『サブウェイのM&Mクッキーが暴く、意識高い系の嘘』(架空で空想のショートストーリー)※画像はAIによるイメージを含みます
はじめに:10月14日、秋晴れの朝に響く「いいね」の通知音
2026年10月14日、水曜日の午前8時15分。
東京の澄み切った秋空の下、スマートフォンから鳴り響く電子音が、静寂な部屋の空気を鋭く切り裂いた。
「ピコン」
画面を覗き込むと、そこにはSNSの通知が滝のように流れ続けている。フォロワー数、実に12万人。美容やライフスタイル、そして「心と体をクリーンに保つことこそが美の秘訣」と謳うインフルエンサー、HANAHの投稿には、毎朝のように数千の「いいね」と絶賛のコメントが殺到する。

今日の朝の投稿も、完璧だった。白を基調とした洗練されたインテリアのダイニングテーブルの上に置かれた、ガラスのボウル。そこには、有機栽培のケール、アボカド、色鮮やかなビーツ、そして自家製のレモンドレッシングが美しく盛り付けられている。添えられたグラスには、鮮やかな緑色のグリーンスムージー。そして、その写真に添えられたキャプションはこうだ。

『今日も朝からオーガニック野菜たっぷりのボウルで体内からデトックス。加工されたものや、体に余計な負担をかける糖分なんて、今の私には一切必要ありません。自分の身体に正直に、丁寧に生きる。それが、私を私らしく保つ唯一の魔法です。今日も一日、クリーンに美しく。』
投稿からわずか10分で、すでに「さすがHANAHさん、見習いたいです!」「今日も意識高くて素敵」「私も今すぐオーガニック生活始めます!」といった称賛の言葉が並ぶ。
しかし、その称賛の嵐を眺めるHANAHの胸のうちは、冷や汗がじっとりと滲むような焦燥感に満ちていた。
誰も知りはしない。この完璧な朝食の写真を撮影するために、どれほどの労力が費やされたかを。そもそも、あのボウルの中にある野菜のいくつかは、昨晩スーパーの特売で見切り品として買ってきたものだし、グリーンスムージーの苦味を消すために、裏でこっそりハチミツを大量に混ぜ込んでいたことなど、フォロワーが知る由もない。
何より、HANAH自身の胃袋は、今この瞬間も、昨夜から何も食べていない空腹で激しく鳴り叫んでいた。オーガニックの葉っぱや苦い液体で胃を満たしたところで、心の底から満たされることはない。
しかし、彼女は止められなかった。一度作り上げてしまった「完璧なインフルエンサー・HANAH」という虚像。その偶像を維持し続けなければ、自分には何一つ物質的な価値も、社会的な居場所も残されないのではないかという恐怖に、常に怯えていたからだ。
世の中は不平等だ。生まれながらにして潤沢な資産や恵まれた環境を手に入れている者もいれば、どれだけ足掻いても泥水をすすような日常から抜け出せない者もいる。世の中の不条理や格差を目の当たりにするたび、HANAHは「自分は特別でありたい、誰よりも優位に立たなければ価値がない」という強烈な強迫観念にとらわれていた。
少しでも損をしたくない、他人に遅れをとりたくない、バカにされたくない。その「損得」の物差しでしか世界を見られなくなっていた彼女は、他人の華やかな投稿を見るたびに激しい嫉妬を覚え、逆に自分より劣っていると見なしたアカウントを見つけては密かに優越感に浸るという、終わりのない泥沼に囚われていた。
人からどう見られるか。世間一般の「美」や「成功」の基準から外れていないか。それにばかり気を取られ、自分が本当は何を好きで、どんな人生を歩みたいのかなんて、考えたこともなかった。
他人が「良い」と言う情報を鵜呑みにし、自分にはない輝きを持つ他者を羨み、自分が持っているはずのささやかな個性や資質にはまったく目を向けようとしない。
「私は、何のためにこんなに必死になっているんだろう……」
呟いた独り言は、秋の冷たい朝風にかき消された。気を取り直すようにスマートフォンをポケットにしまい、HANAHは今日のスケジュールをこなすため、重い足取りでマンションの扉を開けた。
街はハロウィンムードに染まり始め、世間は目まぐるしく新しい刺激を求めて動き出していた。その中で、彼女の運命を狂わせる「事件」が、すぐ目の前まで迫っていることも知らずに。
第1章:サブウェイへの足取りと、秋限定「ザクタル」の誘惑
10月14日のお昼時、都内のオフィス街の一角。秋晴れの陽気の中、街路樹の葉がわずかに色づき始めていた。
HANAHは、午後の撮影に向けたロケハンを終え、軽い昼食をとろうと足を止めた。目の前にあったのは、世界中で愛されているサンドイッチチェーン「サブウェイ」の店舗だった。

サブウェイの歴史は古い。1965年、アメリカ・コネチカット州で、17歳の少年フレッド・デルーカが大学の学費を稼ぐために始めた小さな「町のサンドイッチ屋」がその原点だった。お客様一人ひとりの好みに合わせて具材を選ぶオーダーメイドスタイルは、やがて世界100カ国以上に広がり、日本では1992年に上陸して以来、シャキシャキの新鮮な野菜と店内で毎日焼き上げるパン、そして「サンドイッチアーティスト」と呼ばれるスタッフたちの真摯な手仕事によって、多くの人々の日常に寄り添い続けてきた。
今日のHANAHの目的は、実は明確だった。SNSのフォロワーに向けて、「お昼はサブウェイの野菜たっぷりサンドでヘルシーにリフレッシュ!」という投稿をするためのネタ集めである。健康志向のインフルエンサーとして、サブウェイのシャキシャキした野菜のイメージは、彼女のブランディングにこれ以上ないほど合致していた。
自動ドアをくぐると、店内には香ばしいパンの匂いと、心地よい活気が満ちていた。カウンターの向こうでは、制服に身を包んだスタッフが、手際よくレタスやトマトをサンドイッチに挟み込んでいる。その無駄のない、しかし丁寧な手際を見つめながら、HANAHはふと思った。

——このスタッフの人たちは、毎日こうして誰かのための食事を作り続けている。華やかなSNSの画面の向こうにいるわけでもなく、バズるわけでもない。それでも、目の前のお客さんに美味しいサンドイッチを届けるために、自分の持ち場で懸命に生きている。
ふとよぎったその純粋なリスペクトの感情を、HANAHはすぐに頭から追い払った。
(いや、感傷に浸っている場合じゃない。私は私の見せ方を考えないと。いかにヘルシーで洗練されているかをアピールして、フォロワーのエンゲージメントを上げなきゃ意味がないんだから)
損得勘定に縛られた脳内で、彼女はメニューボードに視線を走らせた。今日、2026年10月14日から、全国のサブウェイ(レジャー施設内店舗等の一部店舗を除く)で、秋のスペシャル企画がスタートしていることは事前にリサーチ済みだった。

目玉となっているのは、秋限定の「ザクタル」サンドイッチシリーズである。「えびブロッコリー」「グリルチキン」「ハム」の3種類があり、いずれも秋を感じさせる彩り豊かな3種の根菜が入ったタルタルソース――いわゆる「ザクタル」がたっぷりと使われているという。根菜のザクザクとした食感と、タルタルソースのコクが絶妙にマッチする秋の自信作だ。
HANAHは迷わず、「ザクタルえびブロッコリー」のレギュラーサイズを指名した。「野菜多めでお願いします。レタスもトマトもピーマンもオニオンも、できるだけたっぷりで!」
スタッフの女性は爽やかな笑顔でうなずき、「かしこまりました! 野菜モリモリで美味しくお作りしますね!」と手際よく作業を始めた。
その様子をスマートフォンで動画に収めながら、HANAHは心の中でほくそ笑んでいた。これなら完璧だ。「野菜たっぷりでヘルシーな私」を演出しつつ、秋限定の最新トレンドを抑えているという情報感度の高さもアピールできる。まさに一石二鳥、損のない選択だと彼女は信じ込んでいた。
だが、その計算づくの平穏は、次の瞬間、カウンターの脇から漂ってきた「ある香り」によって、根底から粉々に打ち砕かれることになるとはこの時、夢にも思っていなかったのだ。
第2章:オーブンから漂う禁断の色彩 —— M&Mチョコチップとの出会い
サンドイッチの包み紙が留められ、会計へと進もうとしたその時だった。
ふわりと、鼻腔をくすぐる強烈な甘い香りが漂ってきた。それは、オーガニックのケールやビーツの土臭い香りとは全く異なる、純度100%の「欲望の匂い」だった。
視線を向けると、カウンターの横に設置されたガラスのショーケース、そしてその背後にあるオーブンから、湯気とともに信じられないほど香ばしいベイクドクッキーが取り出されているところだった。
サブウェイの店内で毎日焼き上げるクッキーは、ファンが多い隠れた名物だ。しかし、今日のそれは違った。今日、2026年10月14日から全国のサブウェイで期間限定の新フレーバーとして登場したばかりの、『M&Mチョコチップクッキー』だったのだ。

ショーケースの中に鎮座するそのクッキーは、あまりにも異彩を放っていた。外側はほんのりサクッと、中はしっとり柔らかなベイクドクッキー生地に、誰もが一度は目にしたことのある鮮やかな赤、黄、青、緑のM&Mキャンディチョコと、濃厚なチョコチップがこれでもかと埋め込まれている。
赤や青のポップな色彩が、ハロウィンの不気味で楽しいお祭り騒ぎを思わせる。それは、健康やストイックさという名の戒律でガチガチに固められたHANAHの心を、一撃で撃ち抜くのに十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
スペックを確認するまでもなく、その存在感が本能に訴えかけてくる。 ・商品名:M&Mチョコチップ ・販売価格:250円(税込) ・エネルギー:204kcal ・糖質:17.5g
「204キロカロリー……糖質17.5グラム……?」
HANAHの脳内で、警報音がけたたましく鳴り響いた。 彼女が日頃からフォロワーに向けて発信している教義――「糖質制限」「クリーンイーティング」「加工食品の排除」のすべてを、そのたった一枚のクッキーが嘲笑うかのように、甘い香りで包み込んでいる。
「いや、待って。ダメだ。これは私のキャラクターに反する。これを食べたら、今までの努力が、フォロワーからの信頼がすべて水泡に帰してしまう……!」
頭ではそう分かっているのに、足が一歩も動かない。目は、ガラスケースの中でつやつやと輝くカラフルなM&Mチョコチップクッキーに釘付けになっていた。
人間は、自分にとっての本当の幸せが何なのかを実はよく分かっていない。自分と向き合い、内面から湧き出る歓びを見出そうとせず、ただ「世間が良いと言う情報」「フォロワーが褒めてくれる基準」を鵜呑みにして生きている。だからこそ、自分が本来持っているはずの素朴な感受性や、ささやかな食の悦びを抑圧し、他人からどう見られるかという檻の中に自分を閉じ込めてしまう。
高級なオーガニック食材が良いとか、高価なスーパーフードが優れているとか、世間の価値観やトレンドに惑わされ、自分の本当の心の声を押し殺す。その結果、他人が持っている華やかな生活を羨み、自分に欠けているものばかり数えては勝手に苦しんでいた。
しかし、その虚飾の仮面は、目の前で焼きたての熱を放つ、たった一枚の250円のクッキーの香りの前には、あまりにももろかった。
第3章:ハロウィンスペシャルセットの罠と、モバイルオーダーの秘密
「お客様、お会計は990円になります……あ、待ってください!」
レジを担当していた若い女性スタッフが、パッと明るい笑顔を浮かべて、カウンターのポップを指差した。
「もしよろしければ、本日からスタートした『ハロウィンスペシャルセット』にしませんか? 秋限定のザクタルサンドに、お好きなベイクドクッキーと、選べるドリンクがセットになっているんです! 通常のクッキードリンクセットよりも各50円お得にお楽しみいただけますよ!」
スタッフの言葉に、HANAHの心臓がドクリと大きく跳ね上がった。
「ハロウィンスペシャルセット」――。 それは、2026年10月14日から10月31日までの18日間限定で開催されている、サブウェイの秋の特大キャンペーンだった。 秋限定の「ザクタル」サンド(えびブロッコリーならセットで990円〜、ハムなら960円〜、グリルチキンなら1020円〜)に、3種から選べるベイクドクッキーとドリンクがついてくる。通常のセットよりも50円もお得に、しかも新フレーバーの『M&Mチョコチップ』をその選択肢に含めることができるという。
さらに、スタッフは畳み掛けるようにこう続けたのです。 「それにですね、今なら『モバイルオーダー』でこの『ハロウィンスペシャルセット』をご購入いただくと、注文画面の応募欄にチェックを入れるだけで、抽選で最大合計300名様にここでしか手に入らない『サブウェイオリジナルアクリルチャーム』や、次回から使える『モバイルオーダーで使える50円引きクーポン』が当たるプレゼントキャンペーンも同時開催しているんです!」
「モ、モバイルオーダーで……応募……?」
HANAHは完全にフリーズしていた。頭の中では「いや、私はオーガニックの野菜サンドだけにしておかなければならない」という理性と、「通常のセットより50円お得だし、しかも限定のアクリルチャームや50円引きクーポンが当たるかもしれないなんて、ここで買わなきゃ大損だ!」というせせこましい損得勘定が、激しく殴り合いを始めていた。

「損をしたくない」「少しでも得したい」。その下世話で貧乏性な欲望が、彼女の長年の「意識高い系インフルエンサー」としてのプライドを背後から突き刺した。
「あ、あの……じゃあ、その、ハロウィンスペシャルセットで……クッキーは、その、新商品の……『M&Mチョコチップ』でお願いします。あと、モバイルオーダー……今ここスマホでやります!」
震える手でスマートフォンを取り出し、サブウェイのモバイルオーダー画面を開くHANAH。焦るあまり指先が滑り、何度か画面を押し間違えながらも、しっかりと「ハロウィンスペシャルセット」を選択し、さらにプレゼントキャンペーンの「応募する」のチェックボックスに、吸い込まれるようにチェックを入れて決済を完了させた。
レジの画面に「ご注文ありがとうございます! 抽選へのご応募も完了いたしました!」という文字が表示された瞬間、HANAHは自分の頭を抱えた。
(やってしまった……。私、フォロワーの目を欺いて、糖質17.5グラム、204キロカロリーの悪魔のクッキーをセットで買ってしまった挙句、オリジナルアクリルチャームの抽選にまで応募してしまった……!)
しかし、不思議なことに、背徳感の裏側で、胸の奥からじわじわと温かいものがこみ上げてくるのを抑えられなかった。それは、長年ガチガチに自分を縛り付けていた鎖が、ほんの音を立てて緩んだような、奇妙な解放感だった。
第4章:路地裏の逃避行と、激写される仮面
紙袋をしっかりと抱え、サブウェイの店舗から半ば逃げ出すように飛び出したHANAHは、大通りを真っ直ぐ歩くことができなかった。
「もし、フォロワーや知り合いに見られたらどうしよう……」
人目を避けるように、彼女はオフィス街の裏手にある、人通りの少ない静かな路地裏へと急いだ。コンクリートの壁に囲まれた小さな公園の隅に、古びた木製のベンチがぽつんと置かれている。誰もいないことを確認し、HANAHはそこにドッと腰を下ろした。
呼吸を整え、震える手でサブウェイの紙袋を開ける。 中から取り出したのは、もちろん秋限定の「ザクタルえびブロッコリー」のサンドイッチ……ではなく、その横に鎮座していた、例の『M&Mチョコチップクッキー』だった。
紙のパッケージをめくると、むせ返るようなバターとチョコレートの甘い香りが周囲にフワリと広がった。 手に取ると、焼きたての温もりが手のひらに心地よく伝わってくる。表面にちりばめられた赤、黄、青、緑のM&Mチョコレートが、秋の曇りがちな空の下で、まるでネオンサインのように鮮やかに光っていた。

「……一口だけ。どんな味がするのか、リサーチの一環として、一口だけ味見するだけだから……」
自分にそう言い訳をしながら、HANAHは震える指でクッキーを二つに割った。 サクッという軽やかな音とともに、中からしっとりとした生地の断面が現れ、濃厚なチョコチップが顔を覗かせた。
たまらず、彼女はそれを口へと運んだ。
「――っ!」
衝撃が走った。 外側の生地はほんのりと香ばしくサクッとしていながら、中は驚くほどしっとりとしていて柔らかい。そこに、カリッとした食感のキャンディチョコと、とろけるようなチョコチップのダブルの甘みが、口いっぱいに広がる。甘すぎず、しかし圧倒的な満足感をもたらす絶妙なバランス。
「美味しい……なにこれ……すごく、美味しい……!」
忘れていた感覚だった。毎朝、カロリーや栄養価ばかりを計算し、味気ないオーガニック野菜を義務のように咀嚼していた彼女にとって、この純粋な「美味しい」という感動は、何よりも鮮烈だった。
涙が出そうだった。私は今まで、何のためにあんなに窮屈な生き方をしていたのだろう。美味しいものを素直に「美味しい」と味わうことの何が悪いというのだろう。
しかし、その感動の絶頂は、残酷な形で打ち破られた。
「パシャッ」
静寂な路地裏の空気を切り裂くような、乾いた電子音。
「――え?」
体が凍りついたように固まる。HANAHが慌てて声のした方を振り向くと、そこにはスマートフォンを高く掲げた見覚えのある影があった。
そこに立っていたのは、彼女のアンチアカウントを執拗に運営し、インフルエンサーたちの裏の顔を暴くことでネット界隈をざわつかせている毒舌系ライター、通称「サチコ」だった。
サチコは冷ややかな笑みを浮かべながら、手元の画面をヒラヒラと振ってみせた。
「見つけた。『毎日オーガニック野菜生活』を謳うカリスマインフルエンサーのHANAH様が、人目を避けた薄暗い路地裏で、サブウェイの『M&Mチョコチップクッキー』を夢中でむさぼり食っている決定的瞬間。これ、フォロワーの皆さんにシェアしたら、どれくらいバズると思います?」
血の気がサーッと引いていくのが分かった。 頭の中が真っ白になり、持っていたクッキーが地面に落ちそうになる。 「やめて……! お願い、それだけは写真を消して……!」
声にならない叫びをあげて立ち上がろうとするHANAHに対し、サチコはゆっくりと歩み寄り、冷ややかな、しかしどこか見透かしたような目を向けた。
第5章:崩壊するプライドと、気づかされた本当の景色
「何がそんなに怖いの、HANAH?」
サチコの声は、怒鳴るわけでもなく、ただ静かに、しかし心臓の奥底まで突き刺さるようなトーンだった。
「フォロワーに嘘がバレること? 完璧な女神様としてのキャラクターが崩壊すること? それとも、他人に『あいつ、実はそんなにすごくないじゃん』って笑われること?」
「……っ!」言い返す言葉が出なかった。
サチコはスマートフォンを自分のポケットにしまい、腕を組んでポツリと言った。 「私ね、ずっとあなたのSNSを見てたよ。あなたがどれだけ必死に他人の目を気にして、自分が持っていないもの、キラキラした輝きばかりを追い求めて、自分以外の誰かになろうとして足掻いていたか。でも、さっきあなたがそのクッキーを一口食べたときの顔、すごく人間らしくて、初めて綺麗だと思ったよ」
サチコはそれ以上何も言わず、クルリと背中を向けると、路地裏の出口へと歩いて去っていった。写真をSNSにアップロードする気配はなかった。ただ、彼女の残した言葉だけが、路地裏の冷たい空気に残された。
一人、ベンチの端に立ちすくむHANAH。 手のひらには、半分だけ残されたM&Mチョコチップクッキーが乗っている。
彼女は深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。 不思議と、先ほどまでの絶望感は消えていた。代わりに胸に広がっていたのは、驚くほど静かな透明感だった。
(私は、何に怯えていたんだろう……)
他人がどう思うか。世間がどう評価するか。フォロワーが自分に何を求めているか。そんな、他人に委ねられた不確かな「尺度」にしがみつき、自分以外の誰かになろうと必死で虚勢を張っていた。自分に欠けている部分ばかりを数え上げ、他人の恵まれた環境や才能を妬み、時には自分より劣っていると勝手に思い込んだ人々を見下すことで、かろうじて自分の尊厳を保とうとしていた。
世の中は不平等だ。生まれも育ちも、環境も才能も最初から違う。それを不平不満に思い、損得勘定で他人を測り、少しでも得をしようと躍起になるからこそ、心にはいつも嫉みと猜疑心が渦巻いていた。
しかし、サブウェイのカウンターで見たスタッフの真摯な横顔や、この路地裏で食べたクッキーの温もりが、彼女に大切なことを教えてくれていた。
誰もが、自分の人生の主役として、それぞれの場所で必死に生きている。誰一人として、誰かの引き立て役やモブキャラなんかじゃない。高級なブランドや高価なオーガニック食材といった世間の価値観に惑わされる必要などなく、自分が持っている小さな資質や、得意なこと、そして今目の前にある温かな日常を大切に慈しむこと。それこそが、何よりも価値のあることなのだと。
HANAHは、残されていたM&Mチョコチップクッキーを口に入れ、最後までしっかりと噛み締めた。甘くて、香ばしくて、少しだけ切ない、けれど確かな現実の味がした。
おわりに:偽りの仮面を脱ぎ捨てて、希望の秋風の中へ
2026年10月14日の夕暮れ時。 東京の街は、オレンジ色に染まる夕日に包まれていた。
HANAHは自宅のデスクに座り、スマートフォンを手に取っていた。 SNSのアカウント画面を開き、彼女は新しい投稿を作成する。写真ではなく、飾り気のないテキストだった。
『皆様へ。 これまで「完璧なオーガニック生活」を発信してきましたが、それは正直、私の見栄と恐れが生んだハリボテの仮面でした。 今日、サブウェイで新発売された『M&Mチョコチップクッキー』と秋限定の「ハロウィンスペシャルセット」をこっそり食べて、初めて気づきました。糖質204キロカロリーのそのクッキーは、私のガチガチだった理性を優しく溶かしてくれました。 完璧な人間なんてどこにもいません。他人の目を気にして作った虚像の中で生きるのを、今日でやめにします。 これからは、自分にないものを羨んだり妬んだりせず、私が持っている等身大のキャラクターと、目の前にある小さな幸せを大切にしながら、自分の足でしっかりと生きていきます。 お騒がせしましたが、サブウェイのM&Mクッキー、本当においしかったです。』
投稿ボタンを押した瞬間、心臓が大きく鳴った。 フォロワーが離れていくかもしれない。批判のコメントが殺到するかもしれない。 しかし、これまでのどの投稿よりも、今の彼女の心は軽やかで、誇らしさに満ちていた。
数分後、通知音が鳴り響く。驚いたことに、そこには批判だけでなく、「そのまくしたてるような嘘がない姿に救われました」「私もサブウェイのクッキー買ってきます!」「自分の人生を生きようって思えました」という、温かい共感のコメントがいくつも寄せられていた。
スマートフォンをそっと伏せ、HANAHは窓を開けた。 秋の涼やかな風が部屋の中に流れ込み、彼女の髪を優しく揺らす。
人生は不公平かもしれない。損得では測れない矛盾に満ちているかもしれない。それでも、他人の尺度を捨て、自分の足で一歩を踏み出したとき、世界はこんなにも広く、美しく色づいて見える。
サブウェイのM&Mチョコチップクッキーの甘い余韻を胸に、彼女は新しい物語の主人公として、明日への一歩を踏み出した。
(完)
このショートストーリーは、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://subway.co.jp/news/halloween-campaign2026/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001930.000009215.html
