心の天秤
SENAはブラウザの別タブを開き、SNSやネットの掲示板でこのキャンペーンについての反応を検索してみた。情報解禁されたばかりの話題だが、すでにネット上では多くの声が飛び交っていた。
『え、ファミマのバイト応募してアンケート答えるだけで200円もらえるの神じゃね?』
『とりあえず金欠だから応募してみたw 面接まで行ったらワンチャン500円も当たるし』
『最近のファミマ、髪色自由になったり制服の着こなしとか変わってきて、マジで働きやすそう』
『ファミマjo!nの「n」がnexusって意味らしい。なんかエモい。コンビニって究極の地域インフラだし、人とのつながり大事だよね』
『45周年の本気度を感じる。いちばん働きたいコンビニ目指すって、スタッフを大事にしてる証拠だわ』
画面に次々と流れてくる見知らぬ人々の書き込み。動機は「お金が欲しい」「なんとなく」といった軽いものから、企業の姿勢に共感するものまで様々だった。しかし、共通しているのは、誰もがこのキャンペーンに対して「ポジティブな興味」を抱いているということだった。
SENAは自分の現状を顧みた。 才能に見切りをつけ、自信を喪失し、社会との接点を断ち切ろうとしていた自分。 しかし、現実は容赦なく腹を空かせ、明日の生活費の計算に追われている。 誰かに必要とされたい、でも傷つきたくない。その葛藤の中で立ち止まっているだけでは、何も変わらない。
「コンビニのアルバイト……俺に務まるだろうか」
接客業の経験は乏しい。レジの操作も、品出しも、商品の発注も、何もかもが未知の世界だ。しかし、先ほどのポスターで笑っていた多様なスタッフたちの顔が脳裏に浮かんだ。
彼らも最初から完璧だったわけではないはずだ。不器用でも、失敗を繰り返しながら、社会という大きな枠組みの中で自分の居場所を見つけていったに違いない。
それに……。 SENAは、手の中のスマートフォンの画面と、棚に並んだコッペパン、そしてレジ横のコーヒーマシンを交互に見つめた。
「200円あれば……大好きなファミマのコーヒーとパンが、気兼ねなく買えるな」
それは、あまりにもささやかで、少し情けない動機だった。小説家として名を馳せ、何百万という印税を稼ぐというかつての壮大な夢から比べれば、地を這うような現実的な欲求だ。
しかし、その時のSENAにとって、その「確実な200円の価値」は、どんなに高価なブランド品や、手に入るかどうかも分からない名誉よりも、はるかにリアルで、心臓の鼓動を早める力を持っていた。
他人の目にどう映ろうが関係ない。世間が「成功」と呼ぶ煌びやかな尺度に自分を合わせる必要なんてないのだ。高級なレストランのコース料理ではなくても、自分が一歩を踏み出して得た対価で味わうコーヒーとパンは、きっとどんなものより体に染み渡るはずだ。幸せの形は、誰かに決められるものではない。自分自身の足で立ち、自分の手で掴み取ったものの中にこそ、真の価値が宿るのだから。
第四章:ささやかな動機が、閉ざされた扉を叩く
200円のコーヒーとパンがもたらす、切実なる勇気
SENAは決意を固め、そのまま店舗の隅へと移動した。「ファミJOB」のサイトに戻り、現在地から最も近いこの店舗の求人情報をタップする。
「応募画面へ進む」
そのオレンジ色のボタンを押す指が、わずかに震えた。たかがアルバイトの応募。しかし、社会から逃げ続けていた彼にとって、それは分厚い鉄の扉をこじ開けるような重みのある決断だった。

氏名、生年月日、連絡先、希望するシフトの条件。必要事項を一つ一つ入力していく。そのたびに、自分が透明な存在から、社会の中で実態を持つ一人の人間へと輪郭を取り戻していくような不思議な感覚に陥った。 入力内容を確認し、「送信」ボタンを押す。
『ご応募ありがとうございます。店舗からの連絡をお待ちください。』
画面が切り替わり、同時にキャンペーンのアンケートフォームへの案内が表示された。
「ファミJOB」のアンケートが映し出した、内なる渇望
「さて、200円のためのアンケートか」 少し自嘲気味に笑いながら、SENAはアンケートの質問項目に目を通し始めた。
最初は「応募のきっかけ」や「希望する働き方」といった、よくある選択式の質問だった。しかし、回答を進めていくうちに、彼の手はピタリと止まった。
『あなたが働く上で、最も大切にしたいことは何ですか?』
という自由記述の欄があったからだ。 「時給」「家からの近さ」「シフトの融通」……頭にはいくつかの現実的な言葉が浮かんだ。しかし、SENAの指はそれらの言葉を入力しようとはしなかった。
彼の脳裏に、上京してからの孤独な日々が走馬灯のように駆け巡った。 誰とも言葉を交わさず、コンビニの店員と交わす「温めますか?」「大丈夫です」というやり取りだけが、一日の中で唯一の他者との会話だった日々。
コンテストに落ちて涙を流した夜、誰かに慰めてほしくて、でも誰にも連絡できなかったあの胸の痛み。 窓から見える街の明かりが、自分を拒絶しているように感じたあの底知れぬ寂しさ。
彼が本当に求めていたのは、お金だけではない。夢の実現だけでもない。 社会という織物の中で、一本の糸として誰かと結びつきたい。誰かの役に立ち、誰かに「ありがとう」と言われる存在になりたい。
ポスターに書かれていた「ファミマjo!n」の「n」、Nexus。 人と人がつながり、新しい連鎖を生み出していくこと。それこそが、今の自分が最も渇望しているものなのだ。
SENAは、キーボードを叩き始めた。かつて小説を書いていた時のように、言葉が泉のように湧き出してくることはない。不器用で、たどたどしい指使いだった。しかし、そこには嘘偽りのない、彼の魂の叫びが込められていた。
『これまで一人で作業する時間が長く、社会との接点が希薄でした。未経験で不安はありますが、お店という場所を通じて、地域の人々や新しい仲間とつながり(Nexus)を持ちたいと強く願っています。誰かの日常を少しでも支えられるような、そんな働き方をしたいです。』
入力し終えた文章を見直し、SENAは小さく息を吐いた。こんな重苦しい文章、コンビニのアルバイトのアンケートには不釣り合いかもしれない。しかし、これが今の自分の偽らざる本心だった。 彼は迷いを断ち切るように、送信ボタンを押した。
『アンケートの回答が完了しました。ファミペイギフトコードの付与をお待ちください。』
画面に表示されたその文字を見た瞬間、憑き物が落ちたように、肩の力がすーっと抜けていくのを感じた。
第五章:止まっていた歯車が、再び音を立てて回り出す
夕暮れの着信音と、久しぶりの自分の声
一旦アパートに戻ったSENAは、水道水を飲みながら横になっていた。 空腹は相変わらずだが、朝感じていたような絶望感は嘘のように消え去っていた。何か行動を起こしたという事実が、彼の心に小さな、しかし確かな火を灯していた。
夕方になり、西日が部屋をオレンジ色に染め始めた頃。 突然、静寂を切り裂いてスマートフォンの着信音が鳴り響いた。 画面を見ると、見知らぬ市外局番からの電話番号が表示されている。SENAの心臓がドクンと大きく跳ねた。間違いない、応募したファミリーマートの店舗からだ。
彼は慌てて体を起こし、深呼吸を一つしてから通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
声が裏返らないよう、腹に力を入れて応えた。
『あ、お電話ありがとうございます。ファミリーマート〇〇店の店長の佐藤と申します。「ファミJOB」からのご応募、拝見いたしました。SENAさんのお電話でよろしかったでしょうか?』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、少し低く、しかしとても温かみのある男性の声だった。機械的な対応ではなく、一人の人間として向き合ってくれていることが伝わってくる声調だった。
「はい、SENAです。本日は応募させていただき、ありがとうございます」
自分でも驚くほど、自然に言葉が口を突いて出た。数ヶ月間、まともに人と会話をしていなかったというのに。
『アンケートのコメントも読ませていただきました。人とつながりたいというお気持ち、とても素晴らしいですね。うちの店は地域のお客さまが多くて、スタッフ同士の仲も良いので、きっとSENAさんの希望に合うと思いますよ。つきましては、一度お店でお話を伺いたいのですが、面接のご都合はいかがでしょうか?』
「はい!いつでも大丈夫です。明日でも明後日でも」
『ははは、元気があって良いですね。それじゃあ、明日の午後2時はいかがですか?履歴書は不要ですので、リラックスしてお越しください』
「分かりました。明日の午後2時、よろしくお願いいたします!」
通話を終え、スマートフォンを握りしめたまま、SENAはベッドの上に座り込んだ。 「よろしくお願いします」という自分の声が、まだ部屋の中に反響しているように感じた。それは、社会への復帰を宣言する産声のような、力強く、ハリのある声だった。
誰もが、自分の物語の真ん中を歩いている
面接の約束を取り付けたことで、SENAの視界は劇的にクリアになった。 たった数時間前まで、自分は社会の底辺でうごめく無価値な存在だと思っていた。しかし今は違う。自分を必要としてくれるかもしれない場所があり、話を聞こうとしてくれる人がいる。
彼は立ち上がり、部屋の窓を開けた。 夕暮れの街は、家路を急ぐ車や人々の熱気で満ちていた。 以前は、その景色を見るたびに自分だけが取り残されているような劣等感に苛まれていた。他人が皆、輝かしい人生のど真ん中を歩いているように見えて、嫉妬し、自分を卑下していた。
しかし、今は違う景色が見えた。 誰もが、それぞれの苦悩を抱え、見えない重圧と戦いながら、必死に今日という一日を生き抜いている。レジ打ちのパートに出る主婦も、夜勤に向かう学生も、残業続きの会社員も、誰も誰かの人生の脇役などではない。一人ひとりが自分の足で立ち、自分の人生というかけがえのない舞台のど真ん中で、汗をかき、涙を流し、時には笑いながら懸命に生きているのだ。
他人と比べて自分が劣っていると嘆く必要はない。他人の成功を羨んだり、妬んだりすることに何の意味もない。世間が押し付けてくる「こうあるべき」という幸せの尺度に、自分を縛り付ける必要もないのだ。
自分は自分のペースで、泥臭くたっていいから、前を向いて歩いていけばいい。社会という大きな織物の中で、他人を尊敬し、自分の役割に感謝しながら、自分なりの色で糸を紡いでいけばいいのだ。
「明日は、ヒゲを剃って、少しちゃんとした服を着ていこう」
SENAは、しばらく放置していたパソコンの電源を久しぶりに入れた。 すぐに小説を書けるわけではないかもしれない。しかし、明日からの新しい経験、新しい出会い、新しい「つながり」は、いつか必ず自分の中で新しい言葉となって生まれ変わるはずだ。 働くことで得る経験は、決して夢への遠回りではない。むしろ、地に足のついたリアルな人間の感情を描くための、最も尊い取材になるに違いない。
最終章:9月12日、終わりの始まり、そして「Nexus」へ
新しい明日への助走
すっかり暗くなった部屋の中で、SENAのスマートフォンが「ピコン」と短い通知音を鳴らした。 画面を見ると、ファミペイアプリからの通知だった。
『ウェルカムポイントキャンペーン:ギフトコード200円分が付与されました』
それを見た瞬間、SENAの口からふふっと笑いが漏れた。 たかが200円。されど200円。 この200円は、彼が絶望の淵から自らの意志で一歩を踏み出し、社会との接点を取り戻したことの証だった。
「よし、パンとコーヒー、買いに行こう」
SENAは財布を持たず、スマートフォンだけをポケットに突っ込んで部屋を出た。 夜の冷たい空気が、火照った頬に心地よい。 足取りは、朝とは見違えるほど軽く、確かなリズムを刻んでいた。
向かう先は、もちろんあのファミリーマートだ。 明日の午後には、面接を受けるためにあの店のバックルームに入ることになる。面接を受ければ、さらに500円分のポイントが当たるかもしれない。そんなささやかなワクワク感が、凍りついていた彼の心をじんわりと温めていた。
「ファミマではたらく?ウェルカムポイントキャンペーン」。 ファミリーマートが創立45周年を機に始めたこの小さなインセンティブ企画は、ネット上で話題になっている通り、単なる採用活動の枠を超えていた。
それは、SENAのように社会とのつながりを見失いかけている人々に、「気兼ねなく、もう一度社会とつながってみませんか?」と優しく手を差し伸べる、希望のチケットだったのだ。
「ファミマjo!n」が掲げる「わたしらしさ」。 どんなバックグラウンドを持つ人間でも、ありのままを受け入れ、新しい「つながり(Nexus)」を生み出していく。

SENAは、煌々と輝くファミリーマートの看板を見上げた。 24時間、変わらずにそこにある光。それは、どんなに暗い夜でも、必ず朝が来ることを教えてくれる街の灯台のようだった。
自動ドアが開き、温かい空気と「いらっしゃいませ!」という明るい声が彼を包み込む。 SENAは胸を張り、しっかりと前を見据えて店内へと足を踏み入れた。
9月12日。 長かった彼の「空白の時間」が終わりを告げ、自分の人生を自分の足で歩み始める、新しい一日がここから始まろうとしていた。 彼が自分の手で掴み取った200円で味わうコーヒーは、きっと、これまでの人生で飲んだどんなものよりも、ほろ苦く、そして深く、豊かな香りがするに違いない。
(完)
このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.family.co.jp/company/news_releases/2026/20260909_02.html
https://staff.family.co.jp/cofm/recruit/campaign/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001131.000016451.html
