安倍元首相銃撃から三年に学ぶことわざ「大義親を滅す」

「大義親を滅す」(たいぎしんをめっす)

安倍元首相が銃撃に倒れてから今日で三年ということらしい。
あっという間というか、ついこの間の事件だったような気もする。

「大義親を滅す」ということわざの意味は、国家の大事のためには肉親の情をも顧みないという意味。昭恵夫人にとっては非常に酷な言葉でもあり、国家を率いる首相を務めるということは本当に命がけという事実でもある。

単に気の毒というレベルの話ではなく、政治とは利害の調整であり早い話が税金の分配ということだから、それぞれの当事者にとっては死活問題であって、それを差配するトップとしての首相はまさに命がけの仕事になる。

首相になる人も様々だが、それぞれが持つ国家感を少しでも現実にしてみたいというのも為政者の感情だろうし、実際にそんな経験ができる人はほんのわずかな人たちに限られる。

そういう意味では、特に現在の首相などからは本気の命がけという信念が感じられない。

我々国民もバカではないから、その人の立ち振る舞いや発言などの何かからその人の人となりを感じるものである。

だから選挙には風も吹くし投票率も上下する。

投票日を三連休の中日に設定するなどという姑息な手段すら使う現政権与党もそれなりに必死なのかもしれないが、それは国民のためにという風には受け止められない。

現政権やこれから首相を目指す人たちには安倍元首相の生き様とこのことわざをよく噛みしめて欲しい。

「大義親を滅す」