令和8年10月6日 『ジョリーパスタで北イタリア縦断の旅に出よう』

 

『ジョリーパスタで北イタリア縦断の旅に出よう』(架空で空想のショートストーリー)※画像はAIによるイメージを含みます

終わりの始まりと、秋の風

2026年(令和8年)10月6日、火曜日。

壁に掛けられたカレンダーの数字を眺めながら、shimoは静かにコーヒーのカップを置いた。窓の外には、抜けるような秋の青空が広がっている。

長年勤め上げた中堅の機械メーカーを定年退職してから、数ヶ月が経っていた。

毎朝同じ時間に起き、満員電車に揺られ、分刻みで組まれたスケジュールをこなす。そんな四十年近く続いたルーティンが突然途絶えた時、shimoの心には、ぽっかりと得体の知れない穴が空いてしまった。それは解放感というよりも、むしろ凪いだ海の中に取り残されたような、静かな喪失感に近かった。

会社員時代のshimoは、決して華やかな舞台に立つタイプの人間ではなかった。彼の居場所は常に工場の片隅にある品質管理部門であり、マイクロメートル単位の図面と睨み合い、製品の微小な欠陥を未然に防ぐための地道な作業の連続だった。

入社当時の同期たちの中には、持ち前の社交性と弁舌の爽やかさを武器に営業部門のエースとなり、次々と大型契約を勝ち取って役員にまで登り詰めた者もいた。若い頃のshimoは、そんな彼らのまばゆいばかりの活躍を横目に、自分の目立たない業務に対して密かな葛藤を抱いた夜もあった。彼らのようにスポットライトを浴び、人々の喝采を集めるような資質が自分には欠けているのではないか。そう思い悩むこともあった。

しかし、幾度目かの大きなプロジェクトで、誰も気づかなかった設計の致命的なエラーを彼が発見し、会社を未曾有の危機から救った時、shimoは深く理解したのだ。

世の中の誰もが、スポットライトを浴びるために生まれてきたわけではない。華やかに言葉を操る才覚はなくても、静寂の中で物事の本質をじっくりと見極め、コツコツと信頼を積み上げていく粘り強さ。それこそが、自分に与えられたかけがえのない資質であり、自分の魂の形に最も適した生き方なのだと。

以来、彼は他人が見せる華々しい成果を羨むことをやめた。自分に無いものを嘆く時間があるのなら、今この手の中にある自分の得意なこと、自分の好きなことを極限まで磨き上げる。その静かな決意が、彼を定年まで立派に職務を全うさせた原動力だった。

とはいえ、仕事という大きな役割を下ろした今、彼の手元には途方もない「時間」だけが残されていた。

shimoは薄手のジャケットを羽織り、宛もなく秋の街へと歩みを出した。

街角の交差点、それぞれの人生の軌跡

火曜日の昼下がり。街は、日々の営みのリズムに合わせて静かに呼吸をしていた。

歩道を歩きながら、shimoは行き交う人々の姿をぼんやりと観察していた。

駅前のスーパーマーケットの前に掲げられた特売品の看板の前で、眉間に皺を寄せながらスマートフォンの電卓を弾いている初老の女性がいた。おそらく、隣町のスーパーの価格と10円、20円の違いを真剣に比較しているのだろう。

また、バス停のベンチでは、スーツ姿の若い男性が、SNSの画面をスワイプしながら深い溜息をついていた。画面の中には、誰かが投稿した高級なホテルでのディナーや、海外旅行のきらびやかな写真が映し出されているのが見えた。

若い頃の自分も、そうやって目に見える数字や他人の見栄えに心を振り回されていた時期があった。少しでも自分に有利な方を選びたい、絶対に損をしたくないと肩を怒らせて生きていると、不思議なことに他人が笑っている姿を見るだけで、胸の奥に黒い嫉妬の炎がちらつくようになる。

そして、自分が本当に何を美味しいと感じ、何に心を動かされるのかという自分自身の感覚を見失い、ただ「世間が素晴らしいともてはやしているから」「みんなが欲しがっているから」という理由だけで、自分の身の丈に合わないものを無理に求めようとしてしまう。その結果、自分の足元に咲いている名もなき花の美しさに気づくことなく、永遠に満たされない渇きを抱えることになるのだ。

shimoは、横断歩道で信号待ちをしながら、周囲に立つ人々を見回した。

ヘルメットを被り、汗だくになりながら交通誘導の赤い棒を振る警備員の男性。自転車の前後にお子さんを乗せ、必死にペダルを漕いでいく母親。イヤホンをしながら分厚い参考書を読んでいる学生。

彼らの一人一人が、それぞれに抱えきれないほどの悩みや喜びを持ち、自分自身の人生という物語のド真ん中を懸命に歩いている。この世界において、背景としてただ通り過ぎるだけの人間など一人として存在しない。

社会という巨大な歯車は、そうした名もなき人々の尊く、そして必死な営みの連鎖によってのみ回っているのだ。その事実に思いを馳せる時、shimoの胸には、この社会で共に生きるすべての見知らぬ人々に対する、静かで深い敬意と感謝の念が湧き上がってくるのだった。

ジョリーパスタという名の扉

どれくらい歩いただろうか。少し足に疲労を感じ始めた頃、大通り沿いに見慣れたイタリアンレストランの看板が見えてきた。

「ジョリーパスタ」

普段ならそのまま通り過ぎてしまうその店の前で、shimoの足はピタリと止まった。

店先に立てられた色鮮やかな幟(のぼり)と、ガラス窓に貼られた大きなポスター。そこに踊る文字が、彼の目を強く惹きつけたのだ。

『北イタリア縦断フェア “エミリア=ロマーニャ編”』

本日、10月6日(火)スタート。

「北イタリア……」

shimoは小さく呟いた。

その響きは、彼の心の奥底に封印されていた、古く埃を被った宝箱の鍵をカチャリと回した。

二十代の終わり頃、shimoはイタリアを北から南へ、バックパック一つで縦断する旅を密かに計画していた。アルプスの麓から始まり、ヴェネツィアの運河、ミラノの洗練、ボローニャの赤レンガ、そしてフィレンツェからローマ、ナポリへと抜ける壮大なルート。ガイドブックを何冊も買い込み、毎晩食い入るようにページをめくっては、見知らぬ異国の風に思いを馳せていた。

しかし、いざ出発を目前に控えた時、仕事で予期せぬ大きなトラブルが発生した。品質管理の要として、彼が現場を離れるわけにはいかなかった。さらにその後、実家の親の介護問題なども重なり、イタリアへの航空券は結局、一度も使われることなく引き出しの奥で色褪せていった。

彼はそのことを運命の不条理だとは一度も思わなかった。自分の置かれた環境を受け入れ、その中で最善を尽くすことこそが自分の生き方だと定めていたからだ。

だが今、目の前にあるジョリーパスタのポスターが、かつて行けなかったあの旅の記憶を鮮やかに呼び覚ましていた。

shimoは、誘われるように店のドアを押し開けた。

「いらっしゃいませ!」

明るく活気のある店員の声が響く。店内は、遅めのランチを楽しむ主婦のグループや、遅れてやってきた営業マンたちで賑わっていた。

shimoは案内された窓際の小さなテーブル席に腰を下ろし、目の前に置かれたフェアのメニューをゆっくりと開いた。

メニューに広がる美食の都

メニューを開くと、そこにはまるで旅行記の1ページのような、魅力的な言葉と写真が並んでいた。

「北イタリア縦断フェア」。

shimoはこの企画の背景にある、企業の途方もない情熱とこだわりに感嘆した。単なる「イタリアンフェア」と銘打って定番のピザやパスタを並べるのではなく、イタリアという国の多様な地域性に深く踏み込み、「北イタリア」の各州が持つ独自の食文化を、日本の各地にあるチェーン店のテーブルの上で忠実に再現しようというのだ。それは、食を通じて日常の中にささやかな旅情を届けたいという、ジョリーパスタの明確な意志を感じさせる個性的で意義深い企画だった。

今回の舞台である「エミリア=ロマーニャ州」。

北イタリアに位置するこの州は、州都ボローニャを中心に、パルミジャーノ・レッジャーノチーズ、伝統的なバルサミコ酢、そしてパルマハムなど、世界中の美食家を唸らせる数々の特産品を生み出してきた、まさに「美食の都」である。

そして何より、日本でも馴染み深い「ボロネーゼ」発祥の地なのだ。

メニューには、そのエミリア=ロマーニャ州の魅力を余すところなく詰め込んだ料理たちが、誇らしげに並んでいる。

まず目を引くのが、『フレッシュモッツァレラときのこのボロネーゼ』(1485円)。

牛肉100%の挽き肉を使用し、パスタによく絡む細挽きの肉と、肉本来の食感を楽しめる粗挽きの肉を絶妙にブレンドしているという。鍋肌に焼き付いた肉汁の旨味を白ワインなどで溶かし込む「デグラッセ」という本格的な調理技法を用い、フォンドボーや赤ワイン、トマトソースでじっくりと煮込んだ奥深いソース。そこに、秋の訪れを告げる舞茸やひらたけ、ミルキーなフレッシュモッツァレラ、そしてルッコラとイタリア産グラナパダーノチーズが彩りを添えている。

次に、『ラグー・アッラ・ボロネーゼ ビアンコ ~白いボロネーゼ~』(1309円)。

これは驚きのアプローチだった。ボロネーゼでありながら、あえてトマトを使わないというのだ。香味野菜と白ワインで仕上げた白いボロネーゼソースに、生クリームや卵黄を合わせ、なんとカルボナーラの要素を掛け合わせている。 じっくりとソテーして旨味を引き出した牛肉にハーブの香りを纏わせ、舞茸やひらたけ、そしてベーコンの塩味がアクセントになった、ジョリーパスタ流の新しいボロネーゼだ。

さらに視線を移すと、そこには意表を突く一皿があった。

『炙りウナギのアーリオ・オーリオ ~レモン風味~』(1419円)。

ガーリックとオイルのシンプルなパスタに、うなぎの白焼き、長ねぎ、スライスレモン、ミニトマトを合わせた一品。 上には香ばしく炙ったウナギが乗せられ、みょうがの爽やかな風味やカイワレの辛味がトッピングされている。 イタリアの伝統的なアーリオ・オーリオと、日本の伝統食材であるウナギを見事に融合させ、レモンでさっぱりとまとめ上げた独創的なメニューである。

他にも、層になったパスタとミートソースが織りなす熱々の『ラザニア』(539円)や、ワインのあてにぴったりの『熟成サラミのタリエーレ』(605円)が用意されている。

shimoはポケットからスマートフォンを取り出し、ブラウザを開いた。今日から始まったばかりのこのフェアについて、世間の人々がどのような反応を示しているのか気になったのだ。

検索窓にキーワードを打ち込むと、SNSやグルメサイトの反応が次々と画面に流れてきた。

「ボロネーゼ発祥の地をテーマにするなんて、今回のジョリパの北イタリア縦断フェア、本気度が違う!」

「トマトを使わない白いボロネーゼ、カルボナーラみたいな濃厚さなのに肉の旨味がガツンときて最高!」

「ウナギのアーリオ・オーリオ、最初えっ?って思ったけど、みょうがとレモンが効いててめちゃくちゃ美味しい。和とイタリアンの奇跡のコラボ」

画面越しに見る見知らぬ人々の言葉には、新しい味覚に出会えた喜びと、日常の中に持ち込まれた非日常への興奮が溢れていた。

この「北イタリア縦断フェア」は、単なる空腹を満たすためのものではない。毎日繰り返される平坦な日常の中で、少しだけ足を止めて遠い異国に思いを馳せたい人、自分の手の届く範囲で確かな豊かさを味わいたい人に向けて開かれた、パスポートのいらない旅の扉なのだ。

shimoは静かにメニューを閉じ、テーブルの上の呼び鈴を押した。

「お決まりでしょうか」

「ええ。この『ラグー・アッラ・ボロネーゼ ビアンコ ~白いボロネーゼ~』と『ラザニア』。それから……微発泡の赤ワインをグラスでいただけますか」

店員が笑顔で注文を復唱し、厨房へと戻っていく。

shimoは窓の外の秋空を見上げながら、静かに胸の高鳴りを感じていた。

湯気の向こうの景色と、それぞれの人生の輝き

しばらくして、shimoのテーブルに料理が運ばれてきた。

まずは微発泡の赤ワイン。グラスを持ち上げ、静かに口に含む。シュワリと心地よい微かな泡立ちとともに、葡萄の豊かな果実味が口の中に広がり、これから始まる食事への期待を優しく刺激する。エミリア=ロマーニャ州を代表するワイン、ランブルスコを彷彿とさせるその味わいに、shimoの頬が自然と緩んだ。

続いて、熱々の鉄皿に乗せられた『ラザニア』。焦げ目のついたチーズの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。フォークを入れると、幾重にも重なったパスタ生地の中から、濃厚なミートソースとクリーミーなベシャメルソースがとろりと溢れ出した。一口食べれば、その熱々で素朴な味わいが、冷え始めた秋の体を芯から温めてくれる。

そして、本命の『ラグー・アッラ・ボロネーゼ ビアンコ ~白いボロネーゼ~』。

純白の皿の中央に高く盛り付けられたパスタ。その上には、削りたてのグラナパダーノチーズが雪のように降り積もり、生クリームと卵黄を纏った黄金色のソースが艶やかに輝いている。

shimoはフォークにパスタを絡め、大きく口へと運んだ。

その瞬間、彼の脳裏に鮮烈な情景がフラッシュバックした。

噛み締めるたびに溢れ出す、じっくりとソテーされた牛肉の野性味あふれる深い旨味。それを包み込む、白ワインの気品ある酸味と香味野菜の甘み。 そして、生クリームと卵黄が織りなす圧倒的なコク。まるでカルボナーラのような滑らかさを持ちながら、その本質は間違いなく、肉を味わうための力強いボロネーゼだった。 舞茸とひらたけのコリコリとした歯ごたえが、秋の森の湿った土の香りを運んでくる。ふわりと鼻を抜けるハーブの香りが、見知らぬ風となって彼を包み込んだ。

――ボローニャ。

かつて写真集で擦り切れるほど見た、あの赤レンガの街並みが、湯気の向こう側にくっきりと浮かび上がった。

雨を避けるための「ポルティコ」と呼ばれる美しい回廊がどこまでも続く石畳の道。

広場の中央にそびえ立つ壮麗なサン・ペトローニオ聖堂。

そして、新鮮な野菜や肉、山積みのチーズが並ぶ市場(メルカート)の熱気と、陽気なイタリア語の喧騒。

shimoは今、間違いなくその街の路地裏にある小さなトラットリアのテラス席に座り、エミリア=ロマーニャの風に吹かれていた。

若かりし日、雑誌の特集記事を読んで「高級なリストランテで、何万円もするフルコースを食べることこそが真の豊かさだ」と信じ込まされていた時期があった。世間が作り上げた「上質」や「成功」のイメージに縛られ、それが手に入らない自分の人生をちっぽけに感じたこともあった。

しかし、どうだろう。

今、彼の目の前にあるのは、全国どこにでもあるチェーン店の一皿である。だが、そこには食材に対する作り手の深い敬意があり、本場の味を届けたいという熱烈な探求心があり、そして何より、それを心から美味しいと感じ、遠い異国の街並みをありありと想像できる彼自身の豊かな感性があった。

他人が決めた価値基準など関係ない。高価なものが無条件に優れているわけでもない。

自分の舌で味わい、自分の心で感動し、自分自身の内面にある想像力で世界を広げることができるなら、このジョリーパスタのテーブルは、紛れもなく世界で一番豊かな特等席なのだ。

自分に欠けているものを数え上げ、他人が持っているものを羨むのはもうやめよう。自分の人生という旅路において、自分を満足させることができるのは、自分自身が持つ感性のアンテナだけなのだから。

shimoは、最後のパスタの一本、ソースの一滴まで、愛おしむように綺麗に平らげた。

グラスに残っていた微発泡の赤ワインを飲み干すと、ふう、と深く、満ち足りた吐息が漏れた。

新たなる旅立ちと、希望の足音

会計を済ませるため、shimoはレジへと向かった。

「ありがとうございました」

笑顔でレシートを手渡す若い店員。その胸の名札を見ながら、shimoは心の中でそっと語りかけた。

(こちらこそ、ありがとう。君たちの見事な仕事のおかげで、私は今日、長年の夢だったイタリア縦断の旅に、ようやく出発することができたよ)

自動ドアが開くと、秋の午後の柔らかな日差しが、彼を優しく包み込んだ。

頬を撫でる風は、少しだけ冷たさを増していたが、今のshimoの心は、暖炉の火のようにポカポカと温かかった。

退職してからずっと心の中に巣食っていた、あの得体の知れない穴。それはもう、すっかり塞がっていた。いや、穴が塞がったのではない。その空いたスペースに、これから始まる新しい人生の旅の荷物を詰め込む準備ができたのだ。

人生のステージが変わり、環境が変わり、肉体が老いていく。それは誰にも平等に訪れる変化だ。しかし、その変化を受け入れ、今の自分にしか出せない味、今の自分にしか歩けないペースで歩みを進める限り、人生という名のロードムービーが終わることはない。

見上げれば、雲ひとつない真っ青な空が、はるか遠く、見知らぬ異国の空へと繋がっていた。

「さて、次はどの街へ行こうか」

shimoは、誰にともなく小さく呟いた。

その足取りは、いつか見たバックパッカーの若者のように軽く、そして、明日という新しいページに向かって、力強く確かなリズムを刻み始めた。
(完)

このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://www.jolly-pasta.co.jp/info/menu/20260929.html
https://www.jolly-pasta.co.jp/info/press/JP_jollypasta_Italy_pasta_2610.pdf