「納豆も豆なら豆腐も豆」
このことわざの意味は、元々は同じものでも処理や条件の違いによってまったく異なる特性を持つものに変わること。
7月10日はたしかに納豆とも読めることから納豆の日ということらしい。
このことわざを知ったときに改めて不思議だなと感じたのは、「豆腐」は豆が腐ったと書くけど、ネバネバ感と匂いから納豆の方が豆腐と呼ばれて、豆腐の方が納豆と呼ばれても良かったのではないかなということ。
言葉の由来は不思議なものだ。
納豆も豆腐も同じ大豆という原料からできるものだけど、その処理や加工方法が違うとまったく異質の食べ物ができあがる。
人間も同じ人種というか同じ生き物でも環境や地域、教育によって感性がまったく違ってくる。
もちろん、食べ物でも何でも原料は同じだけど製造工程が違うことでまったく別の加工品になるものがたくさんある。
お米だって主食にもなるし日本酒にもなるし焼酎にもなる。
生き物でも食べ物でもどのように育てたいのかを明確にすることによって結果がが大きく違ってくることだろう。
ただし、豆腐と納豆のように、どちらにしても美味しくて体に優しく健康食品ということでは共通するようなところが望ましい。
今日は納豆を食べたくなった。
「納豆も豆なら豆腐も豆」